機械
ジローが家にやってきた。
ジローとは世界初の家庭用アンドロイドで、ロボット開発メーカーの研究所に勤める友人が、僕にモニターになってほしいと頼んできたのだ。
一般販売する前の最終段階として、実際の家庭で過不足なく働けるのかをチェックするらしい。
その友人いわく、お前なら一人暮らしで仕事も忙しいから打ってつけだろうとのことだ。
やれやれ。
登録番号bqz53890 製品名JIROERSSA77
僕は上のアルファベットをとってジローと呼ぶことにした。
ジローのメモリーにインプットされていること、つまりジローにできる仕事は、家の掃除と洗濯に皿洗い、それと帰ってきた主人を迎えることだ。
料理は火事のリスクがあるので任せられないらしいが、いつも外食だから別にかまわない。
ジローとの生活が始まった。
僕が家に帰ってくると、ジローは玄関まで来て迎えてくれた。
ジローには言葉を話す機能は付いていないのだが、あらゆる場面でそれぞれの効果音が鳴るようになっていて、それはまるでジローの声のように聞こえた。
ジローの歩き方はおもしろい。
どこか内股でぺたぺたと歩き、すぐに判断ができないことがあるとその場に止まってじっと考え込み、しばらくするとまたぺたぺたと歩き出した。
実におもしろい。
ジローは内臓電池のようなもので動いていて、残りの電力が少なくなると自分で充電用の椅子に座って充電していた。
それはまるでジローが疲れてひと休みしているように見えた。
ジローはサスペンションに問題があるのかしょっちゅう転んでいた。
又、ジローには一つだけ表情を持っていて、何か失敗をすると舌を出して照れたような顔をする。
ジローはよく転び、その度に舌を出して照れた。
実際のジローの働きだが、これがまったくと言っていいほどダメで、掃除も洗濯も何一つまともにできなかった。
でも何かある度に舌を出すので、自分ができていないことは分かっているようだ。
失敗したときの仕草に愛嬌があって憎めない。
だが、これじゃ一般発売は無理だろう。
僕がモニターとしてジローと生活する期間は3ヶ月。
その間に問題があったら回収して修理しなければならないので、すぐに報告する約束だった。
だが、僕は報告しなかった。
連れて行かれたら、二度とジローは戻ってこないような気がした。
僕はジローとの生活を楽しんでいた。
ジローとの生活が始まってひと月が経った。
ジローは毎日疲れて帰ってきた僕を迎えてくれたが、それ以外のことはあいかわらずだったので、僕はジローに少しストレスを感じていた。
ある日、ジローが洗濯したばかりの服を引きずって汚してしまったことがあった。
僕は仕事のことで苛立っていたのもあって、声をあげてジローを怒鳴ってしまった。
ジローは舌を出して反省しているように見えた。
言葉が通じるはずはないのに。
その時、ジローはとても寂しそうな音を鳴らした。
今日も仕事が終わって家に帰ると、なぜかジローがいつものように玄関に出てこない。
どうしたのかと思って家の中を見回すと、洗濯機の前でジローは動かなくなっていた。
僕は慌てて駆け寄ったが、ジローは舌を出したまま動かない。
水の溜まっていない洗濯機の中で、乾いた服がくるくると回っていた。
僕はすぐに友人に電話してジローの様子を説明したが、一度検査してみないとわからないと言われ、翌日ジローは研究所に連れて行かれた。
もう、ジローに会えなくなってしまうのだろうか。
僕は急に寂しくなり、涙がぽろぽろと出てきた。
しばらくして友人から連絡があった。
原因は何のことはない、ただの電池切れだった。
残りの電力が少なくなっていたことにジローが気付かなくて、充電器までたどり着けなかったらしい。
それ以外にもジローにはいろいろと問題がある。
僕は正直にジローの欠陥のことを伝えた。
度重なる検査の結果、ジローの販売は中止になった。
現段階では技術的な改善が見込めないらしく、ジローの開発チームは解散することになった。
後日友人と会ったときに、僕は無理を承知でジローを連れ戻してほしいと頼んだ。
すると友人から意外な言葉が返ってきた。
ジローの製作は結局失敗に終わってしまったが、一人でもジローを必要としてくれる人がいるなら、俺はジローを作って本当によかったと思う。
お前にジローを預けたのは正しかった。
ありがとう。
ジローが家に帰ってきた。
ジローはあいかわらず何もできなかったが、それでもかまわない。
今までだって全部一人でやってきたじゃないか。
それに僕はもう一人じゃない。
ジローは今でも時々動かなくなるが、そのときは僕がジローを椅子に乗せてあげている。
充電が終わるとジローはまた舌を出して働き始める。
もうジローのいない生活は考えられない。
一日が終わった。
今日もジローは玄関まで来て僕を迎えてくれるだろう。
きっと嬉しそうな音を鳴らしながら。
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