酵母
「麦ぃ!早くこっちこいよー」
俺達はいつも一緒だった。
俺と水野と塩谷、紅一点の酵子は同期入社の4人組で、新入社員のオリエンテーションで出会った時からずっと行動を共にしていた。
水野と塩谷がじゃれ合いながら俺にちょっかいを出してきて、それを酵子が宥める所までがいつものパターンで、周りから見たら喧嘩と勘違いされるほど俺達は本気でぶつかり合っていて、その度に絆を強くしていった。
酵子は母親のような存在だった。
酵子のおかげで俺達は大きくなれた。
もし酵子がいなかったら、俺達はコシが強いだけのうどん止まりだっただろう。
水野と塩谷には隠していたが、俺と酵子は付き合っていた。
4人で集まる時も水野と塩谷は大体遅れてくるので、それまでは誰もいない部屋で体を重ね合わせた。
「麦く~ん」
酵子は甘えた声で俺の名前を呼んだ。
そんな俺達にも転機が訪れる。
新入社員の研修期間が終わり、俺達はそれぞれ違う部署に配属になった。
大きくなったつもりでいた俺達は組織の力によってバラバラに引きちぎられ、小さく丸め込まれて檻の中に閉じ込められた。
目の前が真っ暗になった気分だった。
俺達はそれぞれの職場で頭角を現し、大きくなっていった。
離れ離れになっても、俺達は一つだった。
俺の中にはいつでも水野と塩谷、そして酵子がいるような気がした。
辞令 強力麦 殿
〇〇年〇月〇日を持って〇〇課 課長に任命する
入社して20年が経ち、俺は課長に昇進し、晴れて非組合員になった。
社内の派閥には属していないつもりではあったが、周囲には副社長で次期社長候補の名堀派の一員と思われていることは自明の理だった。
そんなある日、名堀派の対抗派閥である美良野派の腹心、釜田が副社長室のベランダで脱法ハーブが栽培されているとマスコミにリークし、ワイドショーや週刊誌で大々的に報じられた。
警察による強制捜査が入り、副社長室からは大量のハーブが押収された。
突然の出来事に名堀は半狂乱状態で、目眩ましに育てていたトマトをそこら中に投げ散らかした。
副社長室の床は潰れたトマトでグチャグチャになっている。
身の危険を感じた俺は副社長室から抜け出そうとしたが、足を滑らして後頭部を強打し、全身にトマトを浴びてワイシャツが真っ赤に染まった。
狂人と化した名堀は、倒れた俺に白い塊を投げ付けた。
朦朧とした意識でそれを見ると、なぜかフレッシュのモッツァレラチーズだった。
名堀が俺にオイルのようなものをかけた。
ガソリンかもしれない。
釜田が週刊誌に焼べた薪が燃えに燃えている。
押収された緑のハーブが花吹雪のように舞い、俺の上にぴたりと落ちた。
もう何がなんだか分からない。
俺は気を失っていた。
水野、塩谷、酵子、俺は死ぬのかな
俺達もう終わりなのかな、、
バカヤロウ、麦
ゴールはすぐそこだ、起きろ、目を覚ませ
ナポリペルファボ~レ♪
ぼんやりとした意識の中で目を開けた。
辺りはにぎやかだ。
なぜか俺は誰かの手によって運ばれている。
ここは何処だろう?
状況が飲み込めていない俺を、見知らぬ家族が幸せそうな顔で見つめている。
そうか、俺は天国に行ったんだ。。
お待たせしました!
マルゲリータでございます♪
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