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ショートショート#2 ボクとワタシの部屋

 隣の部屋の住人の笑い声でボクは目覚めた。
その笑い声はよく聞くと、若い男性と若い女性の声のようだった。
笑い声で目が覚めたが、その二人の笑い声はとても幸せそうで、少しくらいうるさくても、ボクにとっては心地よいくらいに感じた。
ボクは眠い目を擦りながらも、その男女が何を話しているか気になり、壁にそっと耳を当てた。
どうやら隣の部屋に住んでいる男性と女性は夫婦のようで、最近行った新婚旅行の話で盛り上がっているようだった。
どうやらハワイに行ったようだ。
とても幸せな新婚旅行だったんだろうな、とボクが行ったわけではないが、幸せな気持ちが伝染したようだ。
さらにめでたいことに、隣の部屋の女性のお腹には赤ちゃんができたようで、ハワイの後には子どもの将来についての話で次は盛り上がって行った。
ボクはその話を聴きながら、安心感の衣に包まれた幸福感で胸がいっぱいになり、再び眠りについた。

 隣の部屋の住人の怒鳴り声でワタシは目覚めた。
その怒鳴り声はよく聞くと、若い男性と若い女性の声のようだった。
怒鳴り声で目が覚めてしまい、ワタシはイライラとした気持ちを抱えながら目を覚ました。
ワタシは眠い目を擦りながらも、その男女がなぜ怒鳴り合っているのかが気になり、壁にそっと耳を当てて、耳をすませた。
どうやら隣の部屋に住んでいる男性と女性は夫婦のようだが、男性が大声を上げて女性に汚い言葉を吐いているようだった。
男性の言葉がたどたどしく、ひどくお酒を飲んでいるようだった。
一方の女性は泣き声のようなかすれた声で男性に負けないくらいの大きな声で言い争いをしているようだった。
隣の部屋の怒鳴り声にワタシは悲しい気持ちになり、ワタシまでもイライラした気持ちが伝染したようだ。
その時、ドンッという衝撃音が響き、ワタシの部屋が揺れた。
どうやら隣の部屋の男性が女性を突き飛ばした衝撃がこちらまで伝わってきたようだ。
ワタシはそんな隣の部屋の喧嘩を聴きながら、いつ危険が及ぶかも分からないという不安な気持ちで再び眠りについた。

 半年後。

 ボクはそれからずっと、部屋から出ずに過ごしてきた。
食事は定期的に送られてくる母からの仕送りで食いつなげるし、部屋の中で軽い運動はしていたので、部屋に引きこもっていたが健康に過ごしてきた。
隣の部屋も半年間変わらず幸せそうな暮らしをしていたので、ボクも幸せな気持ちで半年間を過ごすことができた。

 ワタシもそれからずっと、部屋から出ずに過ごしてきた。
食事は定期的に送られてくる母からの仕送りで食いつないできて、部屋の中で軽い運動をして過ごしてきた。
ワタシとしては健康的な生活を過ごしていたが、隣の部屋ではしょっちゅう夫婦の怒鳴り合いが聞こえていたため、不安感や危機感を感じながら過ごしてきた。
この部屋から出ようとしたことも何回かある。
でもこの部屋の鍵がなぜか内側から開けられなくて、自分では外に出れなかったのだ。

 でも半年たったある日、突然ワタシの部屋の鍵が開けられた。
ある日の夜、珍しくぐっすり寝ていたのだが、突然部屋のドアを開けようとしているガチャガチャ音で目が覚めた。
部屋のドアの方に近づくと、女性の苦しそうな声が聞こえてきた。
この声は聞き覚えがあるぞ、そうだ隣の部屋の女性だ。
そう気づいた瞬間に突然外から白衣を着た人が数名部屋に入ってきた。
ワタシはそのまま外に連れ出された。

 ボクも突然ドアを開けようとする音で目が覚めた。
ドアに近づくと隣の女性の苦しそうな声が聞こえてきた。
いつもは幸せそうなのに大丈夫かな、と心配になった。
でもその女性の声の横で隣の部屋の男性が励ましている声が聞こえてきた。
その声にボクも元気が出て、先ほどの不安な気持ちがなくなってきた。
その時突然外から白衣を着た人が数名部屋に入ってきた。
ボクはそのまま外に連れ出された。

 ワタシ、生誕。
隣の部屋の女性の顔を初めて見た瞬間に大きな声で泣き出してしまった。
その横に隣の部屋の男性の姿はなかった。

 ボク、生誕。
隣の部屋の男性と女性の顔を初めて見た瞬間に大きな声で泣き出してしまった。
でも、別に悲しいわけではなかった。
嬉しすぎて涙が止まらなくなってしまったのだ。
しばらくしてボクは隣の若い夫婦の部屋に引越し、同じ部屋で暮らすようになった。
幸せな気持ちに包まれて、一人で部屋にいた頃と同じ安心感の衣に包まれた幸福感で胸がいっぱいになった。

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