3人が抱えるそれぞれの思い

お盆が過ぎて、すっかり人の気配が少なくなった夕方の海で、波が足に到達しないくらいの波打ち際をゆっくり散歩した。海水の味が苦手なので海に入るのは好きじゃないけど、湿った浜辺を歩くのは好きだし、生暖かい風に乗って匂う潮風も嫌いじゃない。遠くから聞こえる蝉の鳴き声と静かな波の音が耳に心地よく、独りだけど何かに包み込まれているような安心感があった。
 
少し遠くに男の人が座っているのが見えた。男性はきちんとした体育座りをしていて、水平線を眺めたり、自分の膝に顔をうずめたりするのを繰り返している。何かに悩んでいそうなその姿を見ていると、哀れみの気持ちが浮かぶと同時に、誰もが悩みを持っているんだなと変な親密感を覚える。
 
男性が膝に顔をうずめる時間が長くなっていることに気づく。男性への心配が大きくなりはじめたとき、男性の顔が勢いよくあがった。オレンジ色の西日が彼の笑顔をまぶしく照らす。それから彼の顔がうつむくことはなく、遠い海の彼方をまぶしそうにずっと眺めていた。
 
 
 
「海に行かへん?」
 
サツキは同僚のケントとソウタに声をかけた。海に行くことで2人の関係が劇的に良くなると強く期待していたわけではない。ただ、海で同じ方向を一緒に見れば何かが変わるような、そしてあの男性が見せた笑顔に何かヒントがあるような、そんな宝くじを買うような気分だった。それに、気がかりなのは2人の関係だけではなかった。
 
3人は同期入社で同じ部署に配属された。サツキとケントが初めての社会人生活に慣れるのが精一杯な一方で、中途入社のソウタは入社当初から業務の正確性と発言力を発揮して2人を驚かせた。
 
ケントはソウタの活躍ぶりに畏敬の念を感じていたが、時折、ほんの少し妬みを感じている自分に気づくときがあった。純粋に人を尊敬できない自分が嫌になった。その妬みのせいか、ソウタのあらゆる言動が鼻についた。
 
ソウタからの指摘やフィードバックを素直に受け取れない。仕事以外で同僚と関係を築こうとしないソウタを仕事人間だと非難する。笑いのツボが合わないだけでソウタの笑いのセンスを見下す。本心でないことに気づいていながらも、諸々の気持ちをサツキに漏らしてしまう。
 
ケントとソウタが"仲良し"になる必要はないけど、お互いを仲間として尊敬し合い、自分も含め同期3人が切磋琢磨する日々をサツキは願っていた。ケントも、本心では同じことを願っているのだ。頭に浮かんでくるソウタへの理不尽な非難を今すぐにでもかき消してしまいたかった。
 

入社して3ヶ月が経った月曜日、ソウタが会社に来なかった。上司に聞いたところ、業務量が多くなりすぎたことがストレスとなり、精神的に参っている状態らしい。そのまま3日間連続で会社を休んだ。ソウタは木曜日に出社したけど表情がさえない。時々見せる笑顔も、強がりでつくっているように見えた。
 
そんなソウタを見かねたサツキが2人を海に誘ったのだ。自分の中に溜まっているソウタへの汚れた思いを一掃したいケントは二つ返事でOKした。意外にソウタもあっさりと承諾した。独りで過ごす時間を減らしたかったのかもしれない。
 
当日、皆が移動しやすいようにと、ケントが車をレンタルして2人を迎えに来てくれた。どうしたら「皆」が一番楽しめるかという視点をいつも持っているケントを同期として、人として誇らしいなとサツキは改めて感じた。ソウタも、自分が持っていない輝きをケントが持っていることに気づき、嬉しいようなうらやましいような気持ちになった。
 
海に向かう道中、ソウタは面倒くさそうな表情をしている。でも、車の窓から外を眺める顔が緩んでいることから、久しぶりの外出が良い気分転換になっていることがうかがえた。それだけで今回誘ったことに意味はあったとサツキは少し嬉しくなり、心の中でガッツポーズした。
 
海に着くと、3人は横一列でも縦一列でもない自由な位置取りで浜辺を散歩した。それぞれ何か話したそうな雰囲気があるけど、誰も喋ろうとしなかった。ケントが気を紛らわすように、石を拾っては海に投げ入れる。ボシャンと海に落ちる音が、3人の間の静かな空間に響き渡った。何度目かのボシャンが口火となったように、ソウタが口を開いた。
 
中途入社というプレッシャーをに感じていたこと、同期にも中々弱音を吐けなかった気持ちを初めて漏らした。ケントもソウタに感じてしまっている正直な気持ちを伝えた。弱音を吐くのも、正直な気持ちを伝えるのは勇気がいることなんだと、そこにいる3人は実感した。

気付くと3人は水平線に向かって横一列に並んでいた。ケントがソウタの肩に手を回す。ソウタが照れくさそうに笑う。どんよりした曇り空から夕日が顔を出して3人をまぶしく照らす。私も正直な気持ちを伝えられるようになりたいなと、サツキは心の中だけでささやいた。

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