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400字エッセイ

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2021年9月の記事一覧

午前1時にコーヒーを淹れてみた

目覚めると同時にスッキリしない重苦しさが頭を襲った。時計を見るまでもなく夜中に目覚めてしまったことを確信する。スマホの時計で自分の感覚が正しいことがわかって少し嬉しい。 時々夜中に目覚めるたびに原因を考えてみる。夕食が多過ぎなかったか、あるいは少な過ぎなかったか、深酒をしなかったか、適度な運動はしたか。今回の原因は、恐らく寝る直前までスマホと睨めっこしていたからだろう。調べものは決して寝る直前にしてはいけない。 寝れる気が全くしないのでこんな夜中にコーヒーを淹れてみる。ガ

突然の勧誘にモヤモヤ

お昼ごはんを食べに行こうとオフィスのエレベーターホールに向かうと、いきなり女性から「既にお声がけしましたでしょうか?」と声をかけられた。突然の質問に面食らって「はい?」と間抜けな声で答える。 「まだですよね。お名前をフルネームでいただけますでしょうか」と早口でまくしたてられるので、あわてて本名を伝えてしまう。少し気持ちが落ち着いたので「何をされているんですか」と尋ねた。 「社会人の皆さまに弊社の保険を紹介しております!」と答えながら半ば強引に渡してくるパンフレットを、苦笑

知らないうちに依存しているコトやモノ

中学生のとき、何の気なしに母の化粧水を顔につけてみると、スポンジが水を吸収するように顔が保水されているのを感じ、とても爽快だった。それ以来、洗顔後とお風呂上がりには化粧水をつけないと、顔がひび割れしているかのように感じてしまう。 留学中に通っていた会話クラブの開催場所がカフェだったので、ドリンクをオーダーする必要があった。最安値だからという理由だけで、苦いだけの黒い液体を毎回頼んだ。今では、1日に3杯までと自制する必要がある。 生きるうえで必須ではないけど、知らないうちに

お腹いっぱい食べること

朝イチのスタバでベンティサイズのカフェラテを飲み干し、朝営業している家系ラーメンの匂いに釣られてラーメンとライスを完食。 まったりした気分で足腰が悲鳴をあげるほど散歩した後、昔ながらの中華屋さんで日替わり定食を頼む。デフォルトでご飯の量が半端じゃないお店で、ご飯を見たとき思わず笑った。 膨れ上がったお腹を優しくさすりながら、ドリンクバーでゆっくりしようと入ったサイゼにて平日ランチの安さに目玉が飛び出そうになる。ここでも貧乏性の自分を制止できない。食べ過ぎて苦しくなった身体

自分で判断して自分で決める

人の意見を無視するというわけではない。いろいろな意見を聞いた方が、自分だけでは気付かなかった視点からも物事を考えられるので良いに決まっている。でも、最後に決断するのは自分なんだ。そこだけは譲れないし、自分の決断には責任を持ちたい。周りの意見に流されて決断すると後味が悪くなる。 先日、賃貸を契約するとき、周りの方々に「家賃交渉した方が良い」と強く薦められた。しかし、僕の感覚では充分安い家賃だったので「わざわざ家賃交渉して貸主の方との間に変な空気作りたくないなー」と感じていた。

兄弟で電話

「朝起きたらすぐにビールを1本冷凍庫に入れて、YouTubeを20分くらいぼーっと見る。そんで完全に冷え切ったビールを一気にゴキュゴキュいくんや!」 次男が休日の過ごし方を満面の笑みで語り続ける。最近アルコール断ちを考えている僕の口からはよだれが溢れそうだ。 「楽しみはそっからなんよ。ビールを飲み干したら、近くのコンビニまでてくてく歩く。まあ、5分くらいや。そんでコロッケとメンチを1個ずつ買って、アツアツをガッツくんよ。そこにビールでさらに、、、これがたまらん!」 話の

ムダな足し算

使い切れずに冷凍していた野菜をすべて、油を少し引いたフライパンで炒めた。ひとつまみの塩を回し入れ、野菜が水分を出すのを助けてあげる。野菜たちは濃い飴色に姿を変えながら香ばしい匂いをキッチンに充満させた。 いつものように香り付け程度に醤油を振りかけて食べようと思ったとき、昨晩買ったばかりの特濃ゴマだれを思い出す。脳内では完璧にマッチしていた野菜炒めとそのゴマだれは、想定を超える勢いで僕の舌をビックリさせた。そして、これほど「食べたくない」と思わせる野菜炒めを作った自分にも驚い

どこにだって行けるんだ

遮光カーテンのちょっとした隙間から射しこむ朝日が眠そうな顔を照らした。ぬくもった布団を体から引き剥がし、一息で体を起こす。カーテンを思い切りよくシャッと開けると、降り続いた雨をたっぷり溜め込んだ木々がきらきらしていた。 雨粒の重さにしだれる草花のように、一度しゃがんでから大袈裟に伸びをする。湿気を溜め込んだ自分の体がシャキッとリセットされるのを感じた。雨上がりの日差しはどうしてこんなに活力をくれるんだろう。 布団を畳んで、コップ一杯の水を飲む。冷たい水を顔に浴びせ、洗いた

人生について考えすぎてしまったとき

そのときはいつも突然やってくる。お風呂に入っているとき、映画を観終わったとき、家でお気に入りの椅子に腰掛けているとき。それまで考えていたことが頭から一瞬にして消え去り、ある疑問がその空いたスペースを奪いにくる。 「自分は何のために生きているんだろう。」 この疑問にめぐりあう度、深い沼にズブズブ入り込む自分がリアルに感じられ、あちゃーと思うけど、とりあえず真剣に考えてみる。幸せになるため。他者に貢献するため。人類の繁栄に寄与するため。誰に語っているわけでもないのに、小っ恥ず

体がいちばん素直だ

先日、久しぶりに天ぷらを食べたら、お腹あたりが重苦しく気持ち悪くなってしまった。たったあれだけの量で敏感に感じる自分の体が情けなく感じると同時に、少し嬉しくなった。体が素直に反応しているし、自分がその反応をちゃんと感じてやれていたからだ。 体って素直だなと思う。尖ったモノに触ると痛いけど、柔らかいモノを触ると心地よい。運動した後は体中がスッキリするし、体を動かさない日々が続くと体の中がどんよりした成分で埋め尽くされる。人の悪口を聴くと胸がギュッと痛くなるけど、人の笑顔を見る

朝が早い人々

朝が早い人ほどせっかち。 一人として同じ人が決していない十人十色な私たち人間をカテゴライズすることもされることも嫌いだけど、これだけは毎朝頭に浮かんでしまう。 朝が早い人はたいてい早歩き、もしくは走って駅に向かう。電車内で座席に空きがあっても立っている人が多い。駅に着いてすぐに降りられるようにするためだ。電車から降りると走る。階段やエスカレーターを猛ダッシュで駆け上がる。早く通り過ぎようとするためだろう、改札口でICカードの反応が間に合わず、ゲートに行く手を阻まれる人がい

ワクチン接種会場で感じた人々の力

コロナワクチン接種のため、横浜市の大規模センター、ハンマーヘッドに向かった。集合時間の10分前に到着すると待機エリアのパイプ椅子に案内される。持参した用紙に必要事項を記入しながら受付の順番を待った。 ほぼ時間通りに受付に案内される。案内係の人は終始笑顔で対応してくれた。提出した書類を目に止まらぬ速さで確認する受付係の人。恥ずかしいことに、消えるボールペンを使って記入していたため再度書き直すことになる。謝罪すると、笑顔で「いえいえ、とんでもないです」と返してくれた。その笑顔が

エスカレーター上で自分に笑う

いつものように、左側か右側かであたふたしたながら、エスカレーターに乗り込んだ。横浜に住み始めてもうすぐ2年だというのに、未だ左側に慣れない自分に笑えてくる。 ふと顔を上げると、終着点が見えないほど長い長いエスカレーターの左側に、人々がきれいに1列でずらーっと並んでいる光景が視界全体を覆った。まるでこの世の王様が通るかのように、きっちりと右側が空いているその景色が不思議に感じた。いつも見慣れている光景なのに、なぜかそのときだけ僕の脳内ではクエスチョンマークが大量発生していた。

歯を磨くときくらい

何をするにしても、1つのことだけに集中することができなくなっていることに気がついた。食事するときも散歩するときも洗濯物を干すときさえも、そのことだけに集中するのがもったいなく感じるので、バックで音楽や英語を流してしまう。1つのことだけをやっているという自分が許せない。最近、そんなふうに感じる自分が怖くなった。 ながら作業ができるということは、作業内容を身体が覚えているため、ほとんど何も考えることなくその作業が実行できるということ。つまり、その作業をしている時間には考える余白