"大人になれたら、きっと素敵かもしれないね。
そんなに長く待たなくても良いんだろうね。
それに一緒に生きていけたら素敵だろうね。
僕たちの生きている、そんな世界で。"
隣を歩く友人は、楽しそうにビーチボーイズの「Wouldn't it be nice」を陽気に口ずさんでいた。僕たちは冬空の下をコートのポケットに手を入れながら畦道を歩いていた。
僕も友人も、この曲が大好きだ。
とても素敵なラブソングだ。
"新しい一日の朝に僕たちは目を覚ませたら、
きっと素敵かもしれないね。
一緒に目一杯の時間を使ったあと、
夜を通して二人で抱きしめあったりして。
僕たちの過ごす時間はすごく幸せな時間だよ。
僕らの全ての口づけが終わりなく続いたら、
きっと素敵じゃないかな?"
「ねえ、この曲の二人はどうなったのかな?」
「いや、どうもなっていないよ。これはある男の片思いの曲だからさ」
「これは恋人へ送るラブソングじゃなかったの?」
「考えてみろよ、もし、とかだったら、とかばかりなんだぜ? それがどうして恋人へのラブソングになる?」
友人はそう言って、曲の続きを歌いだした。
この曲には終始”彼女”や”君”という表現が出てこない。
トニーとブライアンは誰でもない、ミステリアスな存在をこの曲で恋焦がれていたのかもしれない。
僕はその隣で、トニーとブライアンがこの曲を作っている姿を想像した。
だが、彼らがそんな乙女心を持っているとは到底思えなかった。
「でも世間一般では、ストレートなラブソングとして認識されているよ」
「みんな綺麗なロマンチックが好きなのさ。夜景が好きなのと同じさ」
「そんなもんかな?」
「そんなもんさ」
「そうだね、そっちの方が”素敵かもしれないね”」
冬風がより寒く感じた。
僕はマフラーに顔をうずめ、友人の歌に耳を澄ませ、冬の涸れ果てた水田を歩き続けた。
その殺風景さは救いのない男の恋心と同じなような気がした。
二◯二四一月
Mr.羊
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