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『ヨコハマ買い出し紀行』を観たので、普段よく見返す写真について考える

OVA作品『ヨコハマ買い出し紀行』を観た。

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これ、超良いぃ~。
地球温暖化の影響によって海面上昇が進み、人類の文明が衰退に向かってゆく世界。作中での表現を引用すると、"お祭りのようだった世の中がゆっくりと落ち着いてきたあの頃、後に「夕凪の時代」と呼ばれるてろてろの時間"を描いた作品。要するにポストアポカリプスものだ。

舞台となっているのは「ヨコハマ」とタイトルにある通り、横浜~三浦半島あたり。横浜市民のリサフランクとしては、かつて栄えた文明の象徴としてランドマークタワーが用いられているのが新鮮に感じた。

OP映像のワンシーン

そんな滅びゆく世界を背景に描かれるのは、静かで穏やかな、ゆっくりと流れていく時間。そこには悲壮感などまるでなく、かといって『けものフレンズ』のように不気味な雰囲気が匂わされることもない(主人公がチャイムに応対する際に拳銃を身に付ける描写だけは少し不穏だが)。
"てろてろの時間"という表現、それ単体だとどのような状態のことを指すのか全く分からないけれども、実際に本編を観てみると「ああ、まあこういうことだろうな」みたいな、なんとも不思議な気持ちになってくる。

あとこの作品、ゴンチチが担当している劇伴もめちゃくちゃ素晴らしい。
ゴンチチといえば、人々の生活に溶け込むようなイージーリスニング的音楽を作り続けるアコースティック・ギターデュオだが、『ヨコハマ買い出し紀行』においてもかなり良い仕事をしている。
作品を彩る音楽というよりかは、その作品において鳴っているべき音楽が当たり前に鳴っているような感じ。抽象的な表現に頼るとそんなところ。
これについてはここにゴンチチを抜擢した制作陣もめちゃくちゃすごいんじゃないかな~と思っていたんだけど、調べてみると原作者の芦奈野ひとしがそもそもゴンチチのファンだったという情報もあって(真偽不明!)、もしかしたらそういうのも関係しているのかもしれない。

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さて、このOVAは2話完結なのでサラッと全部観れてしまう。
そんな中で特に印象的だったのが、第1話のエピソードだ。

あらすじを軽く説明しようと思う。皆まで全部説明していくので、ネタバレを避けたい人は先に本編を観てほしい。





主人公であるロボット・アルファさんは、岬にぽつんと立つカフェを営みながら、かつて旅立ったオーナーの帰りを待つ日々を送っています。
そんないつもと変わらない朝のこと、アルファさんの下にひとつの郵便物が届きます。それはなんとオーナーから送られてきたもので、小包を開けると、カメラと短いボイスメッセージが入っていました。

贈り物のカメラ

「しばらくは帰らないと思う。だから、気にせず外へ出て、周りを見て歩くことを勧める。君にとっては、十年も一日もさして違うこともないかもしれないが、いつか懐かしく思える事柄もできるだろう。その時の記憶の助けになると思うので、これを送る。体に気を付けるように」

オーナーからのボイスメッセージ

思わぬ贈り物を受け取ってから、少し経ったある日。
せっかくもらったカメラはしまい込みがちになっていました。
撮れる写真の枚数が300枚までと上限があったこともあり、なんとなくもったいないような気がして使えずにいたのです。

これはいけないと思い立ったアルファさんは、休日を利用し、近場の見慣れた愛すべき風景を撮影して回る小旅行を計画します。
まずは出発前に、乗り慣れたいつものスクーターをパシャリ。

スクーターの写真

それから旅のはじまりです。
ふと意識して周囲を見回してみると、写真に残しておきたい景色はあまりにも多いことに気が付きます。風に揺れる木々とそこから射す木漏れ日、仲良しのおじさんの笑顔、遥か上空を飛ぶカモメたち。
この際いっそ残枚数などは気にせず撮りまくっていこうと意気込んでいたアルファさんでしたが、いざそういった光景を目の前にしても、不思議とシャッターを押すことができません。

気付けば日も暮れてきました。
「私ってそんなにケチだったのかな?」と若干落ち込みつつ、最後にアルファさんが向かったのは、美しい夕景を一望できる"北の大崩れ"でした。

夕焼けに照らされた水面と、向こう側に見える島の陰影。
その絶景を目にしたアルファさんは、思わず構えようとしていたカメラをそのままに、落ちていく夕日を眺め続けます。

一日かけて色々な所を巡ったものの、結局この日撮影できたのは初めに撮ったスクーターの写真一枚のみ。
しかしアルファさんはその写真を満足そうに見返して、最後にこんな台詞でこの話を締めくくります。

出掛けに撮った、なんてことのないスクーターが今日唯一の写真。でも…私の写真はそれでいいと思う。残りの枚数はそんなに少ないわけじゃない、って気がした。それに、今日の風景はいつもより鮮明に思い出せる。あの瞬間が、よみがえってくる

アルファさんのモノローグ




と、こんな話だ。

これを観た時、大きな感銘を受けた。
というのも、ここでアルファさんが最後に納得した"私の写真"というのが、同時にリサフラにとって大事なものでもあるような気がしたためである。
リサフラの趣味は散歩であり、その道中ではよく写真を撮る。撮影した写真の中にはよく見返すものもあるし、逆にあまり見返さないものもある。その差は一体何に起因して生じているのか、これまでよく分かっていなかったが、なんとなくその謎が解けたような気がした。

まず、あまり見返さない写真の一例として、クリスマスシーズンにみなとみらいを歩いた日に撮ったものを挙げたいと思う。
ランドマークプラザから抜けて横浜駅方面へ向かおうという時、横浜美術館とMARK IS みなとみらいに挟まれた並木道、"グランモール公園"とも呼ばれるその場所に、なんともご立派なイルミネーションを発見した。
こういうのを見た時、リサフラはすかさずカメラアプリを起動する。
綺麗な光景は写真に残しておかなければならないと思うからだ。

これがその時に撮った写真である。
けっこう綺麗に撮れているものの、見返すことはほぼない。


逆に、気に入った写真とはどういうものかというと、こういうのだ。

これは友人と海老名SAへ徒歩で向かっている途中に撮った写真である。
一見わりとどこにでもありそうな田園風景なものの、色味や雲一つない青空が映えていて良い写真だ。こちらはよく見返す。


なぜリサフラはこれらの写真を気に入っているのか、もしくは気に入っていないのか、その違いがいまいち分からずモヤモヤしていたが、『ヨコハマ買い出し紀行』を観て気が付いた。
重要なのは写真そのものの質感やクオリティとかではなく、そこに何が焼き付いているかなのである。

振り返ってみれば、みなとみらいのイルミネーションを撮った時、本当にその光景に何か感じるものがあったかというと、そうでもなかったように思う。綺麗なものを見ることと、それに感動することは必ずしもセットではない。
あれは、綺麗なものを見たなら撮影しておかなければ、という強迫的な動機から撮ったに過ぎない写真だった。

一方で、海老名の田園風景を撮った時、とても清々しい気分だったのを覚えている。よく晴れた日差しの強い日でありながら、ほどほどに吹いた風が涼しくて、春特有の瑞々しい香りもした。友人とたわいもない話をしながらふらふらと歩き、目的地に着いた後はたしか駅近くのららぽーとまで引き返してパスタを食べた。あと、その店が出してきたお冷やはレモン水で、「随分気が利いてるじゃないか」と上から目線で評価した覚えがある。この一枚の写真を見るだけでそこまで思い出すのだから、不思議なものだ。

写真には被写体だけでなく、それを撮った時の瞬間風速的な感情や記憶も焼き付いていて、自分が普段写真を見返す時に見ていたのは、後者の方だったのだなと思った。
きっと、アルファさんがたった一枚のスクーターの写真に満足したのも、それを見るだけでその日の風景が鮮明に思い出せるのも、こういうことなんだろう。旅の出発点で撮ったその一枚さえあれば、あの時の高揚が全てよみがえってくるのだ。



アルファさんが夕焼けを撮らなかった理由について考える。
あまりの絶景につい圧倒されてカメラのことなどすっかり頭から抜け落ちてしまったのかもしれないし、写真を撮る手間すら惜しく感じられ、一秒でも長く自らの目で眺め続けることを選んだのかもしれない。
もし後者だとしたら、今の自分にとっては新鮮な感覚である。『ヨコハマ買い出し紀行』が描かれた当時と、携帯が普及して以降の現代とでは、シャッターボタンの重みが圧倒的に違う。今や撮影しようと思えば難しい操作もなく、一瞬で何枚でも撮ることができる。また、写真の用途も違う。綺麗な写真が撮れたとしたらSNSに上げることができるので、なるべく撮っておきたい。
いずれにせよ、もしアルファさんがみなとみらいのイルミネーションを見たとしても、おそらく写真は撮らないだろうな。

リサフラは今回の気付きを得た上でも否応なく無数に色んなものを撮影しまくるだろう。そうした意味ではアルファさんと真逆の姿勢を取っていて、でもそうやって撮ったものの中でずっと心に残り続けるのは、きっとこの物語で描かれていたような"記憶の助け"になる写真なんだろうと感じた。


かわいい~!!!

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