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ポテサラエルフとのあまあまな日々

登場人物

主人公

 街に買い出しに来た「ベニ」に一目惚れ。何度か会話するうちに親しくなり、「一生ポテサラエルフの里から出られない」ことと引き換えに、ベニの伴侶となる。
 魔法技師。魔法を使った装置の設計、作成を企業としている。王都ではなんとか食っていける程度の腕前だが、魔法技師の少ないエルフ集落であれば他の追随を許さないだろう。

ベニ

 年齢五十ほどの若いポテサラエルフ。精神年齢は、ヒューマンで言えば十九くらい。ポテサラが美味い。戦闘では兵站担当。舌が短い。主人公のことを愛している。
 ポテサラエルフとは、要はあらゆる技術をポテトサラダのためだけに進化させた、胡乱なエルフの氏族である。咬合力はないが、腕力はある。万物をグズグズにする魔法を使う。

本編

 「ん、んゆ」
 胸の中の温もりが、もぞもぞと動く。
 愛しのポテサラエルフ、ベニ。
 彼女がぼんやりと目覚め、朝日を求めてブランケットからぴょこっと顔を出す。その刺激で、私も夢から覚めていく。

 「えへへ、ダーリンと一緒だなんて、夢みたいだゆ」
 ネグリジェ姿の彼女は、そのまま“おはよう”のキスを求め、唇を差し出す。

 ちゅっ。

 触れるか触れないかの、儚いキス。

 それ以上は、夜のお楽しみだ。
 
 「んゆ。これで元気でゆ。じゃあ、今日もがんばゆ!」
 
 この里での、新しい生活が始まる。

 【ポテサラエルフとのあまあまな日々】

 ポテサラエルフの住居は、コロニーごとに様式が異なる。
 正確には、生産活動をポテトサラダに特化している彼女らは、交易によって物資を得るため、特定の住居様式を持つことがない。
 そしてこのコロニーは、杉エルフとの交易が盛んだ。
 つまるところベニの家は、東の国のヒューマンが住むような木造建築であった。

 顔を洗い、リビングに向かうと、まったりとした香りが鼻孔をくすぐる。
 「ゆふふ、ダーリンの魔法釜、すごゆ。昨日作ったポタージュが、まだほかほかゆ」
 私の、魔法技師としての技術を褒めながら、割烹着に着替えた彼女は、短い手足でポテトサラダとポタージュを皿に盛る。
 手伝おうか? そう問うも。
 「ぽてちにはこれくらいしかできなゆ。この里の男手は力仕事やゆ。だから、今は座ゆ」
 と言われると、返す言葉はなかった。
 「じゃあ、食べゆ。いただきます」
 いただきます。
 
 「ねね、ダーリン」
 食べ進めていると、ベニが遠慮がちに声をかけてきた。
 「ヒューマンの夫婦って、『あーん』ってものを食べさせ合うって本に書いてたゆ」
 ああ、そういえば、そんな小説もあったかなと、答える。

 ベニは勉強家だ。
 この家の本棚には、エルフ語に翻訳された料理書、魔法辞典、錬金術レシピなど、ポテサラエルフの中では本格的な書物が多く収まっている。
 もっとも、エルフ種ゆえ全体的に時間感覚が長いところがあるのか、一部の本は流石に時代遅れとなってしまっているきらいはあった。
 そうした本の中に、古典としてのヒューマンの娯楽小説も混じっていたというわけである。

 「ぽてち、『あーん』やりたいなあ」
 彼女は、チラチラとこちらを見ながら催促する。
 その様子が可愛いので、好きにさせてあげることにした。
 「やったゆ! じゃあ、お口開けゆ」
 テーブルに身を乗り出し、スプーンに乗せたポテトサラダを私の方へ運ぶ。
 無理な体勢で震える彼女の手は、どうにか目的地にたどり着く。
 口を閉じ、味わう。
 じゃがいもの柔らかさと、アンチョビの塩気が心地よい。
 「美味しゆ?」
 ポテトサラダを飲み込み、彼女の頭を撫でながら、とても美味しいと伝える。
 「よかったゆ。作った甲斐あゆ」
 元の席に戻りながら、ベニは満面の笑みでそう答えた。

 程なくして朝食を終え、和やかな時間はひとまずの終りを迎える。
 「始めてのお仕事ゆ。頑張ろゆね!」
 拳と拳を合わせ、それから食器類を片付けた。

 それから、二人で手をつなぎながら広場に向かう。
 私は簡単に自己紹介を行い、快く迎えられたようだ。
 その後、三メートル弱もあるポテサラゴーレムに見下されながら、今日の仕事を言い渡される。
 トヨシロ宅での旧式撹拌機整備。早くも私にしかできない仕事が回ってきた。
 ベニは、城下町へのマヨネーズ買い出し。別行動だ。
 一時の別れを惜しみつつ、私は仕事に取り掛かることにした。

 ◆◆

 「あらあら、貴方が噂の」
 トヨシロ夫人は、少し咳き込みながらも、堅苦しく挨拶した私を裏庭に招き入れる。
 彼女は老いてなおエレガントであるが、流石に九百歳ともなると、エルフの平均寿命をかなり上回っている。周りも無理をさせようとはしないようだ。
 話によると、夫は私と同じヒューマンらしい。現在の技術を持ってしても種族の差は未だ覆すことはできず、当然ながらもう亡くなっている。
 「これが例の撹拌機ゆ。最後に動かしたのは十年前くらいだったかしらゆ」
 年式を見ると、おそらく八十年ほど前のものだろうか。
 修理はできると思いますが、だいぶ手こずるかもしれません。と、素直に伝える。
 「つい最近買ったと思ってたんだけど、そっか、大体ヒューマンが一人生まれて天に召されるくらいの時間は経ってたゆね」
 感慨深く、彼女は過去に浸る。
 「あっ、修理始めてて良いゆよ。休憩したくなったら入って来て。期待してゆわ」
 じゃあ、始めます。
 そうして、里での始めての仕事に取り掛かることにした。
 
 仕事の中身は本筋でないので、省略。

 およそ一時間掛け、原因箇所の特定が済んだあたりで、甘い匂いが漂ってくる。
 頭を使いすぎた気もするので、休憩することにした。
 リビングに入ると、机の上には、さつまいもをバターで固めた焼きポテトサラダが並んでいた。
 「あらあら、これはポテトサラダじゃないわよ。皆はおやつポテサラって呼ぶけど、昔はスイートポテトって呼んでたんだからゆ」
 自慢気に言う、トヨシロ夫人。
 九百年は、我々ヒューマンには長すぎる。
 その過程で、モノの名前などは簡単に変わってしまうのだろう。
 彼女は、ポテトエルフとの紛争の顛末すら知る、生き証人であった。
 「私が死ぬ前に、いつかベニちゃんにもコツを教えてあげないとねえ。ささ、食べゆ」
 竹のスプーンでねっとりしたスイートポテトをすくい、舐める。
 芳醇だ。
 「ゆゆ、甘いでしょう。今は昔と違ってお砂糖が沢山手に入ゆ。コレ、結構すごい量のお砂糖入ってゆのよ」
 頭が息を吹き返すようです、と、賛辞。
 「それはよかったゆ。夫にも食べさせてあげたかったゆねえ」
 しんみりと、彼女は話す。
 死別。
 彼女にとっての結婚生活は、もはや悲しみを乗り越えた思い出なのだろう。
 私も、ベニを置いていく側になってしまわないかという、軽い不安を覚える。
 「あらら、怖がらせちゃってごめんなさゆ。でも、良いのゆ。貴方を選んだ時点で、あの子は覚悟してゆ。だからゆね」
 しわの入った顔を、安心させるようにほころばせ。
 「その日その日で、ベニちゃんを大切にしてやゆのよ。そうすれば、少なくとも私たちは覚えていられゆ。たとえ痕跡が風化しても、貴方を覚えていゆことが、私たちのできる弔いになゆから」
 なるほど。
 一拍置き、「旦那さんは、幸せだったに違いありませんね」と続けると。
 彼女は照れ隠しに、私をバシバシと叩いた。

 ◆◆

 「今日はありがとゆね。撹拌機、しっかり直してくれて」
 休憩後は、スイートポテトの活力もあってか、作業はぐんぐん進んだ。
 結果として、一日を目標としていた修理は、半日で終わったのだった。
 「また何かあったら頼ゆから。それまでにベニちゃんにレシピ渡しとゆわね」
 手を振り、広場に向かう。
 ぴょんぴょん。飛び跳ねる影が見える。
 どうやら、早めに買い出しを終えたベニが待っていたようだ。

 「ダーリン! 始めての仕事、どうだったゆ?」
 上手くやったほうだ、と思う。
 ベニの頭をわしゃわしゃと撫でながら、そっちはどうか、など、他愛もない言葉を交わす。
 「えへへ、ダーリンがぽてちの里に受け入れられそうで、何よりだゆ」
 まんまるの目に視線を吸い寄せられながら、なおも撫でる。

 見つめ合う。

 「そこのバカップゆ! ごはん取りに来いゆ」
 村一番のコックから指摘が飛ぶ。
 流石にやりすぎたようだ。

 まあ、そうだ。昼食について言うことがあるとすれば。
 彼のポテトサラダは、それはもう美味かった。
 ポテサラエルフの主食となるよう完璧にマッシュした上で、グリーンピースやハム、オニオンでアクセントを与えている。
 飽きないかって? いいや、これはもうパンのようなものだ。その上で日によってバリエーションが変わるから、飽きとは無縁だった。
 とは言え、本題として私はベニの可愛さを知らしめたいので、この話題はここで切ろう。

 午後の仕事は、ベニと同じ作業が割り当てられた。
 「ゆゆ」
 彼女の顔がこわばる。
 作業名は、“ハム作り”。
 反応から、これから何をやらされるか、察する。
 「ダーリン、辛い作業になゆと思ゆ。きつかったら見てるだけでも良いゆ」
 ベニの優しさが、刺さる。
 大丈夫、ポテサラエルフの文化を知り、ベニとともにあることを選んだ日から、いつかはやらなければならないと覚悟はしていた。そう伝える。
 「ゆふふ」
 ベニは、笑いながら私の右手を握る。
 「変な質問だったゆね。ぽてちが惚れ、ぽてちに惚れたんだから、ダーリンはどこかキマってゆ」
 手をつなぎ、向かうのは屠畜場。
 「始めての共同作業、一緒にやろゆね!」

 ポテサラエルフには、歴史上の風習がある。
 侵入者を、屠畜し、ハムに加工し、食す。
 里が自ずから迎え入れた者でなければ、あまねくその運命をたどる。

 それがイノシシであろうが、鹿であろうが。
 ゴブリンであろうが、ドラゴンであろうが。

 ヒトで、あろうが。
 
 屠畜場は、怨嗟の声で満ちていた。
 ここから出してくれとわめくヒューマン。
 己の運命を嘆き、悲しげに泣くプレーンエルフ。
 あるいは状況を理解できず、拘束具を揺らすゴブリン。
 二人で、彼らの頭に器具を被せる。
 そして“処理”してよい状態かどうか最後の確認を行い、外に出てから、屠畜場の戸を閉める。
 「手伝ってくれてありがとゆ。さあて、腕の見せ所ゆね」
 むにゃむにゃ、むにゃむにゃ。
 ベニは、屠畜場に向けて呪文を唱える。
 ポテサラエルフの呪文は、万物をぐずぐずに溶かす呪文である。
 それが、抵抗の許されない状況で生物の脳に向けられたならば。
 「終わったゆ」
 屠畜場に、もはや音はなく。
 脳を溶かされた侵入者が、ただ、ぐったりとしていた。

 その後、血を抜き、フックに新鮮な肉を吊るし、皮を剥いだところで、ベニは心配そうに問い掛けてくる。
 「ダーリン、手際良すぎゆ。実は人生二周目とかじゃないかゆ? 前世ポテサラエルフだったりしないかゆ?」
 まさか、そんな……。
 そう返す私の手は、流石に震えていたと思う。
 話を聞いて想像するのと、実際に命を奪うのとでは、心へのダメージが違うのだ。
 「まあ、でも流石に辛そゆね。外の空気に当たってくのが良ゆ。ダーリンはとてもがんばったゆ」
 死体から内蔵を抜き取るベニに礼を言い、屠畜場の外に出る。

 すると、里のリーダーがこちらにやってくるのが見えた。
 筋肉質な男性だ。一般的なヒューマンと比較すると、その大きさは際立つ。
 青ざめたまま挨拶をすると、肩をポンポンと叩かれた。
 「すまないね、初日からハードだったろゆ」
 彼は私を座らせ、自分も隣に座る。
 そして、二つ持っている瓢箪の、片方を私に渡す。
 中身は、芋焼酎だ。
 彼は自分の瓢箪の封を開け、喉を鳴らして飲んだ。
 「広場のトーテムを直しながら、見ていたゆ。実際のところ、君の覚悟が見たかった。この里に、馴染むための覚悟ゆ」
 こちらも瓢箪の酒を飲み、「合格でしたかね?」と返すと。
 「あそこまでやれゆとは思わなかったね。試して悪かったゆ。君は、逸材だ。仮にそうでなくとも、愛があゆ」
 一呼吸。
 「ぽてちの里は、お前を歓迎すゆ。ベニを愛してやってくえ」
 もちろんです。そう伝える。
 「じゃ、ベニもお前も上がって良ゆ。お前らの夜は、ぽてちの夜に比べゆと、流石に短く感じられゆと思ゆから。続きはぽてちがやゆ」
 ためらっていると、「遠慮すゆな」と背中をドンと叩かれた。

 ◆◆

 「おゆはんの時間ゆ! 今日のメニューはなんと――!」
 なんと!
 「揚げポテサラ!」
 ドン! と目の前に置かれたものは、要するにコロッケであった。
 衣をつけ、揚げる工程は私がやったので、既に知っていたのだが。
 「そりゃトヨシロおばばもコロッケって言ゆ。まあでも揚げポテサラは揚げポテサラゆし」
 旨さの前に名前は関係ないのだ!
 「じゃあ食べゆ! いただきます!」
 いただきます。
 城下町で手に入れたというソースを衣に付け、齧る。
 外は見事にサクサク、中はしっとりホクホクで、とても旨い。
 「ダーリンが美味しそうに食べてると、ぽてちも幸せになゆ!」
 ベニの方はと言うと、衣を切り分け、一口サイズにまとめ直してから食べていた。
 「まるまるだと衣を噛み切れなゆ」
 そういう視点もあったか。
 「あっ、そうだゆ。朝の『あーん』。あれ、ぽてちにやってほしゆ」
 言うやいなや、ベニは、こちらへ向け、はしたなく口を開ける。
 揚げポテサラを、ポテサラエルフでも食べやすいように切り分け、スプーンに載せ、ベニの口へ運ぶ。
 ゆっくりと。
 「あむ」
 運び切ると、彼女はスプーンを咥え、塊をもぐもぐと咀嚼した。
 ごっくん。飲み込む音だ。
 「これ、思ったよりドキドキすゆ」
 『あーん』の後、彼女は赤面し、心臓のあたりを撫でる。
 「毎日やるもんじゃなゆけど、たまにはやりたゆね」
 そうだね、可愛かったよ。とからかう。
 「もー」
 彼女はわざわざ椅子から降り、こちらに歩いてから、私をぽかぽかと叩いた。

 食事は、楽しみのうちに終わった。
 その後二人でお風呂に入り、魔法の明かりで本を読み。
 明かりの魔力が消えゆき、寝室。月の光が差し込む頃合いにて。
 朝と同じく、ネグリジェ姿となったベニは、ブランケットの中で、私と密着している。

 これからが、夜だ。

 「やるかゆ? 疲れてないかゆ? ぽてちは毎日オッケーゆ」
 彼女の心配を、キスで黙らせる。
 朝とは違い、熱烈に。
 ポテサラエルフの短い舌を、舌で絡め取り。
 流れるように彼女の背に腕を回し、ネグリジェを――

 ◆◆

 ここまで読んだところで、ベニは本を閉じる。
 題名は、「ポテサラエルフとのあまあまな日々」。
 「おばあちゃん、どうしたの?」
 あれから百年が経った。
 彼は天珠を全うし、私はまだエルフとしては若いけれども、里では世代が二つ流れた。
 その間に里は近代化を遂げ、侵入者をハムにする必要もなくなった。
 結果として王都との関係も良くなり、里は閉鎖的でもなくなった。
 つまるところ、今、読み聞かせをする彼女の前には、クォーターポテサラエルフの孫がいる。
 「これ、大人の本ゆ。あのバカ、そんなトコまで書かなくてもいいのに」
 「知ってる。ここからコウノトリが飛んできて、赤ちゃんを置いていくんでしょ?」
 「どこの知識ゆ、それ」
 二人は、カラカラと談笑する。
 「じゃあさ、おばあちゃん。おじいちゃんのこと、もっと聞かせてよ」
 「良いゆ。耳かっぽじってよく聞ゆ。アイツと始めて会った時はさ……」

 ヒューマン。かの短命な種族は、個人個人の持つ記憶こそ頼りない。
 だからアイツらは、本を書き、他人に覚えさせ、記憶を記録に変えて、その生を後世につなぐ。

 ベニはこう思った。
 アイツらの生き方を、逝き方を。その儚さを。
 アイツらのやり方と、エルフの時間の長さで。

 永遠にしたいな、ってね。

 〈完〉


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