エスケープ・フロム・リリィ・クイーンダム
この小説はファンタシースターオンライン2 ニュージェネシスの二次創作です。(C)SEGA『PHANTASY STAR ONLINE 2』公式サイトhttps://pso2.jp/
ちょい役でバンブーエルフも出てきます。
カチャ、カチャ。
上品なカップが、ソーサーに触れる音。
あるいはケーキを口に運んだフォークが、銀のディスクに置かれる音。
柔らかい光を放つフォトン蛍光電球が、茶会に参加する二人を優しく照らしている。
ショッキングピンクの髪をした、女性らしい体型のほうはカワイイスパイス。赤黒いドレスを身に着け、にこやかに紅茶へ口をつけている。
向かい合い、至福の表情でケーキを咀嚼しているスレンダーな女性は、ピュリファイア。銀色の髪をサイドアップスタイルでまとめている。清楚な白いコートを羽織ったまま、茶会を楽しんでいた。
「……それで」
紅茶を半分ほど残し、スパイスはカップを置く。
「その……“エンジェル”の状況、今の所どうなの?」
ケーキを飲み込み、ピュリが答える。この質問は久しぶりだ。
「私直属が一二人、その下が四十二人。もう一つ下が三桁行かないくらいですわ」
こともなしに答えるが、スパイスは「うへぇ……」と唸り、笑顔を引きつらせ頭を抱える。
無理もない。“エンジェル”とは肉体関係と思慕でまとめ上げられた、総勢千人規模の組織であり……その全てが女性である。
更に言えば、不本意にもスパイスがその頂点に居た。
「スパイスお姉さま、自信を持ってくださいな」
ピュリは、こともなげにケーキをもう一つ取り、自分の皿に乗せる。身長が高いのだ。
「大変なことになってきちゃったなあ……」
元はと言えばスパイスがピュリに知る限りの性技術を叩き込んだのがこの大組織のトップとなった直接の原因なのだが……そのことからは目を逸らしていた。
「……まあ、みんな良い子ですわね。素直で、可愛い。どのみち組織の管理は私がやりますから、心配は無用ですわ」
答えながら、プラリネのまぶされたチョコレートケーキを削り、口に運ぶ。
その所作からは、不安の色の一つも見えない。
「……ありがと」
スパイスは立ち上がり、ベリーソースに彩られたケーキを取る。
そして、皿をテーブルに戻そうとした瞬間、ピュリと目が合う。
早朝の澄んだ湖のように透き通ったピュリの目が、スパイスの心の奥まで見透かす。
……一つ、鼓動が強く打つ。
スパイスは、本能的に目をそらす。というのも、彼女はピュリに対して一つ隠し事をしていたのだ。
「「あの」」
二人の声がかぶる。
手の震えを抑え、皿をテーブルに置いてから、お先にどうぞとスパイスが譲る。
今の一瞬でバレてなければそれで良い、のだが。
では、とピュリが続ける。
「お姉さま、貴女……」
紅茶を一口。
「……貴女、男とヤりましたわね?」
確実に、バレている。
凍りつく室内。息を呑む音が、三つ。
……三つ?
「……まあ、スパイスお姉さまは私達とは違いますから、それ自体は良いんです」
そう、そうなのだ。スパイスは、男性と行為に及んだ。これは咎められることではない。
「でも、今ので読み取った相手は……その……」
ピュリは言いよどむ。
結論を言うと、その躊躇いが致命的であった。
「当身ィ!」
「問答無用ですの!?」
一番知られたくないことを他者にバラされそうになったスパイスは、即座に戦闘モードに移行し、反応の遅れたピュリを気絶させ、得物を持って部屋から脱出する。
一拍。
物陰に隠れていた“エンジェル”、コスモスリリィとユウドウシャは我に返り、オペレータであるセイレーンに通信を送る。
「カワイイスパイスお姉さまが裏切った。捕縛して尋問すべし」
こうして、カワイイスパイスの逃走劇が幕を開ける。
◆◆
地下六階。資材置き場。
スパイスは既にユウドウシャを含めた五人を撃退しているが、追手の数はまるで減らない。
彼女は当初テレポーターを用い、一瞬で地表に出ようと考えていた。
しかし、恐ろしいことに“エンジェル”の領域は戦闘員だけでなく、彼らに指示を出すオペレータにも広がっていたらしい。
つまり、テレポーターは封鎖されているため、各階の階段を登っていくしか無いのだ。
カメラを戻そう。
「せェ……のッ!」
センプウキがダッシュ慣性を乗せたソード斬撃で奇襲をかけ、スパイスは全力逃走しながらのサイドステップで辛うじてかわす。
斬撃が通り過ぎた後には衝撃波が発生し、壁に大きな傷を残す。
「こっちに避けることは分かってたぜェッ!」
避けた先ではヨウトウがカタナを構えて並走している。
「わっちのマーベラスコンビネーションを食らってそのまま戦意喪失よォーッ!」
縦斬り、横切り。縦、横、突き、袈裟、横、逆袈裟、縦。
狂ったような連撃のうちいくつかが護りを抜け、衣服を削っていく。
「おらァ! エンジェルの人海戦術に叶わぬことを悟って神妙にお縄に付けェ!」
ヨウトウの目が光り、逆袈裟に強力なトドメを見舞う。
しかしスパイスはそれを待っていた。
「なッ……!」
自らに向かってくる刃に勢いが乗る直前、腕めがけてナックルの一撃。
その結果としてカタナがすっぽぬけ、別ルートから迫っていたセンプウキに切っ先が向かう!
「うえっ!?」
センプウキは咄嗟にソードを構えてガードするが、刀身の半ばまでカタナが貫通。ぷすん、という音とともに両武器はフォトン循環機能を停止する。
「ふええ……」
センプウキとヨウトウは戦意喪失。スパイスは念の為彼女たちを気絶させ、走り去る。
◆◆
地下五階(兵器庫だ。味方同士の争いでここを戦場にしても大事故が起こるだけで誰も得しない)を飛び越し、地下四階、実験室。
斥候であるフィストストーム、パッションフレア、セイシンを殴り飛ばしたとの報告を受け、バリケードに緊張が走る。
構成員は前衛のインクリース(ファイター)、レーヨンマスター(ハンター)、ダンシングバレット(ガンナー)と、後衛のヒールランナー(テクター)、ナッシング(テクター)、ライトニングアクセル(フォース)だ。
「みんな、良い? ここを突破されたら地下一階に居るピュリお姉さま直属チームまで一直線。だからわたしたちががんばるの!」
ヒールランナーはムードメーカーであり、後衛なので現場指揮を任されている。
「でも大丈夫かなあ。ピュリお姉さまだって一瞬でトバされたって聞くよ?」
ナッシングが不安を募らせる。彼女は既に部下をやられているのだ。
「アタシらがやらなかったら誰がやるのって話。アタシは覚悟を決めたぜ」
とフラクタルの意匠に包まれたインクリース。彼女の衣服は、それだけで過度な情報量を相手に押し付ける。
「そうだね。まあ、ボクはボクのできることをやるだけだよ」
金髪にメガネのライトニングアクセルは、ため息を付きながら持ち場に付く。
「レーヨン、前衛。ライトニング守る」
「ダンシングバレットに惚れても知らないぞっ!」
総員、準備完了。
そして、奴が来る。
ところどころ破れたドレスと濃密な殺気に包まれたカワイイスパイスが、桜之宮なこを引き連れてやってくる。
「……待った、セイレーンお姉さま。二人居るぞ」
インクリースがオペレータに問うが。
「いやぁ……なんというか、スパイスさんが困ってそうだったんで、事情はよくわかってないですけどお助けしようかなって……」
桜色の髪をしたキャスト、桜之宮なこが、オペレータの代わりにおずおずと答える。
「……そうか」
彼女はククッと笑う。
「なら遠慮は要らねえなァ!」
鬨の声とともに、三人の前衛が一行に飛びかかる!
「待って、話し合いとか……あーもう! なんとでもなれ!」
なこはパルチザンを手に持ち、迎撃する……!
まず弾をばらまきながら目の前に躍り出たのはダンシングバレット。
カラフルで、蝶のようなウェアがいやでも視線を引きつける。
「ふふっ、ずっと見てても良いのよ? でーもー」
「レーヨン、死角から殴る」
ワイヤードランスの一撃が、なこに突き刺さる。
「あぐゥ!」
苦し紛れにパルチザンを回転させ反撃するが、スピードが乗らずかわされる。
「二人でこの子を引きつけて、こっちは四人でスパイスお姉さまをやる!」
ヒールランナーが前衛にシフタ・デバンドで支援しながら、指示を出す。
一方のスパイスは、インクリースと組み合っている。
「オラオラァ! 流石に四人がかりだと楽勝かァ!?」
インクリースの背後からはナッシングによるバータ、ライトニングアクセルによるゾンデが次々と飛来し、スパイスに突き刺さっている。
「このまま組み合っててもスパイスお姉さまが削れていくだけだぜ? 味方の「なこ」とやらも劣勢のようだしなあ」
耳元に口を近づけ、煽る。
「片付いたらなこちゃんもアタシの配下に加えてやってもいいぜ? スパイスお姉さまと一緒にアタシを『インクリースお姉さま』って呼ばせるんだ」
挑発しながらニヤニヤと笑う。
しかし。
「うおッ……!」
スパイスは急に力を抜き倒れ込む。結果として、インクリースはその上に覆いかぶさる形となった。
「なんだァ? チャンスか!」
彼女はナックルを構え、マウントパンチで削り殺さんとする!
だが、これはスパイスの計算のうち!
「まずい! インクリースさん! 避けて!」
ヒールランナーが呼びかけるも、間に合わない!
ZGOOOOM!
ライトニングアクセルによるゾンデクラッド込み最大威力雷テクニックが、インクリースに突き刺さる!
「あばばばばばばーっ!?」
……インクリース、戦意喪失。
スパイスは黒焦げになった彼女を持ち上げ、進軍する。
「ひっ!?」
ナッシングとライトニングアクセルは悲鳴を上げ、地面に座り込む。
おお、もう彼女らが妨害を加えることはない。
肉の盾だ。
そのまま後衛陣地までたどり着いたスパイスは、
「えぐっ」「きゅうう……」「へもげっ」
後衛を丹念に一人ずつ戦意喪失させ、なこの救援に向かう。
「ぐっ……まだまだっ!」
そのなこは一方的に攻撃を加えられ、満身創痍の状態であった。
ダンシングバレットはとにかく回避が上手い。かと言ってレーヨンマスターに注意を向けると、いやらしい削り地獄が待っている。
恐ろしいまでの遅滞戦術だ。スパイスを多勢で倒し、その後に確実に仕留めるという戦術だろう。
だが、なこはスパイスを信じていた。
「レーヨン、そろそろトドメさす」
「やっちゃえ!」
致命の一撃。当たれば即戦意喪失するような、恐ろしい一撃だ。
「……む」
ワイヤードランスを持つ手は、スパイスによって押さえられている。
レーヨンマスターが後衛を見ると、全員が気絶していた。
「スパイスお姉さま……」
「レーヨンちゃん……」
スパイスは、青筋を浮かべたアルカイックな笑みでレーヨンを見つめる。
「待って、お姉さま。折れる、折れる」
見つめながら、関節を極める。
「インクリースちゃんに台本仕込んだのだぁれ? あれは流石にお姉さん怒っちゃうな」
「ひえっ……」
そのさまを見て、寧ろ怖気づいたはダンシングバレットだ。
「あ、わわっ、わたしです! そうしたほうが効果的だと思って!」
「そう……」
錆びついた銅像めいて、スパイスが顔を向ける。
「……ごめんなさい」
「うん、分かればいいの」
レーヨンを戦意喪失させたスパイスは、そのまま両手でダンシングバレットの頭を覆う。
「ん……」
ダンシングバレットはスパイスに優しく抱きしめられようとして……
「えいっ!」
ゴキャッ。人の首関節が出す音のうち、最も凶悪なものを立てながら、彼女はくずおれた。
◆◆
地下三階でオペレータのセイレーンを倒し、地下二階を特に妨害なく通過。
地下一階、待機エリア。
エンジェルの起こした騒ぎに全く興味のない助手キャストのユアンスウ、半身サイバネの九十九堂、バンブーエルフのツーズー、ポテサラエルフのララモイは、次の出撃まで手持ち無沙汰だったので、雀卓を広げて麻雀を打っていた。
持ち点としては、ララモイがトップ目で38400。次点で九十九堂が30200。ユアンスウの23700と続き、ドベがツーズーの7700だ。
ララモイはシンプルに強い。現にこれまでの三局で二回も満貫を引き当て、ツーズーに直撃させている。九十九堂は素早く上がってくる。今回は比較的運が無い方だが、それでも一回はアガっている。ユアンスウは明確に守りの雀士だ。ツモを除けば、滅多に被弾することはない。
問題はツーズーだ。彼女の博打は本当の博打だ。今回も九つの牌から国士無双を目指し、既にダマテン状態だ。
上がれれば役満。オーラスなので確実にトップ目で終わる。上がれなければ……恐らくララモイに狩られ、トぶだろう。
悟られないように呼吸を整え、ユアンスウの捨て牌を見る。
……この牌ではない。
流石にユアンスウは簡単には引っかかってくれないか。
次にララモイが牌を引き、ニヤリと笑う。
「ふっふっふ。ぽてちはもうテンパイゆ」
七巡目でそう宣言し、リーチ。
だが、おお、見よ! その捨て牌はツーズーの上がり牌!
「それ、ロ――」
「ぎゃあーッ!?」
突如巻き起こる悲鳴。
盛大に入り口へ向けて錐揉み回転でふっとばされるアークスの体。
遅れて吹きすさぶ、突風。
……その余波で倒れる、ユアンスウの牌。
「おや」
ユアンスウは、意外そうに手元を見つめる。
「チョンボですね」「チョンボゆねえ」「やっちまったな、ユアンスウ」
ツーズーの言葉は戦闘音にかき消され、気づかない三人は処理をすすめる。
雀卓の後ろを、スパイスとなこが駆け抜けていく。
「あいつら……」
ツーズーは久しぶりにブチ切れていた。役満妨害、許すまじ。
「ゆ?」
「ちょっと十秒くらい席外すわ」
席を立ち、手には竹槍。投擲用にカスタマイズされているそれを、陸上選手めいて構える。
鬱憤を晴らすかのように、鋭く、激しく。
「イヤーッ!」
バンブーエルフの膂力が乗った兵器が、スパイスに向けて一直線に放たれる!
殺気に初めて気づいたのは追手でありピュリファイア直属のユズ!
「えっ……?」
意識外の方向から飛んできた槍を、本能的に得物のカタナで受け流さんとするが、
バキイッ!
超高速弾道ミサイルと化した強化竹槍は鋼の硬度など意に介さずへし折り、彼女の髪束に大穴を開けて突き進む!
「な、なんなの今の……?」戦意喪失!
その先にはスパイス! いくら彼女といえど、この槍が直撃すればひとたまりもない!
「っ、スパイスさん!」
機械の肉体を持つなこが咄嗟にカバーリング、クロス腕で受ける!
おお、だが、なんということだ! 彼女の腕はバラバラに四散し、それでも勢いを殺せず胸部を貫通、そのままボディごと壁に衝突せしめたのだ!
「なこさんーッ!?」
スパイスはぐったりと壁をずり落ちるなこに駆け寄る。
しかし。
「スパイスさん……やることが……あるのでしょう……?」
なこは電解液を吐きながら、先へ行くように促す。
「でも!」
「私は無事だから……行って……!」
「……」
沈黙、そして。
「わかった。これまで、ありがとう……!」
走り去るスパイスを見送って、なこは再起動シーケンスに入る。
そして、こう思ったのだった。
――そういえば、スパイスさんはなんで逃げてたんだろう……?
……セントラルシティ地上にカメラは移る。
ボロボロのドレスを身にまとったスパイスが、陽の光を浴びる。
逆光、人の影。
目が慣れると、そこには愛しい「黑入鹿いおど」と、できれば出会いたくなかった「らん」。
どちらも、男の娘だ。
「止まって」
らんが静止を促す。
スパイスは、止まらない。
「ししょう……」
いおどは、しょんぼりと呼びかける。
「……いおどくんを連れて行く気なら、ぼくを負かしてからだよ」
らんによる、最後の宣戦布告。
――受けて立ってやろうじゃない!
宣言。ナックルを構え、殴り掛かる。
……はずだった。
「ぐっ」
見えなかった。
色付きの風と化したらんはスパイスの反応を大幅に超えたスピードで接近。後頭部に一撃を入れた。
たった一撃で、終わった。
◆◆
「まあなんつーか……。愛とかプライドとかって怖いよな」
救護室。スキップ博士は開口一番そう漏らした。
結果として、スパイスがいおどと行為に及んだことは、らんとチームには知られることとなったが、ピュリファイアの手で“エンジェル”には箝口令が敷かれることとなったようだ。
他者のプライベートに踏み入って碌なことはない、という附帯も込みである。
「沙汰は戒告と減給。“エンジェル”の統率は行き届いていてな。バリケード以外には物資的な損害はなかったぜ」
「……そう」
「まあ、趨勢が落ち着いてからの君の行動は良かったと思うがな。目覚めて即座に各方面に詫びの通信入れるのは重要だったろ」
それに、と付け加える。
「いおどくんだって、まだ慕ってくれるんだろう?」
「……そうね」
ベッド脇に座るいおどは、眠りながらもスパイスの左手をずっと握りしめている。
「神すら信じない私が言うのもアレだが……」
言葉を続けようとし、ため息。
「あれよ。もっと身内のやることは信じてやってもいいと思うぜ」
「……うん」
「じゃあ伝えることは伝えた。なこはまだ怒ってたからケーキでもおごってやんな」
彼女はそう言い残し、退出した。
ふぅ……と息をつく。
サラサラとしたいおどの髪をなで、思う。
「もっと強くなんなきゃなあ……」
今のスパイスには、らんやツーズーのような圧倒的な個の強さも、ピュリのような大軍を率いるカリスマも、なこのような覚悟もない。
拠って立つ場所のない者の暴走が、今回の事件であった。
「むにゃ……?」
そうしていると、いおどが目を覚ます。
「師匠……」
寝ぼけ眼で、それでも伝えようとする。
「なにがあっても、師匠のことは大好きだから……!」
「……ふふ」
わしゃわしゃと、いおどの頭をさする。
照れ隠しだ。
今回の事件を経て、思ったより何も変わらなかった。
というよりも。
この程度のことでは変わらない「何か」を、私は大事にしていくべきなのかもしれない。
〈完〉
編集後記:https://liruk.livedoor.blog/archives/10853439.html
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