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メディアにおけるAI活用の歴史から見る、生成AIの特徴

メディア業界では、ChatGPT登場以降の生成AIトレンド以前にも、AIを活用しようと試みる波が複数ありました。本記事では、各ウェーブにおける大手メディア企業の取り組みを概観し、昨今の生成AIの特徴とそこから得られる示唆について解説します。

本記事で取り上げるAI活用の波

  1. 決算やスポーツ速報など、定型記事生成の自動化

  2. トレンド検出や異常値検知など、企画出しの支援

  3. SlackやFB Messengerなど、チャットボットによる配信の効率化

事例から浮き出る生成AIの特徴

過去のAI活用の波は個社に閉じていたのに対し、生成AIはオープンな思想がベースになっている。

過去のAIトレンドでは、The Washington Postの「Heliograf」やReutersの「Lynx Insights」などAIツールは内製するのが主流でした。そのため、一定以上の規模と開発リソースを持つメディアに取り組みが限定されていました。また、Slack BotやMessenger Botでは自社記事のみ配信するなど、各社が独自にAI活用を模索していました。
一方、生成AIは基本的にオープンソースです。ChatGPTなど、各社が出すAPIを使用すれば簡単にAIツールを開発できるため、スタートアップ業界を中心に様々なAIサービスが登場しています。そのため、メディアも、企業規模に関係なくあらゆる工程でAIを活用することができます。チャットボットは、読者の趣味嗜好に合わせて、様々なメディアを横断してパーソナライズ配信します。

以前は限られたタスクにのみAIを活用していたのに対し、生成AIは対応可能なタスクのカバレッジが広く、品質もより高い。

過去のAIトレンドでは、「企画」「制作」「配信」の各工程で幅広くAI活用が模索されていましたが、利用用途は限定的でした。AP通信は2014年時点で記事の自動制作を実現していますが、決算記事やスポーツ記事など、テンプレートが定まっている記事の生成に限られていました。また、記事配信に活用されたチャットボットとの会話もコマンド形式だったため、UX観点では柔軟性にかけていました。
一方、生成AIは「企画」「制作」「配信」の各工程でより幅広い利用用途があります。「制作」工程では不定型記事も出力できますし、SEOや多言語翻訳にも自動対応します。チャットボットとも自然言語で会話でき、より使い勝手が良いUXと言えるでしょう。さらに、広告配信のパーソナライゼーションなど、「マネタイズ」工程にも活用することができます。

生成AI活用における示唆

企業サイズ関係なく、全てのメディア企業にAI戦略が必須

前述の通り生成AIは基本的にオープンソースなので、競争原理が強く働き、低価格で高品質なサービスが次々と生まれます。その結果、あらゆるメディアがAIを活用することが当たり前になるため、競争に生き残るためにはワークフローにAIを取り入れるAI戦略が必須になります。

AIを使用するメディアが乱立しリテラシーにばらつきが生じるため、AI活用のポリシー定めるべき

AIを活用して記事作成が容易になると、世の中全体で虚偽や偏見が含まれる低品質なコンテンツの数も増えます。読者から信頼を獲得するには、「人間による校正を必須とする」「著作権を侵害していない画像生成AIのみ使う」といった、AI活用のポリシーを定め社内外へ発信することが重要です。

イノベーションが速く、AI戦略やポリシーを更新し続けることが重要

日々新しい技術やサービスが生まれるため、常に最新情報にキャッチアップし、自社のAI戦略やポリシーが現状に合っているかチェックすることが重要になります。


ここから、過去にメディア業界で起こったAI活用の波を概観していきます。

1. 定型記事生成の自動化

2010年代半ば頃、決算発表やスポーツ試合の結果、経済指標など、フォーマットが型化されている記事を各社が独自AIツールで自動生成する取り組みが行われました。ここでは、AP通信とThe Washington Postの事例を紹介します。

AP通信

Image: AP通信

AP通信は、ニューヨークに本部を置き、世界100カ国以上に支局を有する1846年創業の非営利通信社です。政治、ビジネス、エンターテイメント、スポーツ、科学技術など、多くの分野でニュースを配信しています。

同社は、2014年に自然言語生成のスタートアップであるAutomated Insights社と提携しました。スポーツ記事の自動生成から始め、企業の決算報告にも取り組みを拡大しています。
AP通信は通常、四半期毎に約300本の記事を作成していました。2014年7月にAutomated Insights社のWordsmithを導入し、四半期毎に3000本以上の記事を生成することに成功しています。当初は、自動生成された記事でも編集者が掲載前にチェックしていましたが、最終的に完全に自動化されました。

image: AP通信

本数が増加しただけでなく、会社概要や統計数値、専門家のコメントを掲載した記事に関しては、エラー率も大幅に減少しました。Wordsmithの導入により、決算報告に費やす記者の時間の20%が削減され、取材やより詳細な調査に時間を費やすことができるようになりました。同社では、記事作成工程にAIを多用するようになってから、「Automation Editor」や「Computational Journalist」といった役割が生まれたと言います。同社が公開している想定ワークフローにも、AIが記者や編集者のアシスタントとして登場しています。

Image: AP通信

The Washington Post

Image: The Washington Post

The Washington Postは、自社開発したAI「Heliograf」を様々な報道で活用しています。Heliografは2016年のリオオリンピックで初めて導入され、試合結果を速報する記者に利用されました。その後まもなく、アメリカの下院、上院、大統領選の地域毎の結果速報にも活用され、500本以上の記事を自動生成し、合計で50万回以上クリックされました。Heliogaf導入前の2012年の選挙時、結果速報から得られたクリック数が2016年時の15%程度であったことを踏まえると、大きな成果を生み出していることがわかります。なお、選挙結果が予測外の方向に傾き始めると、Heliografは編集室に自動で通知を飛ばすようになっています。そのため、記者はより興味深い結果のみに注力して取材することもできました。

image: The Washington Post

2017年には、ワシントンD.C.エリアの高校サッカーの試合速報にも活用されました。各記事には、ゴールシーンの説明、選手個々人の統計データ、四半期毎のスコアが含まれます。高校サッカー部のコーチから提出された統計データをインプットに毎週自動的に更新され、同社の高校スポーツ用Twitterアカウントで自動的にシェアされます。

試合速報だけでなく、各選手やチームに関する記事もHeliografで自動生成しされています。2018年には、サッカーだけでなくテニスなど更に多くのスポーツがカバーされました。これは、各地域に固有の情報を報道するハイパーローカルジャーナリズムへのアプローチを示している事例です。AIを活用することで、「読者は少ないが確実に必要とされている」社会的に重要な情報も報道することができるようになりました。

2. 企画出しの支援

2010年代後半になると、大量のテキスト、ビデオ、画像など大量のデータを分析することでトレンドや異常値を検知し、記者に記事内容を提案するAIが登場します。ここでは、ReutersとForbesの事例を取り上げます。

Reuters

Image: Reuters

Reutersは、2018年に発表したLynx Insightsという内製AIツールを発表しました。Lynx Insightsは、同社ジャーナリストの経験を組み込んだアルゴリズムとReutersが蓄積してきた膨大なデータをベースに構築されており、トレンドや異常値を検出して記者に記事のネタを提供しています。
同ツールの活用は金融セクターからスタートしましたが、スポーツにも拡張でき、試合のプレビューや結果、ランキングの作成など、データに基づいた記事作成にも応用できるそうです。また、個々のユーザーに合わせたマーケットレポートの作成など、パーソナライズコンテンツの作成にも利用することができると言います。最終的には、ジャーナリストが文章を入力すると、それを裏付けるファクトや関連する背景情報を表示することを目指しているそうです。

Ed Boyling of Thomson Reuters demonstrating LYNX Insights

同社は、Lynx Insightsを導入した目的を「機械が得意な事と人間が得意な事(重要性の判断、文脈の理解など)を分けること」としています。その意味で、Lynx Insightsを使った記事の自動制作ではなく、あくまで人間とAIのコラボレーションを基本とする「サイバネティックス・ニュースルーム」の構築を目指しているといいます。

Forbes

Image: Forbes

2018年、Forbesはホームページの刷新と合わせ、AIを搭載したコンテンツマネジメントシステム(CMS)である「Bertie」を発表しました。Bertieは、トレンドになっている話題の提供や、より魅力的な見出しの提案、記事の内容に関連する画像の提示を行います。社内の記者だけでなく、記事を寄稿するゲストライターやスポンサーコンテンツの執筆パートナーも利用することができるそうです。
Bertieも、Lynx Insightsと同じく、記事の自動生成を目指しているツールではありません。2019年時点のCDOザラティモ氏によると、「Bertieは記者の創造力を刺激するように設計されたアイデアスターターのようなもの。これは、人工知能の機能的な限界という意味もありますが、ライターが記事を自分のものにしたいという理由もある」とのことです。

Bertie Hashtag Suggestions

Bertieの導入以降トラフィックも増加し、2018 年 11 月には 12 か月ぶりに過去最高となる月間ユニークビジター数 6,500 万を記録しました。

3. チャットボットによる配信の効率化

2010年代後半、スマートフォンの利用時間シェアにおけるチャットサービスの割合が増えてくると、メディアはチャットを記事の配信先として捉えるようになりました。ここでは、Harvard Business ReviewとNew York Timesを事例として取り上げます。

Harvard Business Review

Image: Harvard Business Review

Harvard Business Reviewは、2016年にSlackでチャットボットを公開しました。ケーススタディからチームビルディングのノウハウまで、様々なトピックに関する 200本以上の記事を自動的に配信していました。読者は記事を一方的に受け取るだけでなく、「Case」などの簡単なコマンドを入力して関連するケーススタディを取得したり、「Link」と入力して記事全体へのリンクを取得することができます。機能は限定的で、LLMをベースとした対話型AIと比べると柔軟性も低かったと言えますが、「できるだけ実際の人間が応対していると感じられるUXを目指していた」とHBRのシニアエディターであるHoch氏は述べています。2017年9月時点で、HBRのSlackボットを登録しているユーザーは1万人を超えました

FIPP

なお、Slackボットの成功を受けて、HBRはより一般ユーザーが多いFacebook Messengerでも同様のボットを開発、リリースしています。

The New York Times

Image: The New York Times

The New York Timesも、2016年にSlackとFacebook Messengerでチャットボットによるニュース配信に取り組んでいたメディアの一つです。最初に立ち上げたのは「NYT Election Bot」というSlackで動作するボットで、ニューヨークタイムズから2016年の選挙に関するライブ結果や最新情報を受け取ることができました。「/asknytelection」というコマンドを使えば、ニュースルームに質問を提出することもできました。同チャットボットはあくまでテスト段階という位置づけですが、コンテンツ配信やアップデートはほぼ自動化されていたそうです。
NYT Election Botはまもなく閉鎖されましたが、すぐ後に「NYT Politics Bot for Messenger」というFacebook Messengerで動作するボットがリリースされます。このチャットボットでは、毎日更新される情報を受け取れるだけでなく、「クイックリプライ」ボタンをクリックすることで「予報」や「投票」など、より詳細な情報も尋ねることができました。また、「ヒラリー・クリントンは勝つか」「私はテキサスに住んでいる」など自然言語による会話にも対応していました。

image: TechCrunch

このように、「NYT Politics Bot for Messenger」はSlack Botと比べ、ニュース配信にAIによる自動化と人間の両方の要素を組み合わせていることがユニークでした。

Liquid Studioについて

Liquid Studioは、Media&Entertainment業界に特化したコンサルティングスタジオです。Generative AIなど、最先端デジタルテクノロジーに関するリサーチや計画立案、実行支援に強みを持ちます。メンバーには、ビジネスコンサルタントだけでなくAIエンジニアも在籍しており、ビジネスとテクノロジーの両面からお客様のビジネス変革をサポート致します。
HP: https://www.liquidstudio.biz/
公式Twitter: https://twitter.com/_liquidstudio_

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