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『やさしい猫』は、”やさしい”猫ではない!?★LIPカルチャー部

こんにちは!

認定NPO法人  Living in Peace (以下、LIP)難民プロジェクトです。

LIPカルチャー部より今回は、読売新聞連載から単行本化された『やさしい猫』(中島京子著|中央公論新社, 2021)について紹介します。

シングルマザーの保育士ミユキさんが心ひかれたのは、八歳年下の自動車整備士クマさん。娘のマヤも面倒見のいいクマさんに懐いて、すったもんだはありつつも、穏やかな日々が続くはずだったのに……。
---Amazonの紹介文より

クマさんと同じスリランカ出身のウィシュマ・サンダマリさんが入管収容中に亡くなった事件で、この本を知った方もいらっしゃるのではないでしょうか。

入国管理局とは? 難民とは? などについて大枠がつかみやすく、また、読みながらもっと知りたくなる小説でしたので、ぜひ手に取っていただければと思います。

日本で暮らす外国人・難民等について知りたい方に入門編としてもおすすめ

この物語に登場するクマさんは、いわゆる就労ビザで働いており、勤め先の倒産などが重なり、不法就労不法残留となってしまうスリランカ出身の青年です。その青年を大切に思うミユキさんと娘のマヤちゃんは、周囲の協力を得て「日本で家族一緒に暮らしたい」という願いを叶えるために闘います。また、その過程でマヤちゃんが出会う【クルド人の両親をもつ男の子】を通じ、難民や日本の難民認定についても描かれています。

前半では、ミユキさんとクマさんの出会いや、マヤちゃんを含め家族になっていく様子が丁寧に描かれ、後半のオーバーステイ、入管収容のエピソードに読者を引き込みます。物語は、高校生になったマヤちゃんの語りで描かれ、加えて、彼女自身が日本で暮らす外国人について様々なことを学んでいく様子から、前提知識のない方にもわかりやすい作品となっています。

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また、一見、オーバーステイとなったクマさんとその家族の奮闘物語のように思われるストーリーですが、入国管理局の仕事の裁量や体制などについても、弁護士のハムスター先生や元職員の上原さんから言葉少なに語られます。この本を通じ、ぜひ、複数の視点から問題について考えていただければと思います。

「知らない」恐ろしさ

この本を通じ一貫して感じられるのは、「知らない」ということの恐ろしさではないでしょうか。

ひとつは、知らないこと(情報や知識の格差)によって、暮らしていくことが不便に、不利になってしまうということ。もうひとつは、日本人でありながら日本で暮らす外国人についての知識をほとんど持たないことです。

物語の終盤、クマさんが、失職後の届出や特定活動ビザへの切替、資格外活動許可の申請、出頭申告等々について「なぜしなかったのか」を問い詰められる場面があります。そして、クマさんは、ビザや就職のことを相談できる人がいなかった、入管や在留資格について知らない日本人のミユキさんに説明するのは困難だったと述べます。

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ほかにも、この物語には、ミユキさんが非正規雇用だから国民健康保険しか加入できないと思っていたり、会社都合なのに【一身上の都合】の退職届にクマさんがサインさせられたりと、「知っていれば何とかなったのに!」と叫びたくなるシーンがちりばめられています。

筆者自身はLIP等の活動を通し、情報を知っており、また、情報にアクセスができます。しかし、きっと「たまたまそれにひっかかった、素人」(中島京子『やさしい猫』(中央公論新社, 2021)上原さんのセリフより)であれば、知らないことでどんどん不利なほうに転がってしまっても仕方がないのかもしれないとぞっとさせられました。

そして、ミユキさんが「もっともっとクマさんのことを知っておくべきだった」と吐露するように、在留資格や入国管理局という言葉と、日ごろ見かけたり接したりする外国人との関わりなどについて、考えたことや調べたことがある方は、どの程度いらっしゃるでしょうか。筆者は、自身が海外に留学したことがあるにも関わらず、LIP等で外国籍の方とその就労に関わるまで、日本の在留資格はおろか「入国管理局」という言葉さえよく知りませんでした。

自国のことにも関わらず、何が起きているか、どういうルールなのかについて知らない---そのことと、そういう人が少なくないことが、とても怖くなります。

誰の中にでもあるかもしれない「偏見」

『やさしい猫』を読み、筆者が最も印象に残ったのは、次の場面でした。

クマさんが、外国人だからと、いろんな人に結婚を反対されたり、心配されたりするミユキさんですが、それに対し、偏見を持っていたのは自分もかもしれないと泣く場面です。

「どっかでさ、クマさんはすごいからいいんだ、特別なんだ、ほかの人とは違うみたいに、思っていたとこもあるの」
-中略-
「スーパーマンじゃないんだからさ、仕事がなくなることだってあるよね。-中略-でもさ、どうしてそれ、言ってくれなかったのかって考えたらね、言えなくしてたの、わたしなんじゃないかって、特別じゃなきゃダメ、仕事のない人なんかダメって思わせてたのかなって」
---中島京子『やさしい猫』(中央公論新社, 2021)

日々の暮らしの中で、自分の行動を振り返ってそれが知らないうちに差別につながっていることはないだろうか・・・。他人の偏見に紛れて、自分の偏見で誰かを傷つけていないだろうか・・・。

このミユキさんの告白には筆者自身がハッとさせられるものがありました。

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『やさしい猫』を”やさしい”で終わらせない

タイトルの『やさしい猫』は、スリランカ出身のクマさん(クマラさん)が話してくれる民話のタイトルです。それは、親ネズミを猫に食べられてしまった子ネズミたちが、猫に泣いて訴えると、猫が後悔して自分の子どもたちと一緒に、子ネズミたちを育ててくれるというお話でした。

それについてマヤちゃんの親友で、頭のいいナオキくんは、この話はマジョリティとマイノリティの話なのではないのか?と、マヤちゃんに問いかけるのです。子ネズミの訴えを聞いた猫は「猫だからネズミを食べるのは仕方がない」という固定概念を破り、「今まで悪かった」と考え直すという解釈です。

その解説に対し、マヤちゃんは次のように言います。

「だけど、そしたら、その猫は、やさしい猫じゃないよ。やさしいとかじゃない。まともな猫とか、改心した猫とかだよ」
---中島京子『やさしい猫』(中央公論新社, 2021)

”生存するためにネズミを食べる”という生物界の話はさておき、猫とネズミを比喩ととらえたとき、確かにやさしい猫の行為は、このお話に出てくるたった一匹の例外的な「やさしい」猫で終わらせてはいけないのだと、考えさせられる場面です。

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マジョリティの特権を当たり前と考えず、それに気づいて、立場の違う人に思いを馳せること。他者との共存について、一人ひとりができることを考え動くこと。

これらは、「思いやり」や「やさしさ」などではなく、私たちがさまざまな人たちと共に生きていくために「当たり前のこと」なのではないでしょうか。『やさしい猫』は、そう考えさせられる一冊でした。

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最後までお読みいただきありがとうございました。

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執筆:宮本麻由(Living in Peace)

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