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夜の森は闇よりももっと深くたどり着いてかすめるのは魚。

夜の公園で私は暗闇に足を取られた。満ち潮のように眼の中に群青色を取り込み眼球の奥は冷たい火花が飛んだ。夏の夜。

今、この足を踏み入れたところから世界がひっくり返ったんだ。そう思った。私は近日にいろいろな感情と相撲を取って、自分の中の長テーブルに大層な燭台が並んでたくさんの人たちが会議をしていたのだ。それは夜を歩くことによって行われる。疲労感に夢遊に近いものを感じて見えないものたちに挨拶をして進むことにした。

セミが外灯に当たってマッチを何本も同時に擦ったような鳴き声を出す。ここはきっと入ってはいけない闇の層だと思った。しかし足を踏み入れてしまったので仕方がない。もう戻れないのだ。群青色の中からまた深い色の青い黒が滲んでくる。

この夏の終わりに、私は一つ隠しものをする場所を探していた。ひっそりと眠っている誰かの気配が樹の中にこだまする。人の気配がする樹のうろの存在の底に隠しておこうと思った。ぬるく重たい空気がゆっくりと動く夏の夜の風は熱く熱されたガラスのように湾曲を感じる。不意に指が引っかかった気がした。あの逆さまのような樹の細いかぎ針に似た枝に、空に一番近いそこに私は秘密の言葉を置いてきてしまった。その時から私は私を忘れてしまったのだ。不思議なことに見つけたうろはもう無かったかのように。そこにコブだけしか見つからない。

エンデのモモ。マイスターホラの部屋に向かう時の彼女のように体を反転して逆歩きをすることが理想なのだ。概念が反転して急に未来に明るみを帯びることを少しだけ知っている。夜明けはやがてのこの取り残された影を、包む白い光のことを憧れる。

シロップのような動かない水面にぼちゃんと無骨な音を立てる魚は人の肌のように桃色に思えた。

あの言葉は、なんだっただろう。思いついた最良の最愛の言葉は、擦ったマッチのように頭が焦げてしまって見えない。確か、誰かの名前だった気がするのだけれど。

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