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かたはね Ⅶ

逢うもの

彼は いや彼女は年頃15歳ほどであり水晶のような立ち姿で局所的に降る雨を従えて私の目に映っていた。
本当のことを言うと人物であるかもわからなかった。ただ懐かしい気持ちを覚えたのととても愛らしいことだけを思った。

彼は何も言わない。ゆるい逆光の中で私を見ていることだけだった。
私、彼女は何も話さない。しかし向かう目的地はお互い一緒なのだということはわかっていた。

透けるような存在であった彼は霊的であり時たま油膜のように七色に光った。

視線をそらすと消えてしまいそうだった。そこに私は昨日埋めたのは彼女との思い出だったのではないかと思った。彼女を取り巻く局所的な雨は虹色に光りある一定の量降るとそれは糸となって一人でに織物を始めた。彼女は雲と晴れ間の間に世界を揺るがすような微笑みを浮かべた気がした。顔は見えなかった。逆光のため光を含んだ影しか見えなかった。

私たちは目的地に向かうことに何ら違和感はなかった。彼女の存在は新しく私の手記に足されるものだった。私は一人でこの晴れ間に公園へ向かって疑似体験を行うことにした。彼はしゃべらない。ぼやけた輪郭を持ち光か影かわからないまま宝石のような声で喋るのだったが何を言っているのかはわからなかった。その言語は言葉ではなく意識に直結するものだった。



公園へ着くとドクダミの花で多い尽くされた蝶の食草の生垣があった。私はそこに立ち、一瞬一瞬を細かに思い出し、死んだばかりのカーボンのような蝶の匂いを思い出し、土の匂いを感じそして横に立ちすくむ彼、または彼女の光を感じた。そこでも私は一人であり彼女と一緒にいた。いや、彼かもしれない。彼は何も言わない。

「昨日、」

私は口を切った

「昨日私はここに死んだ蝶を埋めました。とても可愛らしかった。そしてそれを確かめに来たのです。」

私はここに輪郭を落としてしまったのだと覚悟した。限りなく彼は平面に近く、とらえどころのないその存在は私に事件の現場をまざまざと見せる時間を作った。ドクダミの花が邪魔して蝶を埋めた場所を正確には認識できなかったし掘り起こすこともできなかった。

正午に近い頃だ。遠くで気砲が鳴る音がした気がした。彼女はまだそこにいた。彼女の姿は限りなく光に近かった。そして言語は光の粒が電気信号のように入れ替わり何か演算をしてそこに模様を作っているかのように見えた。そして時々すごく大人に見えてそしてすごく子供にも見えた気がした。

時が経つにつれて彼の言語がわかり始めた。

「レ。レ。リリラ。。私たち ここから 脱出しなけりゃならない レ」

そう言った気がした。それは知らない発音とともに脳に入ってきた。

そうだ。この輪郭のぼやける過去から出なければならない。私は手記に彼女の様子と言葉をとっさに書き写そうとしたがもうすでに書いてあった。

光の中の影の彼女は、ある言語により溶けているかのように現象となっていた。蛹の中で一度スープになるように彼女は溶けていた。いや、彼かもしれない。そして私も手記の通りその場に立ちすくんで行き交う人々をよそにその公園の一角で夕日を待っているのだった。

血管という血管が疼いた。彼女は溶けては設計図を与えられているかのように光と影が混ざって脈打つ。

私は自分が倒れているのか立っているのかもわからなくなってきていた。

まもなく夕日が降りてきた。それは空の赤い孔のようだった。その孔は地平線に近づくに当たって赤くなり6月とは思えないほどのコントラストを生んでいた。

「レ レ ララ 私たち 外へ出ないとならない :」

彼が喋っていた。

夕日を背景に彼の光は赤く染まり始め 血の通う袋のようだった。私は自分の位置に確信が持てなくなっていたがやがて彼の影は私の影に入って混ざった。影は穴となった。

そこへ局所的な雨が降り注いだ。それらは虹色の糸となって穴へ入っていった。織物となった糸は穴への道を作っているようだった。私たちはそこへ入ることに何ら違和感はなかった。

今や彼女の存在は私ととても近くなり身にまとうようだった。とても長い時間のようでありとても短くも感じながら穴へと身体が飲み込まれていくのを恍惚として光輝きながら私たちはこことは違う世界であり、内側であるような世界へと落ちていく。

外側からは暗く。しかし果肉は白く光輝いているリンゴの中へ入っていくように。

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