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(後編)「僕は本当は」なんだったのか 中原中也を語ること(ゲスト:小田晃生*佐藤yuupopic 司会:宮崎智之)

おかげさまで好評をいただいている文芸誌『しししし4』(2021年12月刊行)。巻頭では中原中也を特集し、さまざまな書き手に中原中也への論考を寄稿いただきました。
『しししし4』(2021年12月刊行、双子のライオン堂)の刊行を記念しTwitterスペースでは中原中也にまつわるトークを開催。司会は、本誌に寄稿いただいたフリーライターの宮崎智之さん。音楽家の小田晃生さん、詩人の佐藤yuupopicをお招きしました。後編にあたる本稿でも、引き続き双子のライオン堂の竹田信弥を合わせた4人で、「詩と音楽と中原中也」をテーマに中也の詩が持つ音楽性について存分に語り合いました。

*この記事は、Twitterスペースで行った『「しししし4」刊行記念スペース配信〜音楽家と詩人による対話〜「詩と音楽と中原中也と」(ゲスト:小田晃生*佐藤yuupopic 司会:宮崎智之)』を加筆・再構成したものです。前編・後編の2回に分けてお送りしています。*前編はこちら

「中也について書くことは自分の実存について告白すること」

小田 『しししし4』では、特集の中原中也についてさまざまな人が寄稿しているのですが、僕は中也をあまり分からずに読んでいたんですよね。そこで感じたのは、うらやましいなという感情で。80年以上前に亡くなった人が、残した作品と人物像の両方を味わってもらえるのっていいですよね。

宮崎 やはり中也は実存と作品が切り離しにくい詩人だからですかね。佐藤さんは、ご自身の実存と紡ぐ言葉の距離についてはどう感じていますか?

佐藤 基本的に私の作品は、主人公が私ではないものが主体だと思っています。ただ、自分に蓄積された記憶や感覚、知識は出そうと思わなくても自ずと出てしまうものなので、自分が主人公ではないと言いつつ、自分から切り離せないものなのかもしれませんね。

今回『しししし4』の特集を読んでいて思うのは、多くの書き手の方が中也に対して「どう付き合っていいか分からない」という観点を持っていて、中也と自分の距離感を測っているんですよね。中也って、そういう詩人なんだなと思いました。ただ宮崎さんは、中也がずっと自分の生活の中にあり、一緒に育ってきているような感じで。自分の骨や血ほど近い存在としてずっと愛してきたような、近い距離感を感じました。なので『しししし4』で、宮崎さんがトップバッターを飾られていることで特集が際立っているなと思っていて。

私は中也の詩を読んでいて、彼自身が自分のすべて曝け出して作品を作っているとは思わないんですよね。カッコよくありたいと酩酊しつつ、自分のロマンのようなものを詩にしているのかなと思っています。

宮崎 評論する側からすると距離感が難しい詩人で、結局、中也について書くことは自分の実存について告白することになるような、そんな部分があるんですよね。

『しししし4』で中也の特集を組んだ理由の一つとして、竹田さんが「中也はこれだけ有名なのに、近年ではそこまで特集を組まれていなかった」ことを挙げていました。まさにそういう部分で、書くことを迷う人が多いんじゃないかな、と。

また一方で、大岡昇平や小林秀雄など、中也と親交のあった第一世代はすでに亡くなり、大岡昇平や小林秀雄らの薫陶を受けた第二世代の方が高齢になっている中、「中也を知っている人を直接知らない」僕のような第三世代が彼と向き合うときには、伝聞の中也ではなくナマの中也と向き合わなければならないのかなと思います。

「汚れちまった悲しみに」中也が残したパンチラインの数々

宮崎 前編の佐藤さんの発言の中で、「小田君の『湖上』を聞いて中也はニヤニヤしたんじゃないか」とありましたが、僕もまさにそう思っていて。以前、竹田さんがパーソナリティーを務めるラジオ番組「渋谷で読書会」(FM87.6MHz/渋谷のラジオ)に出演したとき、竹田さんが「中也の詩は誰でも一節を暗唱できたりするけど、意外と深くは知らないんですよね」と言っていて。僕は、その現象は中也にとってうれしいんじゃないかなと思っています。

『しししし4』で、大崎清夏さんが「大衆との合作」と表現されていましたが、「ついつい口をついて出る」とか「曲をつけたくなる」とか、中也の詩の一節が頭の中に音や言葉として残っているという状況は、中也がまさにニヤニヤしている状況じゃないかなと思います。

竹田 それは確かにありますよね。文学をやると、売れないものは良いものだみたいな空気があるじゃないですか。あれ、僕、嘘だと思うんですよね。最低限音楽活動したり文章書いたりする中で、売れなきゃ困るわけだし、書いた限りはどこかに届くことを求めて書くわけで。もちろん自分の中だけで閉じ込めておくこともあると思いますけど、そう考えると中也は幸せだと思うし、見習うべきというか、もっと分析していいんじゃないかなと思いますね。

まったく興味がない人にだって、文学において音というだけで届いている。それって、J-POPのノリに近いと思うんです。ドストエフスキーとかカフカとか、知らない人は知らないし。

宮崎 「なんか虫になる話でしょ?」みたいな感じですよね。

竹田 そうそう。むしろドストエフスキーと聞いて「暗い」と言える人は、文学教養あると思うんですよね。みんな名前しか知らないから。

宮崎 僕なんて結構読んでいるのに、いまだにドストエフスキーをドフトエフスキーって言い間違えたりしちゃいますよ。

竹田 (笑)

佐藤 中也にはパンチラインがありますよね。

竹田 中也のことは知らなくても「ゆあーん ゆよーん」と言えば、「あ、知ってる」となる。教科書に採用されたとかもあるけど、それを認めていくのは文芸誌を作っていく上で大切なのかなと思いましたね。カッコつけて排除しないというか、「売れてるやつだよね」と斜に構えてはダメだと思っています。

宮崎 分かります。僕も昔、友達との会話で、青春時代だった90年代の一番のパンチラインなんだろうってなったことがあって。「俺は東京生まれ〜」ってパンチライン、誰もが知ってるじゃないですか。それと同じくらい、「汚れちまった悲しみに」とか「思えば遠くへ来たもんだ」とかはみんなに知られてる。さすが中也だなと思いました。

竹田 本当そうですよね。『しししし』も、小学生の間で流行らないかなぁ。

一同 (笑)

宮崎 僕は竹田さんの「書店界のドン・キホーテ」も結構なパンチラインだと思いますよ。

竹田 あぁ、でもそれ、『ドン・キホーテ』を読まなきゃいけないからなぁ。知らないと「驚安の殿堂」の方だと思われちゃう。

一同 (笑)

中原中也と詩の入門書。『しししし4』の見どころ

小田 今回の対談にお招きいただいたことをきっかけに中也の作品を読む中で、エンターテイメントの土壌が違う時代と、その世界を覗かせてもらった感じがあるんですよね。あと、『しししし4』を読んで、中原中也にゴージャスに迫っているなという側面も感じました。

発行人である竹田さんの巻頭言で「作家の人生は有名だが、いまいちよくわからない」とあって、「だからこそ特集しよう」という知らないスタンスから入ってるじゃないですか。そこがすごくいいなと思い、僕みたいなあまりベタベタに中也を愛していない人が最初に手に取る本としていいのかもと思いました。

竹田 うれしいです。

小田 心に残ったのは、『しししし4』で、『山羊の歌』の読書会を書き起こしたコーナー。ここで、伊藤あきこさんという方が「中学生の頃、中也に怒りを覚えた」と話していて。中原中也を読み、その後『しししし4』を読んでいたのですが、「分からなさに対して自分の中でどう折り合いをつけるか」「詩って何だろうな」「エンターテイメントの土壌が違う時代に、音楽ではなく詩で作品を形にしていた人たちがどんなことを考えていたのかな」とか、そんなややこしいことを思いながら読み進めていたんです。そのときに「怒りを覚えた」という人が現れたことで「あ、そういう立ち位置から中也を語るのは面白いな」と感じました。

『しししし4』に収められている佐藤さんの描き下ろし詩『詩詩詩詩』も、竹田さんや双子のライオン堂の成り立ちをドキュメンタリーとして書いていて。

宮崎 あれはうらやましいですよね。

小田 これもすごく素敵で、なんていうか、柔らかくて。成り立ちが見て取れるのがすごいな、と。ここでも竹田さんは全部読者というスタンスなんです。それが『しししし4』の全体に漂っていて、『しししし4』は一見マニアックなようでいて、入り口として手にとるにふさわしい本だと感じました。

宮崎 『詩詩詩詩』の中で「共通点として本に救われた」といった表現がありましたね。佐藤さんも音楽と詩をテーマにしていますが、実作する前から本を読んでいたんですか?

佐藤 そうですね、私、本を自分で読み始めた年齢がわりと早くて。幼いころは母親に読み聞かせしてもらっていたんですが、母親がすぐ寝ちゃうから、続きが知りたくて頑張って字を覚えたんです。小学生になると、電車賃をもらって図書館へ行き、本を借りられるだけ借りて読むことが自分のエンターテイメントだった。海外の本やポケットジョーク、ショートショートなどジャンルを問わず読んでいた中の一つとして詩集を読んでいた感じです。

宮崎 読み聞かせから入ったのは僕の文学体験と一緒ですね。

そろそろ本日のスペース配信終了の時間が迫っていますが、最後に僕の方から一つエピソードを。僕が文章家として見習っている吉田健一が中原中也のことを書いていて、酒席に中也が現れて、お酒の席なのでざわざわしていたらしいんですね。そんな時、ふと中也が「僕は本当は、……」と言ったらしいんですね。その後が聞き取れなかったらしく、「『僕は本当は、……』といふ言葉が今でも記憶より耳に残つてゐる。僕は本当はどうだっのだろらうか」(大岡昇平、中村稔、吉田熈生編『中原中也研究』青土社)と書いていて。

佐藤 ああ……

宮崎 今日は、ロマンがあるといいますか、根本的な部分で中也を楽しめたし、詩の解釈、音の解釈としても楽しめました。小田君と佐藤さんから実作者ならではの話が聞けて、僕自身は充実したスペースになったのではと感じています。ありがとうございます。

佐藤 ありがとうございます。本日はこのような場でカバーリーディングの機会をいただき、また今の私で中也に再び出会わせていただいたことを感謝しています。前に読んだ時と距離感が変わったし、小田さんの声でも再現される贅沢さがありました。

小田 僕は活字離れの男なので(笑)、今日、聞いてくださっている皆さんがどんなことを期待されているのかちょっと怖かったところもあったんですけど、終わってみて楽しかったし、佐藤さんや宮崎君、竹田さんとも話せて楽しかったです。

宮崎 「詩は難しい」というイメージがある方がいるかもしれませんが、一人の詩人に対してみんなでワイワイ楽しく語れたのがみなさんに伝わったならうれしいです。Twitterでも「めちゃめちゃ面白い」といただいていますよ。

佐藤 わぁ、よかった。詩人として呼んでいただいたことで緊張してしまって、「こんな大役……」と思ってたんです。私のリーディングと皆さんの頭の中で再現されているのとでは違う表現をさせていただいたと思うんですけど、詩は自分の距離感と音で読んでいいんだよということが伝わればいいなと思いました。

宮崎 佐藤さんのカバーリーディング、また音源でも聴きたいなと思いました。小田君も中也の詩に歌つけてほしいなぁ。

小田 実は『雪の宵』は、僕の中では気に入っていて。ただ三拍子でスイングしている歌がスルッと出てきたものだから『湖上』とリズムが一緒で、ちょっとインターバルを置かなきゃと思ったんですけど、もうしっかり置いたので、『雪の宵』を歌ってみようかなと思っています。

宮崎 それは楽しみです。『しししし4』と連動すれば、新しい取り組みになりますよ。

佐藤 双子のライオン堂さんでリアルイベントもできたらいいですね。

宮崎 僕は子どもの頃は詩の自作はしていたものの大人になってからはしてなかったため、実作者の独自の言語をちゃんと咀嚼できるか、できていたかがちょっとまだわからないんですが、楽しく話せたことがまず一番良かったかなと思ってます。竹田さんはどうですか?

竹田 今日の話を総括すると、「ゆやんゆよーん選手権」をしたいなと思いました。いろんな人の「ゆやんゆよーん」音源を集めて、一番いい「ゆやんゆよーん」を決める大会をしたいですね。

一同 (笑)

文:山本莉会

【告知】
双子のライオン堂が協力、出店、宮崎智之さんが司会を務める、詩の朗読と本の野外フェス『POETRY BOOK JAM』が6月3日(金)に上野公園野外ステージで開催されます(17時開場、17時30分開演)。出演は、高橋久美子さん、ラGOMESSさん、鳥居さん、Kacoさん、宮尾節子さん、向坂くじらさん(Anti-Trench))、平川綾真智さん、村田活彦さん(poetry reading tokyo)。バンドは、・ミコ・トコマレさん(Gt.)、小林洋さん (Ba.)堀口たかしさん(Dr.)。
書店&出版社ブースには、ネコノス、代わりに読む人、本の種出版、書肆海と夕焼け、カラポネヤミ書房、百年の二度寝、双子のライオン堂、Après-midi 、田畑書店、左右社、ナナロク社、駒草出版、素粒社が出店します。
入場無料のチャリティーイベントになります(カンパ制)
詳細は、ホームページにて。
公式Twitter:@poetry_book_jam

【プロフィール】
◆ゲスト
小田晃生(おだこうせい/Kohsey Oda)
1983年生まれ・岩手県出身。音楽家・シンガーソングライター。
2006年頃より、ギター弾き語りを中心としたライヴと音楽制作を始める。日常の気持ちや趣味や出来事をヒントに、自身の思い出や悩みについての歌、言葉遊びやパズルが仕掛けられた歌、短編の空想話のような歌など、様々な切り口でコミカルかつ切実な楽曲を描く。フォーキーでアコースティカルでジャンルは不定形。穏やかでややこしい人生の音楽。
ソロの他に「COINN」「ロバート・バーロー」など、子どもたちへ向けた創作活動を行うグループにメンバーとして参加。そのほか、ギターレッスン講師、映像作品の音楽制作や出演、ナレーションなども務める。現在は、山梨県上野原市在住。野菜農家を営む妻との雑談ポッドキャスト『TORCH TIMES』を毎週配信中。https://linktr.ee/kohsey

佐藤yuupopic(さとうゆうぽぴっく/Sato Yuupopic)
1973年、東京出身。名前の由来はyuu×popmusicから。野球詩人(右投右打)。声とことばと本と本屋さんにまつわる活動を行っている。「詩のレーベル風神雷神や。」の運営やアーティストの笹谷創と共に、音楽と詩のユニットpopi/jectiveとしても活動中。公式サイトはこちら。 Slam PoetとしてKOTOBA Slam Japan初代準優勝、2020-2021東東京大会および横浜大会には主催として関わる(KOTOBA Slam Japan公式YouTubeチャンネルはこちら。 詩人+ラッパー8人によるマイクリレー『#詩ラレザル狂騒 ―東京ver.―』の公開も)。本屋・生活綴方の月イチ店番詩人や、妙蓮寺 本の市事務局スタッフを行うなど、精力的に活動する。名古屋の詩人・クノタカヒロと共作した正岡子規のカバーリーディング『ベースボールの歌』Full ver.はこちらから。詩集取扱店舗一覧はこちら。1st.ミニアルバム『popi/jective』(2021年)取扱店舗一覧はこちらから。5月29日(日)にNEWリリースしたカセットテープ仕様のExtra edition_001『CASSET TAPE FAN CLUB』の試聴はこちらから。

◆司会
宮崎智之(みやざきともゆき/Miyazaki Tomoyuki)
フリーライター。1982年、東京都出身。幼少期から父と共に中也の詩を朗読、暗唱し、大学の卒業論文では中也を研究。著書『モヤモヤするあの人』、『平熱のまま、この世界に熱狂したい 「弱さ」を受け入れる日常革命』(以上、幻冬舎)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)、ポケットアンソロジー「宮崎智之セレクト 中原中也名詩選」(田畑書店)など。詩に関する論考に、「早熟な晩年 中原中也試論(一)」(双子のライオン堂『しししし4』)、「中原中也の「朝の歌」」(田畑書店『季刊 アンソロジスト 2022年 春 創刊号』)などがある。『文學界』『週刊読書人』などに寄稿。今夏、晶文社より新刊を発売予定。
Twitter:@miyazakid


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