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ピアノを弾く手は、柔らかい方がいい

ピアノを弾く手について、あまり考えていない人が多い、かもしれない。
曲をステキに弾くために
スケールだって練習曲だって弾いています!という人でも
ピアノを弾くための道具である「手」について
無頓着というのか、あまり気にしていない人が多いように見える。

ハンドクリームをつけるとかネイルケアをするという意味ではなく、
(もちろん、皮膚表面の手入れは大事だけれど)
いかなる音楽的欲求にも応えられるピアニストのような手を
育てていきたい、と思う人はあまりいないのだろうか。
私が気づいていないだけかもしれないし、
もっと探せば沢山の記事があるのかもしれないけれど。


大好きなピアニストの手の感触

ピアニストの友人たちは皆、
柔らかくて弾力性のある手を持っている。
硬くて柔軟性のない手の人はいない。

尊敬する大ピアニストと握手したときのことを思い出す。
例えば、アルゲリッチ音楽祭の取材で出会ったネルソン・フレイレ。
彼の手は私の2倍くらいの大きさと厚みがあり、
グローブみたいで驚いたけれど
とても柔らかく温かだった。

日本で巨匠と呼ばれている先生の手も、
関節はゴツゴツとしっかり骨太だけれど
指先は柔らかくしっとりとしていて、
手のひらの筋肉にはハリと弾力性があった。

沢山のピアニストに出会ってきたけれど、
手の形や大きさや個性は様々でも、
皆さん、しなやかで強靭なエネルギーを秘めた
柔軟な手を持っておられる。
硬くこわばった手の人はいなかったと思う。


「手」を見てわかること

長年ピアノを教えていると、
握手をしなくても
その人の手を見るだけで
その人が弾くピアノの音が想像できるようになった。
ちょっとした特技と言ってもいい。
面白いくらい当たる。

『ピアノランド』を書いて大ヒットした後、
『ピアノランドたのしいテクニック』の構想を考えている頃は
誰に会っても、ピアノを弾かない人であっても、
その人の「手」を観察してきた。
あの頃、「初めまして」と名刺を交換するときには
名刺ではなくて手を見ていたと思う。

この人は親指が長い!
指先の肉付きが素晴らしい。
手のひらが広いなぁ。
爪が細くて長くて肉が薄くてピアノを弾くのは大変そうだ。
等々、ピアノを弾かない人の手を見ていちいち思うなんて
大きなお世話だけれど、
そうやって、いろんな手に
勝手に出会ってきたことは勉強になった。

ピアニストの皆さんは、
そういう手だからこういう音が出るのか、
そういう音が出したいからこういう手になったのか?

音大生の頃、友達が私に言った言葉をいまだに覚えている。
「ねぇ、初めからそんな手だったの?」
「え? わからない。どうだったんだろう……」

鶏が先か卵が先か。

でも、今ならこう思う。

私の手は、小学生の頃の先生のおかげで
「ピアノ仕様」になった

小さい頃、私の両手の親指は俗に言う「まむし指」だった。
親指の付け根の関節がエクボのように内側に入り込み、
ピアノを弾くのにはとても不利な形だった。

その頃教えてくれた先生は、
とても根気よくまむし指を直す指導をしてくださって、
その甲斐あって、小学生になる頃には
私の親指の付け根はめでたく落ちなくなった。
これで、和音もしっかり弾けるし、大きくなればオクターブもOKと、
先生もホッとされたことだろう。

その有り難みがわかったのは、自分が音大生になったときで、
さらに教えるようになってからは
もっともっと感謝するようになった。
まむし指を直さないことには、何も始まらないからだ。
私は、何人の子どもやピアノの先生たちのまむし指を直してきただろう。

音大受験でも音大に行ってからも、
手のフォームやタッチを直されたことは一度もなく、
そういう意味では、初めについた先生に感謝しかない。
運が良かったのだ。

ピアノランドマスターコースを開講していた頃、
ある40代のピアノの先生は、
まむし指が直ったら鍵盤3つ分(半音を入れて)広がるようになった。
弾ける曲が多くなり、手に余裕ができると音もよくなって、
矯正方法も理解して良き指導者として活躍されている。

「ピアノ仕様の手」とそうではない「手」。
ピアノさえ弾かなければ日常生活に差し支えることはないけれど、
ピアノに限ってはそれでは困る、ということが稀にあるから、
どんな望むスポーツや趣味においても、
それに適した身体を持っているかどうかは
割と大事な要素なのだと思う。


手の柔らかさとまむし指の関係

これまで述べてきたこの2つに、どんな関係があるのか、ないのか、
演奏しない人には分かりにくいと思うので説明すると、
まむし指の原因は、親指と人差し指の間の筋肉が伸びないことで
引き起こされる事態だ、と言ってもいい。
まむし指の人は、ここが広がらず、硬い。

バレリーナが自分の顔の横に足を軽々と上げられるのはなぜか考えると、
まず、足の内側の筋肉が柔軟で、床の上で180度開くことができるからだ。
180度楽に開くから、片足で立って、
もう片方が耳の横につくほど足が上がるのだ。
身体が硬い人は、バレエのあらゆる基本ポーズができない。

それと同じで、
親指と人差し指の間が硬く縮まっていてまむし指となれば、
和音やオクターブを弾くのにハンディがあるばかりではなく、
どんな動きをするにも不利、不便なのだ。
特に、親指はかぶせたりくぐらせたりする動きで
「支え」となる指なので
これが不自由だと本当に苦労するのだ。

バレリーナは、足だけに限らず、身体全体のあらゆる筋肉の柔軟性を保ち、
あらゆる動きに備え、その動きの美しさを追求していくわけだけれど、
楽器においても、その楽器特有の身体の使い方というものがある。

バレエでは両足の踵をくっつけて、つま先を180度外側に向けるのが
基本の「1番」というポジションだけれど、
普通の人はこのまま真っ直ぐ立つだけでも難しい。
へっぴり腰になるか倒れるか。

というようなことが、「ピアノを弾く手」にもあるのです。


あなたの手は、柔らかいですか?

コンサートやセミナーの後のサイン会で握手を求められると
時々「えっ! 樹原先生の手、とても柔らかい!」と驚かれることがある。

そうかもしれない。
前々から気づいていたことではあるのだけれど、
それって、ピアノ弾きにはとてもとても大事なことかもしれないと
改めて今日思ったので書いている。

今日、「大人のピアノクラス」で、
何人かの方の手を見ながら、
「もっと柔軟な手になったら、ピアノを弾くのが楽になりますよ」
と話した。

皆さんの手を触りながら、一人ひとり、
柔らかくしてほしい箇所について詳しく解説した。
無理やり手の形を変えるのではなく(それは無理!)、
硬くなっている手の筋や筋肉を緩め、
少しずつ可動範囲を広げていく。
ピアノを弾くのに必要な動きができることを目指しましょう!
というわけです。


ピアノ仕様のポーズが自然にできるようになったら、
もっといい音が楽に出るようになるから、
知らないよりは知っていた方がいい。
手先だけではなく、腕の筋肉も柔軟性が必要だ。
そう考えていくと、身体中のありとあらゆる部分と演奏とは
深い関わりがあると気づき始める。

あなたの手は、柔らかいですか?

では、続きはまた!



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