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日常


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日常が好きだ。日常っぽい写真、日常っぽい生活も好きだ。


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でも日常っぽいとは?日常なら日常では?日常っぽいということは日常ではないのでは?そろそろ日と常でゲシュタルト崩壊を引き起こしそうだ。こんな字だったっけ。同じように思う。日常ってなんだっけ。


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自分の中での日常を思う。好きな日常って?忙しい今、思い描いている「日常」はきっと今現在の日常ではない。それとはむしろ間反対の、理想としている日々。忙しく無い毎日。あちこち廻ってお買い物をしてみたり、普段絶対掃除しないような場所を掃除したり、ぼーっとYouTubeやテレビを見たり、夕飯をのんびり作ってみたり。

こんな毎日でありたいと願う願望が「日常」を形作る。こうあって欲しい日々。きっと今は余裕が欲しいのだろう。


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きっと日常っぽいと思っている写真はそんなイメージを想起させるものなのだろう。余裕を持って生活できている時、のんびりしつつも充実した生活のイメージ。

そしてそのような写真をふと見かけた時に問われているのかもしれない。自分の生きたいように生きられているか?

今、余裕持ててる?


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価値観は変わる。そのうち、好きな日常も変わるかもしれない。今は好きでないこの日常も振り返れば充実していた、となるかもしれない。ならば今のうちから今の好きでは無い日常も写し止めるべきなのだろう。
その過程で今が好きになれるかもしれないし、或いは見直す機会になるかもしれない。一呼吸置いて掃除でもしてみるか、とか。


日常が、自分の好きなものとなりますように。

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