見出し画像

天上のアオ 6

時空間座標:x3x01x 計測値に異常あり
空間深度:スケールアウトを記録


あるところに一匹のかいぶつがいました。
かいぶつはふれあう人すべてを傷つけ、不幸にするかいぶつでした。
でもかいぶつには人を傷つけるつもりはありませんでした。
自分のくるしみやかなしみをわかってほしくて、
でもにんげんの言葉で伝えることができず、
いつもまわりの人を傷つけてしまうのです。

かいぶつははじめからかいぶつではありませんでした。
かいぶつももともとはにんげんだったのです。
でもあまりに傷つき、傷つけたため、
かいぶつは自分をかいぶつにしてしまったのでした。

かいぶつはみにくい姿とは裏腹に、いつもおびえていました。
にんげんたちが自分のことを悪く言うのがこわかったのです。
でもそんなことはあたりまえ。
なぜって、これまでたくさんのひとを傷つけてきたのですから。

かいぶつはひとりぼっちでした。
にんげんの世界のルールでいきることは、かいぶつにとって
とてもむずかしいことだったのです。
でもかいぶつはにんげんのことが好きでした。
できることなら、かれらと仲良しになりたいといつも思っていました。

でもかいぶつはかいぶつなので、にんげんと仲良くはなれません。
だから、かいぶつはきょうもひとりぼっちでした。


「…はっ….ぁっ」

突然の覚醒に動悸が止まらない。
雨を避けるためにカフェの廃墟に彼ととどまり続けるうち、私はいつの間にか寝てしまっていたようだ。

なにか重大な夢を見た気がしていた。

心象世界の中で夢を見るということは、その人間の精神の最深部に近い場所を垣間見るということだ。

だとすれば今のは彼の?

ボックス席のテーブルを挟んだ反対側にいる彼を見やる。
彼もまた二人がけの席に横になって目を閉じている。

「…っ」

さきほどの夢の残滓が、まるで暗闇から伸びる無数の手のように私の頭の中にまとわりつく。今すぐ叫び出したいくらいの不快感。思い出したくないのに思い出させられているような感覚だ。

上着のポケットからペンを引っ張り出し、左手の袖をめくる。赤いペンのキャップを外し、手首に線を引く。

線を引く。線を引く。線を引く。
追いすがる闇を断ち切るように線を引く。
悪夢と私自身の絶望を切り刻むように線を引く。

何度そうしたかわからない。どのくらいそうしたかもわからない。
落ち着きを取り戻した頃には、私の左腕は真っ赤になってしまっていた。

でも、これでいい。安全な感情の処理方法の一つだ。

ふうと息をつく。
一体どのくらいの時間が経過したかはわからないが、よくよく気をつけてみれば、雨の音が聞こえなくなっていた。

ひとまずの危機は去ったが、一箇所にとどまり続けるのは得策ではない。

真っ赤に染まった腕を隠すように袖を引っ張り上げた。
呼吸も正常に戻っている。
意識場のゆらぎも一時は危険域だったが、今は安定している。

ターミナル駅はかなり広い安全域グリーンゾーンだ。
ここよりさらに安全な場所があるかもしれないし、有益な物資が見つかるかもしれない。

私は注射器の生成装置や広げた荷物を片付け始めた。

彼を起こして次のポイントに向かわなければ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?