Linne

one of piece in your mind

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マガジン

  • 天上のアオ

    ヒトの心の中には感情や記憶を司る存在が何人もいる。廃墟の街で青年とともに放浪する少女もまたその一人。今にも崩落しそうな不安定な世界で、耐え難い苦痛の中で、少女は青空を探し続けている。これから先、存在が終了するまでずっと。

最近の記事

case:Level 1 "S県山道沿い"

宮内庁管轄のとある施設の中、地下の天然洞窟を使った祭祀場に四人の姿があった。 崎守タイドウ、真神イヅナ、天掛サトリ、そして双葉ハオリ。 四人は赤い布の上で横並びに正座をしている。 眼の前では神職を表す水色の袴を履いた女性が紙垂のついた棒を振っている。その前には三方が三つ並び、とても捧げ物には見えない物々しい物体がそれぞれ乗っている。 ゴツゴツとした手甲の着いた指ぬきのグローブ。銃身を切り詰めたソードオフショットガン。そしてその弾丸64発。 神官が四人のほうに振り向き礼を

    • case:Level 2 "廃ホテル"

      じゃり、と革靴が細かな砂に覆われたアスファルトを踏む。 黒スーツを身にまとう二人の前に現れたのは、廃墟となったホテル。『近江来鳳館』だ。 「第二級事象……なんで私達二人だけなんですか」 「しょうがないだろ。今は夏だ。ただでさえ境界侵度が上がるのに、今年は本当に洒落にならない。人手不足なんだよ」 双葉ハオリは不満だった。第二級事象と言えば一個小隊レベルで対処すべき案件だ。 いくら上司である真神イヅナが優秀とはいえ、二人でこのホテルすべてに対応するのは無謀に思えた。 彼ら

      • as it is

        お腹の辺りが、どうしようもなく苦しかった。こういう時、どうすればいいのか私は知らない。医者は薬を飲めと言っていたけれど、薬を飲んでもこの苦しさは抑えきれなかった。 不安を感じる。漠然とした不安。そいつが私の腹の中で内蔵をかき回しているような感覚。苦しい。気持ち悪い。怖い。 だから消さなきゃ。私の中で暴れるそいつを追い出さなきゃ。 ベッドサイドに置いてあったタバコの箱とライターを引っ掴んで、ベランダのドアを開けて外に出る。 シャッシャッと何度かライターのホイールを親指で

        • Wherever Starlit

          大学の講義を終え、民俗学サークルの活動を終え、家に帰ってきたのは19時半ごろのことだった。 今日は私の誕生日ということで、サークルのみんながお祝いをしてくれた。さすがにそんな大規模にというわけにはいかなかったけれど、それぞれお祝いの言葉と、寄せ書きの色紙と、部費から出したお金で本をプレゼントしてくれた。 教科書とPC、それからその本をバックパックに詰めて帰り、私は家の鍵を開けた。玄関の電気を点ける。靴は一足もなく、家にはまだ誰もいないことを示していた。 美空さん、今日は

        case:Level 1 "S県山道沿い"

        マガジン

        • 天上のアオ
          19本

        記事

          blue sky blue

          その日はずっと体調が悪くて、保健室のベッドで休んでいた。早退しようかとも考えたけれど、駅まで歩いて電車に乗って…って考えただけで吐きそうになった。 結局昼前に保健室に駆け込んだ私がベッドから出られたのは、放課後になってからだった。頭痛も腹痛も吐き気も収まっている。保健の先生にお礼を行って、保健室を後にした。 丸一日損した気分だった。 だからというわけじゃないけど、私の足は普段は行かない屋上に向かっていた。ただの気まぐれ。そこに深い意味なんてない。たぶん。 たん、たん、と

          blue sky blue

          hide and hide

          「真那!聞いた?転校生が来るんだって!」 それは新学期が始まってすぐのある日。窓の外には春の日差しと舞い散る桜といういかにもな風景が広がっていた。 「このクラスに?」 「そうらしいよ!」 中学からの幼馴染である菊理雪乃が、興奮気味に席に駆け寄ってくる。私は特に驚きもなく、まあこのタイミングなら転校生の一人や二人いるだろう、と考えていた。 「男子?女子?」 別にだから何だという話だけれど、なんとなく気になって聞いてみた。 「それはまだわかんないんだってさ」 「そ

          hide and hide

          エンドロール

          くだらない人生だったなんて 振り返るにはまだ早いか 幸か不幸か 死に損ないの 呼吸は未だ続いている 夕日がさっきから急かすんだ いい加減決めてしまえよって だけど選べない 僕には選べない 未来を殺すかどうかなんて 僕がなくしたのは 死ねない理由 僕がなくしたのは 生きてくための理由 落っことしてなくして泣いている 愚か者がここに独りぼっちだ 輝いた日々も今は昔 今じゃまるで燃えさしのタバコ 酸いも甘いも なんて言えるほど ちゃんと生きた覚えもない 朝日がずっと脅すんだ

          エンドロール

          天上のアオ 29

          塔がぐらぐら揺れている。 上空から小さな十字架がいくつも落ちてきて、砕けたり地面に突き刺さったりしている。 「これは……まずいな」 男は立ち上がって上空を見回している。 「まずい」 お面の少年が復唱する。 「ああ、これは罪の清算じゃない。精神の崩落だ」 わたしはといえば、足をぷらぷらさせながら、呑気に二人のやり取りを見ている。 なぜなら、わたしは知っていたから。 再び自己の終了を願う彼の気持ちを。 外界からすべての制約を無視して、この最奥にいるわたしに直接語りか

          天上のアオ 29

          Imitation Stella

          終りが来るなんて、きっと去年の私には想像もつかなかっただろうな。 カーテンを締め切った部屋。 机の上にはスリープにならないように設定したPCと幾枚かの手紙。それから連絡をして欲しい人のリスト、各種暗証番号。 生きていればなんとかなるっていうけどさ、生きているからつらいことだって山程あるんじゃないかな。 どこかの誰かの正論に反論するくらいは、まだ頭は働く。 私はたぶん、流れ星のようにきれいに消えることはできない。 じっとりした場所で徐々に腐り落ちていくに違いない。 あ

          Imitation Stella

          Binary star

          メリーランド州ボルティモアにある研究所の一室で、私は本を読んでいた。図書室から持ってきた小説で、私の好きな作家が最期に書いた物語だ。 部屋には壁に沿うように机とベッド、棚とクローゼットが設られていて、それらが鏡合わせのように反対側の壁にも並んでいる。つまりは相部屋。 もう一人の住人はいつも通りどこかをほっつき歩いて、また研究スタッフに叱られているのだろう。そういうことにはもう慣れている。 入口のドアの上、天井近くに掛かったアナログの時計に目を遣る。午後10時。いつも通り

          Binary star

          Alones

          合鍵を使ってドアを開ける。ぎい、と少し軋む音がしてからゆっくりとドアが開いた。部屋の中に明かりはない。土曜日の午前11時。 「チサ?いるの?」 部屋の主の名を呼ぶ。今週一度も大学に姿を見せなかった彼女。LINEの既読すら付けなかった彼女。 1DKの廊下を進み、リビング兼寝室のドアを開ける。締め切られたカーテン、散乱したペットボトルと使い捨てトレー。 「チサ?」 ベッドの布団の膨らんでいるところに向かって声を掛ける。薄暗い部屋の中で布団がもぞもぞと動き、顔がのぞいた。

          Logos / disorder

          真っ暗な部屋の中で、スマホの画面だけが煌々と光を放つ。きっと他の人が見たら、私の顔だけがベッドにぼんやり浮かんでいるように見えただろう。 開いているのはいつもと同じタイムライン。相互フォローしている学校の友人たちとか、私の好きなアーティストとかアイドルとかの投稿が流れている。いつもと同じ、言葉で編まれた時間線。 そこは私が私のために編集した世界ではあるが、それを構築する言葉を私が制御することはできない。ただの文字だけであっても、その先には私ではない他者がいる。 /*ほら

          Logos / disorder

          天上のアオ 28

          「そうか。君は独りで闘い続けてここまで来たんだな」 一通りこれまでのいきさつを話し終わって、少しの沈黙の後、男が言った。わたしは頷く代わりに焚き火に目を落とした。 赤々と燃える炎は安心感を与えてくれる。多くのものが無機質に作られているこの世界で、有機的な命を感じさせてくれるものだった。 「聞いてもいい?」 男に問う 「何かな」 「あなたを構成するものはなに?記憶の一部だと言っていたけど」 「ああ、その話か」 男は足元にあった木を炎の中に放り込んだ。 「この塔

          天上のアオ 28

          天上のアオ 27

          わたしははじめ、ただ己に与えられた役目と機能に従って動作していた。彼の精神に大きな異変が起きたとき、それに対処して彼の精神機能を平常に戻し、外界での活動に及ぼす影響を可能な限り小さくする。それがわたしというパーツに与えられた機能だった。 そのはずだった。 そのはずだったのに、気がつけばわたしはその役割を大きく超え、彼という存在を守りたい一心で行動していた。 理由はとても簡単だ。彼がそう望んだから。 わたしが物語の主人公になることを彼が望んだから。もっと言えば、彼は空想の

          天上のアオ 27

          天上のアオ 26

          わたしと少年の視界いっぱいに「塔」がそびえ立つ。 ついに目の前まで来た。 少年と顔を見合わせる。 言葉はない。 わたしが頷くと、少年は眼の前にあった小さな十字架に触れた。 その途端、周囲の十字架が一斉に動き出した。石のこすれる音があたりに響き渡る。十字架たちは元の配置から組み変わり、入れ替わり、やがてわたしの身長よりも少し高いくらいの入口を作った。 少年は何も言わず、十字架でできたアーチをくぐり、「塔」の中へ入っていく。わたしもそれに続いた。 中は暗闇だった。 いや、

          天上のアオ 26

          The Cage

          一日の中で朝起きた瞬間が一番憂鬱だった。 どうしようもない現実のどうしようもなさを突きつけられるから。 また変えられない事実の変えられなさを知らしめられるから。 現実とは有刺鉄線でできた檻のようだ。 私のベッドも毛布も本当は全部有刺鉄線でできていて、寝ている間だけ体に突き刺さる痛みを忘れているだけなんじゃないかって思ったりする。 閉じ込められている。それとも私が閉じこもっているのだろうか。わからない。少なくともそう感じように現実が変化してしまった原因が自分にあることだけは