Logos / disorder
真っ暗な部屋の中で、スマホの画面だけが煌々と光を放つ。きっと他の人が見たら、私の顔だけがベッドにぼんやり浮かんでいるように見えただろう。
開いているのはいつもと同じタイムライン。相互フォローしている学校の友人たちとか、私の好きなアーティストとかアイドルとかの投稿が流れている。いつもと同じ、言葉で編まれた時間線。
そこは私が私のために編集した世界ではあるが、それを構築する言葉を私が制御することはできない。ただの文字だけであっても、その先には私ではない他者がいる。
/*ほら、また言葉が怖くなってくる*/
思考に走るノイズ。それは私を絶えず啓蒙しようとする己自身。
もういやだ。もう無理。いなくなりたい。消えたい。たすけて。どうして。
私は言葉の使い方を知っている。それはちょうど包丁に似ていた。未分化の感情を切り分け、整形し、他者と互換性のある形に仕上げる。あるいはその刃でもって誰かに不可逆な傷を負わせる。
内に秘めた葛藤を、感情の濁流を、一体この文字世界の誰が受け止めてくれるのだろう。
/*ほら、また言葉が怖くなってくる*/
弱音が凶器になることを知っている。ある種の冷淡さが救いになることを知っている。助けを求める声がときに致命傷になることを知っている。願望と欲求が境界を侵犯することを知っている。
だから私の親指は、画面上に表示されたキーパッドの上で浮かんだまま。
/*ほら、また言葉が怖くなってくる*/
私の存在は不快なのかもしれない。私の存在は面倒なのかもしれない。私の存在は余計なのかもしれない。私の存在は、私の、私の存在は。
はたと気づいた。
私は誰に気を遣っているのだろう。
楽しげなタイムラインに不釣り合いな感情の吐露を流すことで、もしかしたら見るかもしれない誰かを不快にさせること?それともそう思われたくない私自身?わからない。わからないんだ。
だけどもうグラスは一杯になってしまった。
それが溢れてしまうかもしれない。
あるいはグラスそのものが割れてしまうかもしれない。
どうにか処理しなければ、私の中の何かがどうにかなってしまう。
そのために言葉があったはずなのに。
そのための道具としてあったはずなのに。
/*ほら、また言葉が怖くなってくる*/
啓蒙の声は止まない。
蛍光灯のノイズみたいに、ジリジリといつまでもこびり付いている。
私が覗くこの文字世界の住人達は、怖くないのだろうか。どうしてそんなにも当たり前のように言葉を流せるのだろうか。どうして私は彼ら彼女らと同じようにできないのだろうか。
決死の覚悟で一単語、入力した。
そうしたら、そこからはするすると言葉が出てくる。
私の中の混沌を整形する道具が役割を果たしていく。
その一文を完成させて、私は息をつく。
たった26文字。
電子的にはせいぜい100バイトちょっと。
その百数十バイトは、紛れもなく私の一部だったもの。大事な大事な、私の心の一部だったもの。
達成感ではない何かの感覚が襲いかかる。
忌避感?わからない。私の語彙では表しきれない。
言葉が、言葉が足りない。
投稿ボタンの数ミリ上で親指が止まる。それをしてはいけない。少しの逡巡ののち、ボタンを押下した。
ポン、と。
私を取り巻く関係性の中に、それが落ちていった。
それでも、それでも私は。
/*ほら、また言葉が怖くなってくる*/
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