見出し画像

ミラノの女子大生がニーハオ言って笑い転げている映像のコンテキスト

イタリア人の女子大生3人が列車内でアジア人客を見ながら「ニーハオ」っていって爆笑しているTikTokの動画がなぜか日本でもバズっていたようだけど、色々とコンテクストが足りなくて、何が起こっているのかわかっていない人も多いようなので、あくまでも個人的な背景の説明を試みようと思った次第。

まず、イタリア人気質というか、アメリカとかイギリスとかとも違う理解の仕方な。おそらくこれ、レイクコモ(ジョージ・クルーニーとか、アメリカ人にも最近は人気のあるらしい湖畔のバケーションスポット)からミラノに向かう列車内で、イタリアの女子大生3人が車内の中国系の人を揶揄っているという映像。

彼女たち服装やバッグからして、多分ミラノの北イタリアの富裕層の人たち、っていうのが結構ポイント。

そもそも北と南イタリアでは、同じイタリアでも色々と文化的背景や歴史が違っていて、大雑把な話をするとサルデーニャとか、ナポリとか、1940年あたりからイタリアでファシズムが台頭して、南イタリアの人たちは飢饉もあってとばっちりを食って、みんな食糧も仕事もなくて、地獄だった時代があるわけ。

で、彼らはアメリカを始め、諸外国に移民として出ていったという歴史がある。ほら、名作映画「ゴッドファーザー」を思い出してくださいな。細っこい移民の息子が後に、マーロン・ブランド扮するヴィート・コルレオーネとして一族のドンとなるアレですよ。彼はシチリアの出身で、貧乏でどうしようもなくてアメリカに移民するけど、最初は言葉もわかんないし、アメリカ人からは二級市民的な「イタ公」扱い。同じ白人とはいえ、人種差別も酷かったから、同じイタリア人同士で結託し、それがマフィアになっていったという歴史。

だから私がニューヨークで出会った「イタリア系アメリカ人」の皆さんは、何代もアメリカに暮らしているような人たちで、祖父や曽祖父の時代は、すごく貧乏で、差別されていた、という「差別される方」のトラウマを残している、あるいは記憶として持っている人たちなわけですね。

対して、ミラノとかベネチアなど、北の方のイタリア人は、昔は貴族の家系で、今も裕福なアッパーな人たちが多い。北の国境ははフランス、スイス、オーストリアと接していて、フランス語やドイツ語も話せる人が多いし、文化的にも「ルネッサンスやっとったの、うちらの先祖だから」みたいな気負いもある。

まぁ、そういう歴史があるという一方で、イタリア北部、特にイタリアでもロンバルディ、ベネト、タスカニーの地区では、この10年ほど、中国からの移民が大量に流れ込んでいる、という事実はあまり日本では知られていないような気がする。中国人も、いきなり知らない他の国に移り住んだ最初は、差別から身を守るために中国人同士で固まって、チャイナタウンが発展したり、徒党を組んで、それがマフィア化したりもするわけです。

ほらほら、中国の武漢で最初にコロナ禍が始まってまもない頃、イタリア北部で致死率がすごいことになっていたのを覚えてませんか? ぶっちゃけイタリア北部では中国大陸から大勢の人が入っていたから、ヨーロッパの中でも真っ先にコロナにやられて、ってのは否定できないかと思います。

で、そんなことを背景に今回のミラノの女子大生3人が、車内の中国系の人に対して、(ビデオ撮影が始まる前に)大声で、「ニーハオ!」って言ったり、その後も、イタリア語でおしゃべりしながら「ニーハオ」と言い続けて笑いこけていた、という案件があるわけです。彼女たちは3人ともそれぞれ違う大学に通っていたということですが、それでも一緒にコモ湖に出かけていたということは、大学に行く前に、ミッション系の中高にで一緒だったとか、親がみんな貴族で幼馴染だったという可能性が高いです。

日本の女性向けファッション誌でオサレ女子の代名詞のように「ミラネーゼ」と呼ばれる北イタリアの富裕層の女の子、ってのは、ほとんどがこの娘っ子たちのように、カトリック系の大学で、日本の大学生みたいにゆるくて楽しい大学生活を送っているはずです。

現代のカトリック系の大学だからといって、キリスト様の教えを守って、隣人には差別せずに親切にしましょう、と毎日教わっているかといえばそうでもなくて、まぁ、Theology 101みたいにキリスト教の歴史や西洋史は授業で取ってるとは思いますが。だから日本のTwitterで挙がっている、「キリスト系の大学なのに、人を差別しちゃいけない」って教わらなかったのかい?
っていう批判はお門違いですね。

そして北イタリアの裕福な女子大生グループといえば、週末に仲良しグループで、パリにショッピング、ローマでパーチー、スイスでスキー、とかお気楽な大学生生活を満喫しているはずです。件のビデオでもコモ湖からミラノへの列車に乗っていた、というところからして、パリピ臭むんむんです。

彼女たちは、なんだかんだ言って、カソリックの家庭のお嬢様なので、アメリカやフランスの女子大生みたいに、女もガシガシ仕事するわよ、というよりは「いいとこ嫁いで、愛される奥様やってる方が楽」みたいな何処かの国の専業主婦みたいな発想もないわけではないです。日本の女性以上に子どもを産むことを期待されますし、カソリック系なので、夫ガチャがハズレて、ドメバイの浮気男だったとしても、離婚もしにくいです。

というわけで、このビデオが撮られたイタリア北部ではちょうど、中国系の人たちがどんどん入り始めた時期ですね。ビデオをアップしたのは、中国系ハーフのボーイフレンドをもつパキスタン系の女性だったかな?イタリア観光中で、現地のイタリア北部で中国系人口が増えていて、その軋轢もないでない、という状況をどのぐらい理解しているのかは怪しいです。

で、撮影されているミラネーゼの彼女たちの服装からして、ブランドもの持ってるし、長いストレートの髪のお手入れに相当カネ使ってる感じで、地元のミラノで増えている中国系の人たちに対しても、「最近、多いよね」ぐらいの認識しか持っていなかったとしても不思議ではありません。

しかも、二十歳前後の女子大生なんだから、箸が転がっても可笑しいお年頃。ニーハオの何がそんなに笑い転げられるほど、面白いねん?って気がしてきます。コモ湖を出てから既に時間も経ってるし、退屈してたんでしょうね。で、口を半分覆って、変な声でニーハオって言って笑い転げているわけです。ビデオをとっている彼女に対してもバカにしながら話しかけているわけでもなさそうです。

大事なことだから、もう1回書きますが、私はこのミラノ娘たちに何の落ち度もないと言っているのではありません。

日本だと、何かけしからんことをした個人がいたとして、その人が所属する学校だの企業だの、責任とれ、凸れ、クビ/退学にしろ、と騒ぐ人がいますが、彼女たちが人種差別的行為をしたことに、大学が責任を持つとか、退学・休学処分にするとか、そういう措置は取りません。むしろどの大学も「彼女たちに、そういう行為はよろしくないと、注意はしました。大学のミッションは、彼女たちを退学休学などで罰するのではなく、さらに教養豊かな人間になれるよう教育することにあります」などと発表してて、これはこれであっぱれな対処法だと思いました。

そうでなくても、名前や出身校など、既にdoxxingと呼ばれる身バレして、十分に社会制裁も受けていると思います。

彼女たちのうち1人はは、TikTok投稿者に対して、謝罪したようですし。その謝罪に対して、ビデオを撮っていた人は「あなたたちは、イタリアという国の評判を貶めた」みたいなこと書いていますが、そういう連帯責任的な考え方もヨーロッパにはありません。

最後に繰り返し、書いておきますが、私自身もアジア人として、非アジア圏の国で長く暮らして、tacit/implicitなど色々な差別を経験しているわけですが、差別を実際に経験して、そこからえられる教訓は、自らさまざまな形での差別を許さない、指摘する、屈しない、自ら意識的/無意識的にしているかもしれない差別を自覚し、繰り返さない、ということしかないんだよな、というところに落ち着くわけであります。

日本国内にいても、こういう文化的なコンテキストが理解できる部分もありながら、いわゆる帰国子女とか、出羽守だとか、差別的な扱いを受けることもあるわけですが、少しでも今回のTikTokの映像にコンテキストを付け加えられる部分があるなら、書いておこうと思った次第です。

もちろん、私なんかよりずっとイタリア生活が長く、歴史や文化にも通じ、その中でアジア系の人間が置かれた立場や歴史も理解できるという方々からの異論は拝聴する所存であります。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?