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月夜の公園(約1500字)|#ムーンリバー

夕暮れどきの公園に来てしまった。昼の公園は元気でしあわせそうな子どもたちが多すぎて、辛くなるから。

ベンチに座って、砂場をながめる。誰かが忘れていった小さな赤いスコップがひとつ落ちている。砂場の縁には、割れた泥だんごがそのままに。

ブランコは誰も乗っていないけれど、風に吹かれてほんの少し揺れている。もしかしたら、あの子が漕いでいる?いや…そんなことはない。だって、まだブランコに一人で乗れなかったから。

風がまだ少し冷たい。自販機で缶コーヒーを買う。飲むというより、カイロの代わりのような。


「今日の夕飯はなぁに?」
「ブリの照り焼きとポテトサラダよ」
「えーっ、ブリ?お魚じゃなくてお肉がいい!」
「もう買っちゃったから、また明日ね」


自販機の横を通り過ぎる、どこかの親子の会話。あの子の家の夕飯はブリの照り焼きなのね。私はどうしよう。何も作る気も食べる気もしないけれど。

いつしか日もとっぷりと暮れ、夕闇に包まれはじめた。誰もいない公園は、別世界のよう。私は缶コーヒーを両手で包みながら、またベンチに座る。

公園の奥の方にきらりと光る場所が見える。すべり台のゆるやかな銀色のスロープが月明かりに照らされて、さながら川のようだ。「月の川…ムーンリバーか」ひとりごちる。

あの子はすべり台が好きだったな。階段が怖くて初めは一人では登れなくて、でもすぐに登れるようになって。何度も何度もいつまでもすべり台で遊んでいたな。

月の光のすべり台の中に、あの子の姿が見えた気がした。あの子の笑い声も聞こえたような…

「…◯ちゃん…」


その時、誰かが私の肩をたたいた。


「ここにいたのか。さあ…帰ろう」
「もう少しだけ、ここにいたいの」
「そうか… 寒くないか」
「大丈夫、ほら」


私は手に持った缶コーヒーを夫の頬に当てた。夫も私のとなりに座る。周りがほとんど真っ暗で、なんだか二人きりの貸切映画館にいるような気がした。

月明かりに照らされたすべり台が目に入る。夫も私と同じような幻影を見ているようだ。光るすべり台を滑るあの子。まるで川を泳いでいるみたい。何度か滑るうちに、スロープ側から上に向かって登るしぐさを始めた。

「やだ、危ない!」
「大丈夫、黙って見ていよう」

何度か登る途中で滑り落ちていったが、諦めないでまた登りはじめる。そして、ついに…登りきった。すべり台のてっぺんで、バンザイをしている。ふと、私たちと目が合った。あの子は「やったー!」と言ってにっこり笑い… 月の光の中、すーっと消えてしまった。


すべり台は、ただ光っているだけのすべり台に戻った。夫と私は、エンドロールのない映画を見終わったような、いきなり放り出されたような気持ちになる。「えっ?!」と思いながら夫の顔を見ると、涙を流していて…涙の跡がキラキラと川のように光っていた。多分私の顔も同じだと思う。


「すべり台、十分楽しめて心残りないみたいね」
「僕たち、最高の瞬間が見れたんだね」
「もっと続きが見たかった…」
「ブランコの立ち漕ぎとかな…」


「さぁ、帰るか」
「何か買ってきたの?」
「寒いから鍋にしようかと。鶏肉とキャベツと…」
「切って煮込むだけだもんね。うふふ」
「しっかり食べて元気出さないとな」
「あの子に負けないように頑張らないとね」
「そうだな」


月に照らされた道を二人並んで家路をたどる。この人と二人なら、きっとどんなことでも乗り越えられる。大丈夫。

We’re after the same rainbow’s end,
waiting, round the bend
My Huckleberry Friend,
Moon River, and me

 Moon River より歌詞一部抜粋

[了]

多分同い年の… お会いしたことはないけれど、小さい頃からずっと仲良しだったような気がするNNさん。文才とかありませんが「いーれーてー!」の子どもような気持ちで、お題『ムーンリバー』に寄せて綴ってみました。
私の母が…長男(私の弟)を亡くして心が少し壊れ、それが原因で別れたのですが、もし夫(私の父)がちゃんと寄り添っていたら…とか思いながら書きました。(弟は五ヶ月しか生きていなかったけどね)

#ムーンリバー
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