見出し画像

背中

バレンタインが近くなると思い出すのは
寡黙な父が小走りで交番へ駆け込む後ろ姿。
あれは愛だったと思う。


✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎



高校2年のバレンタイン。

『女は度胸!やる時やらんでどーするねん!』
絹ちゃんにそう言われて、好きな人にチョコを渡そうと決めた。好きな人にも好きな人がいたけれど。

チョコレートムースを作るぞ。
お菓子を作ったことが1度もないのに、ムースなぞ難しそうなものをなぜ?
雑誌でおいしそうなレシピを見つけたからです。

まずは練習しないとね。
やってみた。
失敗した。
もう1回やってみた。
なんとかなった。
めぐみちゃんに味見してもらった。
オッケーをもらったぞ。

バレンタインの前日は日曜日。
やるならそこやな。
1日あればできるはず、しかも前日ってことは1番に渡す人になるやん。ふふふ。

決戦の日曜日。
失敗した時のために、材料は2回分を用意。
やっぱり1度失敗して、切羽詰まってちょっと泣きながら2回目。冷やし固めている間、気が気じゃなくて冷蔵庫の前で小さくうろうろしたりして。
よし、なんとかなったぽいぞ。
真ん中にクリームを絞っていちごを乗せる。

夕日はとっくに落ちて、すでに暗くなった頃。
慌てて着替える。
チョコレートムースの入った小さな紙袋を持って玄関で靴をはいていると後ろから母が、
『お父さん、車で待ってるで』

あ、ほんまや。
お父さん、車回してきてるやん。

『住所はわかってるんやろ?』
『うん』
『早よ乗り』
『うん』
『どこら辺や?』
『〇〇市××町』

車が動き出す。
寡黙な父と、緊張で固まっている娘。
静かな車内。

うつむいて、ふと気づいた自分の格好。
ざっくりした白いニットにデニムとスニーカー。
あれ、思ってたのと違う。なんでや。もちょっとかわいい感じで考えてたはずやのに。

住宅街に入って、車がゆっくり止まる。
黙ったまま父が車を降りて、小走りでかけてゆく。
その背中の先は…。
あ、交番。


戻ってきた父が言う。
『そこの角、右に曲がって3件目やて。ほな、お父さんここで待ってるから』

うなずいて車を降りてから、なんだかつられて小走りで角を右に曲がる。
箱の中でいちごが転がったように思う。
それでも渡せてよかった。

寡黙父のおかげで、渡せた。


✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎


高校2年の多感なお年頃、父に送られてバレンタインのチョコを渡しにゆく。
調子に乗って笑い話にしてたけれど、これは愛のエピソードなのかもしれない。

ちょっと泣きながらチョコレートムースを作る娘。その悲壮感でいっぱいな娘は、ようやく作り上げたと思ったら電話をして、いまさら彼の在宅確認をしてさらには住所を聞いている。びっくりした父は黙って車を出しにゆき、母がそれをわたしに伝えてきた。らしいです。
なにその『夫婦 阿吽の呼吸』みたいなやつ。

そして、父は住所で大体の場所はわかったけれど、詳しいところまではわからない。近くまで来たはずだけど、さてどうしたものかと思っていたところ、運よく交番があって、彼の家はそのすぐそばだった。という感じ。


父は甘いものが好き。
お煎餅やおかきなど、しょっぱいお菓子が好きなことは知っていたけれど、スイーツ全般好きだと知ったのは4〜5年前のこと。
去年は洋菓子を送ったので、今年は和菓子にしようかなと思っております。
寡黙な父とおちょけな母。
ふたりの大好きなたねやのあんみつにしようかな。
一緒に楽しめるように、あれこれ2つづつ、セットにしてもらおう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?