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夫語録③

夫語録シリーズのその3。前回はこちらからどうぞ。


引っ越しに向けて家の片付けも佳境を迎えている。

今日は冷蔵庫の中にあるものをどんどん処分する日だった。一人で自炊をする日々よ、さようなら。

何回石鹸で洗ってもバニラエッセンスの香りにまみれている手で一息。

優しい記憶を1つ呼び覚まそう。


「俺はそうは思ってないかな。」

これは、結婚する前の時代、わたしがふと漏らしたある言葉に夫が返した言葉だ。

わたしたちは、知り合ってわずか10日間ほどで付き合うことになったのだが、その後数か月ほどして、わたしたちはどんどん打ち解け、早くもフレッシュさが失われるほどに距離を縮めていった。

当時から、足りない部分を補い合う、という言葉がぴったりの関係で、わたしはすっかり安らぎを感じていた。恋人というよりも「相方」という言葉の方がしっくりくるくらいだった。

気づいたら、「もっと早く出会えてたら、もっとよかったのになぁ」と漏らしてしまった。

それに対して夫が言った言葉が、「俺はそうは思ってないかな。」だった。

夫は、わたしの気持ちに合わせて共感するために自分の意見を無理矢理曲げるというようなことはしない。穏やかにではあるが否定もするし、自分の意見を提示してくる。

かつて、その時衝動的に湧いた感情に、形だけでも共感して、いや、共感まではしてくれなくていいから、ただ聴いていてほしいと思ってしまったことも、正直なところ、無くもない。

それでも、これが、わたしに対する夫なりの向き合い方であることも知っているし、彼の良いところであるとも認識している。


実際、「早く出会えたら」説に夫が「俺はそうは思ってないかな。」と言ったことには背景がある。

まずは、子ども~学生時代。

夫は生き物を育てるのが好きな優しくおっとりした子、わたしは人懐こく、おしゃべりといたずらが大好きで乱暴でがさつ、おてんばの典型だった。子どもの頃出会っていたら、まず一緒に遊ぶことはなかっただろうし、わたしは夫に嫌われていたに違いない。

大学時代、わたしは外国語の勉強にのめりこんでいたし、夫は勉強そっちのけでバイトに明け暮れていたから、仮にここで出会ったとしても、接点は皆無だっただろう。


次に社会人時代。

入社して数年間はお互いがむしゃらに仕事に取り組む日々。それぞれが振り返っても、「かなり尖っていた」と振り返る。

さらに実は夫、ここ数年前までは、海外に全く興味のない人だった。

入社後、国内で仕事を積み上げてきた彼の初めての海外は、数年前の異動後の出張だったという。そこから出張ベースでたくさんの国に飛び、なんと海外好きの私の渡航歴より夫の渡航歴国数の方が多い。

そこから海外により興味を持つようになり、特に東南アジアが好きになった。さらに手を挙げてイタリア駐在も経験した。その駐在を経て、「自立していて、仕事で海外に住んだことがある人」が未来の彼女の条件になった。

奇しくもわたしは、2016年12月~2017年6月にインドネシアに駐在していた。このときの詳細はまたいつか書いてみたいが、現地のメンバーと沢山言葉を交わし、歩き回り、異文化で不慣れな生活をしたりと、苦労もあったが、かけがえのない宝物になった。

2017年11月、夫がイタリアから帰国。

2017年のクリスマス、わたしは約1年半片思いしていた男性にあっさりと振られた。2018年からは気持ちを切り替えてパートナーを見つけよう、と心を固める。

そして、2018年3月末、二人は出会うことになった。

お互いにそれぞれの道で下積みを経験し、海外勤務を経験する中で物の捉え方が変わったり、共通項が出来たりしたからこそ、出会ってもただすれ違うだけで終わらずに、ご縁を大切にすることができた。

今振り返れば、出会うまでに年月を重ねたことは、パートナーになるためには必然だった。何年も前でなくて、2018年の時点でのわたしたちが出会うことができて、本当によかった。


だからこそ、夫の返しの「俺はそうは思ってないかな。」を受けたとき、

その言葉の意味にはっとして、ただその言葉がじんわりと温かく沁みていくのを体中で感じていた。


わたしあのとき何も言って返さなかったと思うけど、嬉しかったんだよ。

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