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写真集 NUBA うちにあって 日本の一般家庭の1%未満にしかないと思うものを挙げてみる その19

昭和の地方都市の高校生だった時、西武百貨店の催事場で「ヌバ」という写真展を見ました。
友達と二人、ポスターを見て
「見てみたい!」
と同意しあって入るまで、そのヌバというのが何なのか、写真を撮った人が誰なのかも知りませんでした。上の写真と、下の写真などを用いたポスターの人物達に興味を持ったのでした。

PARCO出版


被写体であるヌバ族の人々と、内側ボアのコートとブーツを着込んだ日本の北国の女子高生は、人間として対極にいそうなのですが、中に入って歩を進めるごとにその世界に魅入っていきました。

スーダンに住むカウヌバとマサキンヌバという二つの種族は、それぞれ大層美しい肉体を持ち、その肉体を誇示するように体に斬新なペインティングをしたり、オイルを塗りこんでツヤッツヤにしたり、女性は苦痛に耐えて刺青〜というより皮膚を傷つけることによるケロイド状に盛り上がりを描く〜を施したりしています。
また身体能力も同じ高みにあるようで、赤銅色の岩肌に立つ槍を掲げた複数の戦士たちの写真も、全裸でダンスをする少女達の姿も、自分たちのような未熟で歪んだところのない、野生動物のような身のこなしを容易に想像させました。

裏表紙



その肉体の美しさは、下世話なヌードとは全く違う崇高で気高い感じがしました。
そこには男たちの性器も、少女達の肩のすぐ下という高い位置につている乳房も、ダンスパーティーで裸の娘達が男の肩に足をかけまるで性器を誇示するように踊り、男はうなだれたままやり過ごしている場面まで写っていましたが、彫刻のようで絵画のようで、エロさとは全く無縁でした。

二人ともすっかり惹かれてしまいました。翌日以降学校で同級生に勧めまくりましたが、あまり乗ってくる人はいません。何人かはいたような気はしますが、反応は
「良いんだろうけど男と行くもんじゃない」(彼女は彼氏と見た)
「見てきたよ、一人で」(それだけだった。一緒に良さを語ってはくれない)
だったので、あまり女子高生と親和性の高い写真とは言えなかったのでしょう。

友だちとは、終わる前にもう一度見たいと再び合意し、最終日に訪れたと思います。
ただヌバ族の美しさを見たかったのですが、写真展のそれなりの部分は、写真家であるレニ リーフェンシュタールの紹介に割かれていました。
そちらは「これを撮ったイメージと違うキレイめの女の人」「なぜここでナチスとか出てくるの?」みたいな認識で当事はスルーしていました。

で、写真展最終日の夕方、西武デパートのエスカレーター横に貼られた大きなポスターを二人で未練がましく見つめていました。もちろん展示の出口にはポスターも写真集も売られていましたが、今手元にある当事の写真集の定価は5300円。高校生のお小遣いで買えるものではありませんでした。
入場券にもチラシにも使われたこの憂いを含んだようなマサキンヌバの男のポートレートの特大ポスターを眺めて
「明日からはこのポスター剥がされて一体どこに行くんだろう」
とため息をついていました。友達が
「捨てられるとしたらもらえないかダメで元々で聞いてみよう!」
と言い出しまいた。そしてお客様窓口のようなところでおずおずと切り出されることになりました。
結果、うまくいきました。
今なら正規の販売品でないものを「いらないならくれ」ということは暴挙でしょうが、昭和という時代、お金はないがNUBAにひどく感動して写真展に二度も入った高校生の熱い思いをお店の人は汲んでくれ、
「今日は展示中なので後日取りに来てくれるなら」
と言われ、その後日には事務室のえらい人(っぽい)が筒状に巻いたポスターを渡してくれました。素晴らしかったというとうれしそうにニコニコしてこちらもニコニコして確か雪の中大喜びで家に持ち帰りました。

実はこの写真は、17歳から23歳までの私の自室に貼られて、人格形成時期の私の一部始終をずっと見たり見られたりしていました。
実家の部屋から進学に伴って越した部屋、次の風呂付きの部屋、その次の2階角部屋まで、引越しの度大事にクルクル丸めては一番目立つところに貼られていました。
それはとても大きいポスターで、
畳半畳というか、押入れのふすま大
はあったので、扉を開けてすぐの壁とか襖を裏返してキャンバスのようにして貼り付けたり、訪れた人が息を呑むような存在感でした。
笑い出す人も多かったけれど、自分としてはあまりに気に入っていたので受け入れてくれる人となら友達になれそうとまで思っていました。

写真集は当時の彼氏が21歳の誕生プレゼントにくれた物です。
写真家のレニと似た名前の彼ともよく広げたので、あるページに鉛筆のデッサンがずっとはさまったままです。
もらった物の中でも一番うれしかった。
自分の破壊的行動で彼を失うことになったのですが、多分この写真集はずっと手放さないと思います。

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