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最期に何を飲む? 

 病院で使っているとろみ剤が値上がりすることになり、新しいとろみ剤を採用することになった。とろみ剤とは、お茶などの飲み物や、汁のある食事に混ぜてとろみを付けるためのもの。飲み込み(嚥下)に問題があり、サラサラの水分を摂ると、気管や肺に誤って入ってしまうような方に使う。

 飲み込みの障害は、加齢によっても起こるし、脳梗塞やパーキンソン病のような神経の病気や、食道や喉頭のがんの手術後にも起こる。

 新しく採用するとろみ剤の候補は2つあり、スタッフが集まって試飲会をした。とろみ剤A、とろみ剤B、のスティック剤が一本ずつ、各スタッフに配られた。そして2つのコップにきれいな赤茶色のお茶が注がれた。ルイボスティーであった。師長さんがたくさん煮出して作っておいてくれた。会議中の試飲であったが、カフェ気分だ。

 さあ、さっそくとろみを付けてみよう。スティックの中の粉末をお茶に入れ、マドラーでかき混ぜる。Aの粉末はさっと溶けて、ダマになりづらい。しかしお茶の色が少し黒っぽくなった。Bの方はルイボスティーのきれいな色は保たれるが、5mmくらいのダマダマが残ってしまった。

 とろみにはいろいろな濃さがあり、私の職場では、一番サラサラの牛乳状からソース状、ヨーグルト状、はちみつ状と、濃さが上がっていき、とろみ剤の比率が最も多いのがジュレ状になる。

 一定量の水分に対し、溶かすとろみ剤の量が決まっている。各患者さんに必要なとろみの状態は、テーブル上や病室の壁など、皆の目につく場所に掲示してある。食事前などの慌ただしい中で、間違いのないように作らなければならない。

 だからダマにならず、素早く溶けて、いつでも同じようなとろみを再現できる製品が望まれる。その点ではAが有利である。

 とろみ茶を飲んでみる。

 ダマの少ないA。まあこんなものか。ちょっとざらっとした感じのとろみである。よく見てみると、0.1mmほどの超微細な粒子がたくさん認められる。とても小さいが、これも一応ダマと言えるか。

 次にBはどうか。

 ルイボスティーの独特の、日なたの香りが口内に広がった。美味しい。

 思わず隣のスタッフと顔を見合わせ、お互いにニンマリ。これが本来のお茶の風味だ。ダマはあるが喉ごしがツルッとして飲みやすい。Aのお茶を再び飲んでみた。なんだか苦くて香りがなく、はっきり言って不味い。

 味としては断然、Bに軍配が上がる。しかしダマは?

 ダマはあるものの、とろみはしっかり付いており、ツルッとしていてスムーズに飲み込める。ひとりのリハビリスタッフは、「私のBはダマになっていたけど、時間が経ったら溶けた」という。他の数名も同意見。私のBコップは、美味しくて飲み進めてしまい、お茶が0.5mmほどしか残っていなくて、よくわからない。カフェ気分でゴクゴク飲んでしまっていた自分が少し恥ずかしい。

 この後牛乳でさらに飲み比べ。不思議なことに、牛乳だと両方とも美味しい。結局Bが採用されることにに決まった。

 一般的に、とろみ剤でとろみを付けると、風味がなくなってしまうと言われてきた。コーヒーはただ苦いだけの水になってしまう。

 とろみをつけた途端、水分を取らなくなり、脱水となる高齢の患者さんはよく見かける。とろみ剤も日々進化しており、現在のものは第3世代。

 ビールやサイダーなどの炭酸飲料の、シュワッとした爽快感を損なわずにとろみをつけられる商品も出てきているとのこと。がんなどの病気で終末期を迎えている方が、飲み込む力が落ちているけれど、ビールをどうしても飲みたいという場合に重宝するようだ。

 生活の質を保つ商品が、どんどん開発されると嬉しい。

 死が近くなったら私は何を飲みたいか。考えておこう。
 
 

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