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時効です(後編)

帰る時間が迫り始め、名残惜しいがお互いの腕を解いて解散した。

家までの道を歩いていると、さっきまでのぬくもりや空気を思い出して思わず叫びたくなった。
私はスマホを取り出し、唯一の親友Aに連絡を入れた

Aは同じマンションに住んでいて、小学生の時からの親友だ。互いの歴代の恋愛事情や悩みごとから、どうでもいい日常の他愛ない話まで、すべて知っていた。同じ塾に通っていたので先生のこともよく知っている。
私はどうしたらいいのか分からないこの感情を打ち明けて、どこかあっけらかんとしたAの言葉を聞きたかった。すぐにAは駆けつけてくれた。
電話でよかったのに、と言うと、すぐ下だからと笑って答えてくれる。その姿を見て少し安心した。

先生との事の顛末をすべて話す。

「えー、でも良かったんじゃないの?好きなんでしょ?」

好きなのには変わらないけど…と吃る。

「せっかく付き合えたんだから良かったじゃん。
□□(先生のあだ名)彼女大事にしそうだし。」

まずは付き合えたこと素直に喜びなよー、こんな奇跡めったにないよー?
そう言って笑っている。

こうしてあっけらかんと言われると確かに、と思えてしまう。
その後デート中に何を話しただとか、車内でのことを事細かに聞かれ、女子トークが始まった。
Aのおかげで高鳴り続けていた心臓も落ち着き、平然とした顔で自宅に戻ることができた。

その夜、先生にLINEを入れた。今日のお礼と、これからよろしくお願いします、と文字を打った。なんだかうまい言葉が出てこなくて淡白な文になってしまった。すぐに返信が来る。

『またふらふらとお出かけ付き合ってくれてありがとう
あと今日はいきなりでごめんね。強引だったし、お互い忙しいし、他の人たちみたいにはいかないかもしれないけど、何より大好きだし、いつでも味方だから』

本当に先生と付き合ったんだ、と実感が湧く。再び心臓がとくとくと鳴り始める。その日は何度も何度もその文を読み返し、床についた。

先生は教員としての通常の業務ですら大変な上、バスケットボール部の顧問まで持つことになったため、かなり忙しかったと思う。赴任した中学校のバスケットボール部は強豪らしく、遠征も多い。私宛の返信が空くこともあった。
しかし、私自身も吹奏楽部に入部して忙しい日が多かったこともあり、そこまで不満に思うこともなかった。寂しく思うことがあっても、連絡が遅くなったことへの謝罪と、私に送られた優しい文面が何より嬉しかったし、デートの日があれば『その日まで頑張ろう』と踏ん張れた。

そんな充実した日常を送って2ヶ月が経とうとしていた頃、
AからLINEが来る。

『今から散歩せん?』

私は何かあったなと察知する。
Aに急に呼ばれるのは何かあって話を聞いてほしいときが多い。今下に降りる、と連絡して近所をふらふらと歩いた。


「□□のことなんだけどさ」

急に先生の名前が出てきたことにドキッとする。
てっきり好きな人でもできたのかと思っていた。

「あんまりうまく言えないけど、やめたほうがいいかもしれない」

私は予想もしていなかった言葉に再び驚き、なにも答えられなかった。急に何を言い出しているんだろう。

「あのね、私この間塾に遊びに行ってB先生とC先生に会ったんよ。それで、『□□と〇〇さんてプライベートで会ったりしてる?』って探り入れられて、咄嗟に知らない振りをしたのね。
そしたら『あいつはやめたほうがいい』って2人もと言ってて…」

B先生とC先生は先生の高校からの友達で、仲良し3人組でバイトをしていた。その2人が言うには、一回り年下の女の子に何度も手を出していたり、半年も経たずに違う人に乗り換えるというのだ。だからもし付き合う前なのであれば、早いうちに手を引いたほうがいい、そう言っていたという。

私は黙ってそれを聞いていた。私は今までの人たちとは違う、そう思っていたかった。
土手沿いを歩く私達を夕焼けが包み込んでいる。

「先生たちには実は付き合ってるっていうこと言った?」

「言っちゃった。実は知ってて付き合ってるっていうのも知ってたって。2人とも心配してたよ。」

ごめんと言うAに、私は首を横に振る。
みんな心配して言ってくれていることだ。そのことに対して怒る気持ちは全くなかった。
先生たちは『□□に探りを入れてみるわ』と言ってくださり、私はもう少し様子を見ることにした。

先生からのLINEは相変わらず優しかった。しかし、以前のように喜べなくなった。その文面を疑い、そのくせ先生から返信が来てないか何度もチェックして、浮気を必要以上に心配した。私は完全に先生を信用できなくなっていた。

当時の私は忙しいのにこれ以上負担をかけたくない、と先生の前では不安に蓋をし続けた。それが最善だと。あのとき素直に打ち明けていたらもう少し違ったのかもしれないと今は思う。

そうしているうちに会う頻度も、連絡する頻度もどんどん少なくなっていった。2日から4日、1週間、2週間、と返信は遅くなった。最後に会ったのはいつだったろうか、もう遠い記憶の中だった。


気づけば12月。先生へ誕生日のメッセージを送る。

返事はなく、既読すらつかなかった。
私達の関係が終わりを告げたことがわかった。


1月。先生へ別れのメッセージを送る。

『お付き合いを解消させていただきます。
今までありがとうございました。お貸ししていた本は差し上げます。』

見るかどうかも分からない文章を最後に送った。


それから何度も年を越し、私は今、全く別の人と付き合っている。どんなときでも大事にしてくれるとても優しくて大好きな彼だ。


先生のことはもう好きではないけれど、私はこの犯した間違いについて時々思い耽る。

未だに先生からの返事は来ていない。






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