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光の先に(エッセイ)エッセイコンクール応募作品


木漏れ日が、ゆらゆらと目の前を照らす。夏の終わりに秋の気配を頬に感じ、長く続く石の階段を、七年振りにゆっくり上り始めた。『あの旅を思い出しながら』

三十代に入り、私のインスタグラムには、『#一人旅』のハッシュタグが付くようになった。結婚や子育てで、友人達と時間が合わなくなり女子旅をする事が難しくなったからだ。

旅に出始めた頃、「一人旅はひとりの旅」だと思い、必要以上に人と関わらない旅をしていたが、ある人との出会いによって、それは変わった。


あれは、関西の山深い場所にある、シャクナゲが見事に彩る古寺へ行った時の事。
時間を気にせずに乗った電車は、最寄り駅に着いたのだが、想定外の事が起きた。どうやらバスが一時間半後まで無いようだ。

歩いて行ける距離だろうか?と、スマートフォンで地図を確認していると、
「えー、次、十三時?…タクシーあるかな」
という声に振り返ると、時刻表を見入っている女性の姿。五十代くらいだろうか、お互い目が合い、笑顔が近づいて飛んできた。

「お寺に行きます?タクシー呼ぶから、もしよかったら一緒に乗りますか?」

と、勢いよく言われたので、遠慮する間も無く小刻みに首を二回縦に振った。

少し緊張した空気を乗せたタクシーは、緑濃く自然豊かで長閑な町並みを通り、一五分程で目的地に到着。

新潟から来たというその女性は、息子さんから航空チケットをプレゼントされ、人生初めて一人で旅行中なのだと、嬉しそうに話してくれた。


女性の話が途切れないので、そのまま長く続く石の階段を一緒に上ると、風格のある立派な五重塔が見え、思わず足が止まる。

幾星霜の時代を超えて、多くの人達が何かを願い、この場所を訪れたのだろうか。


女性の和やかな雰囲気もあり、苦手なはずの自分の事を自然に話しながら、心の角が取れていくのを感じていた。

包み込む優しさを纏った仏様を前に、厳かな空間に輪を描きながら広がっていく「おりん」の柔らかく深い音が、端へ端へと小さく届くまでの間、この偶然が重なった出会いに喜びを感じながら、手を合わせていた。

 ゆっくり目を開けると、
「お二人は親子ですか?」
 と、お寺の方に尋ねられ、
「いえいえ、さっき駅で一緒になったんですよ、ね!こんな風に一緒に行ってくれる娘がいたらいいんですけどー」

 と、明るい声が端へ広がる。

「ご縁に感謝ですね」と、笑顔を合わせた。

 そして、一期一会のご縁を乗せた電車は、私達を別々の日常へ降ろした。


それからも私は、国内や海外と、様々な場所で同じように旅をしている人と出会い、一人だけれど『一人じゃない旅』は続いた。

その土地の空気、食べ物や歴史、言葉に触れ、そこから何かを感じることで得た価値観や知識が、今の私を作っている。

「一人旅」だからこそ、同じ時に同じ場所で出会うご縁によって、旅の思い出が何倍も深くなれたりもする。

その事を初めて感じた出会いの旅だったから、七年経つ今もこうして思い出すのかもしれない。そして、

 『一人旅に出た理由はもうひとつ。』

私は、二十代の頃から自己肯定感が低く、自分がよく分からず、基本的に人と関わることが苦手だった。そんな自分を、一人で知らない場所に行く事で変えたいと思っていたからだ。 

沢山の旅での経験や出会いで、心の波が穏やかになり、よく笑う様になったと思う。

四十代になった今は、人との縁に感謝しながら、人に喜んで貰える仕事をし、そして時々、リフレッシュをしに旅に出る。

「今、この瞬間を大事に」して。

息を切らしながら石の階段を上り切ると、見覚えのある景色が見えた。
もう一度訪れてみたかった「この場所」で、あの女性への感謝と、幸せを願う。

第8回藤原正彦エッセイコンクール応募作品 #一人旅より

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