オアシス音痴
ワシは極度の方向音痴だ。
ワシはそのせいで昔からいじめられてきた。
「やーい!方向音痴!普通の道を歩めないならば自分だけの道を進め!」
「やーいやーい!方向音痴!お前にしか歩めない道があるのでは!」
「やーい!方向音痴!最短距離だけが正解じゃないかも!」
「やーい!方向音痴!お前の足跡が後に誰かの目指す道になり得る!」
そんなことを言ってきたクソ野郎共が、今では立派な大人になって幸せを手にしているらしく、世の中は不公平だと嘆く。
見えている建物をめがけて歩くならわかる。
遠くにあって見えない建物に向かって歩いて到着できる、これは実は凄いことではないのか。
ワシにはそれができない。
それができる人間は、ワシの羨望と憎しみの対象に他ならない。
加えてワシは極度の暑がりだ。
冬なら着込めばなんとかなるが、夏は全裸でも変わらず暑い。
昔、町を全裸で歩いていたとき全身から汗が噴き出していたのだが、公園の子供達が、
「うわー!妖怪噴水人間!」
と罵ってきたので、
「抱きしめるぞ!」
と言って蹴散らしたものだ。
しかし、ワシも妖怪と言われるほどに汗が出ている自覚はあった。
どうにかしたくて、どこか冷房が効いたところに入ろうと思った。
冷房が効いたところと言えば図書館だなと思いついた。
だので図書館に向かうことにしたが、前述の通りワシは方向音痴。
何となくあの辺だというイメージはぼんやりと浮かぶが、道筋はわからない。
まあとりあえず歩いて行くかと思って歩き出した。
歩いていると横断歩道に差し掛かった。
信号待ちで止まっているときというのも、これまたジワジワ暑さがこみ上げる。
ワシから吹き出た汗が広範囲の水溜りとなり、人々がそれを避けて遠ざかっていく。
ワシはちょっとムカついて、チッと舌打ちをしてから犬のようにブルブルブルと体を震わせてやった。
そうしてちょっとした悲鳴が上がる頃には、信号が青に変わりワシはまた歩き始めた。
暑さで朦朧としながら図書館を目指していると、ちょうど砂漠でオアシスの幻が見えるような具合で、色んな建物が図書館に見えてくる。
ワシは、図書館を発見したつもりで建物に入ったが、気づけばそこはマクドナルドだった。
せっかくだし水でももらおうかと思ってレジに行くも店員さんの顔が引きつっている。
「何だい、その顔。…じゃあスマイルください。ほら、スマイルひとつ。」
店員さんはスマイルもくれずに奥へ逃げていった。
ワシはまたちょっとムカついて犬のように体を震わせてから退店した。
また歩いていると、再び図書館と思わしき建物があったので入った。
しかしそこは服屋だった。
普通の人だったら、今ちょうど全裸だし服でも買っていくか!となるのだろうが、ワシは極度の暑がりなので服はいらない。
ムカついたわけではなかったが、一応犬のように体を震わせてから退店した。
次にたどり着いた建物は風俗店だった。
「お客さん、最初から全裸だなんていくら何でも準備が良すぎるというか何というか…。」
と黒服に言われたが、
「バカもの!間違えただけだ!」
と言い返した。
「間違えて全裸ってどういうことですか。」
「間違えてきちゃったの!!」
「着ちゃった?服を?全裸なのに?」
ワシは黒服がやかましくて泣いちゃったのだが、幸い全身から噴き出す汗でかき消されて恥ずかしい思いはせずに済んだ。
ワシはその後も手当たり次第に建物に入ったが、なかなか図書館には到着しない。
そして次に着いたのは幼稚園だった。
ちょうどプールの時間が終わったとこらしい。
ワシが暑さにフラつきながら歩いていると、裸の幼稚園児たちが、わーわーはしゃぎながら走ってきた。
ワシもちょうど全裸だったので、一緒にわーわー言って駆け出した。
すると園児たちが走りながら言った。
「うわあ!変な人がいるー!」
「うわ!ほんとだ!へんたいだ!!」
「変な人だー!」
ワシは加速して、園児たちを追い越し先回りした。
「何が変だ?君たちとワシは同じ格好だよ。同じ格好して、同じようにはしゃいで走ってるのに、ワシだけ変なの?」
園児たちは困って黙る。
「何で変なのか言ってみなさいよ!」
ワシはきつい口調で言った。
園児たちは緊張で固まり、中には泣き出す子もいた。
「……なれるよ。」
「なーみーだーのーかーずだーけーつーよーくーなーれーるよ。」
園児たちは黙っている。
ワシはもう一度、強めに歌った。
「なーみーだーのーかーずだーけーつーよーくーなーれーるよ!?」
少し間が空いたが、園児たちが続けた。
「…あーしーたーはーくーるよ、きーみーのーたーめにー。」
「よろしい。」
ワシはにっこりしながらそう言って図書館探しを再開しようとしたが、そのとき園児がこう言った。
「おじさん、どこ行くの?」
「ワシはね、図書館を探しているんだ。」
「図書館なら、幼稚園を出て右に行ったところにある交差点で、左に曲がって行ったらあるよ。」
「君にはここから見えるの?」
「え。」
「君には図書館がここから見えるの?」
「え、見えないけど…。」
「見えないなら行けなくない?」
「え…。」
「じゃあ君にはここからスカイツリーが見える?」
「見えない。」
「スカイツリーが東京にあるって知ってる?」
「知ってる。」
「じゃあ君はスカイツリーにたどり着ける?」
「できない。」
「ほら!ほらあ!スカイツリーが東京にあることは知ってても遠くて見えないところにあるからたどり着けないんじゃん!」
「え、それとこれとは…」
「たどり着けないんじゃんか!!」
そう教えてあげると、園児はまた泣きそうになった。
「なーみーだーのーかーずだーけー。」
「…。」
「なーみーだーのーかーずだーけー!!」
「…つーよーくーなーれーるよ。」
ワシはまたにっこりして幼稚園を後にした。
あの園児が言っていたことを一応試してみるかと思い、幼稚園を右に出て、差し掛かった交差点を左に曲がった。
図書館にたどり着いた。
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ワシのことを超一流であり続けさせてくださる読者の皆様に、いつも心からありがとうと言いたいです。