キクラゲムービング
この都会の街にはゴキブリが多すぎる…。
路地を歩けば道端にゴキブリが見つかる。
たくさんの人がいて、たくさんのゴミがあるからだろう。
ある晩は、上司に晩ご飯に連れて行ってもらった。
路地に入ったところにある中華料理店だった。
感染症対策で解放された入り口付近の席に案内された。
生ビールと適当な料理を頼んで食事をしていると、ふと視界の端にちょこまかと動くゴキブリを見つけた。
入店しようかどうかと迷うようなムービングを披露してきた。
ワシは足で地面を叩いて追い払った。
ワシはゴキブリがかなり嫌いだ。
同じく子供の頃からずっと嫌いだったクモは多少克服できたが、ゴキブリに対する恐怖や嫌悪は変わらない。
ゴキブリを追い払った後も、また入店しようとやってくるのではないかと気になり、上司の話にも空返事で目線は入り口付近に行ってしまう。
しばらくすると、やはり、またもゴキブリが視界に入った。
しかし、今度はサイズが一回り小さく、子供のようだ。
ゴキブリファミリーがここをゴキブリのファミレスだと思っているのではないかと思うと、一層ぞっとした。
ワシはまた足で地面を叩いて追い払った。
視線を店内に戻すとき、テーブルの上のキクラゲが、一瞬ゴキブリに見えた。
ワシは思わずビクッとしてしまった。
上司に、どうかしたのか、と尋ねられたが、「一瞬ゴキブリがいるかと思って」なんて言ったら上司の酒を不味くしてしまうと思い、いやぁなんでもないですよとごまかした。
そのうち、上司はだんだん話に調子が出てきたみたいで、ラストオーダーが過ぎても話終わる気配がない。
一方でワシはゴキブリが接近していないかが気になり、早く店を出たい一心だった。
そうこうしていると、上司が、「君、彼女はいる?」
と聞いてきた。
ワシは、いないですよ、と答えたのだが、上司は、
「ディズニーのチケットあげるから、カップルで行きなさい!自分は使わないから」と言って、チケットをくれた。
正直ディズニーファンでもなかったし、むしろ最近、路地を歩いていたとき、建物の隙間から、なかなかの剣幕でネズミの鳴き声が聞こえるのが気持ち悪くて、ネズミのことを思い浮かべるのも嫌だった。
さらには、ディズニーランドのどこかしらにもゴキブリはいるんだろうな、夢の国にさえゴキブリが現れるんだな、と思うと、余計嫌な気持ちになった。
ゴキブリやネズミが蔓延るこの街がだんだん恐ろしくなってきたワシであった。
なんとかゴキブリの入店を阻止し切って食事は終わり、それぞれの帰路についた。
電車に乗ると、カップルがいちゃついていた。
カップルにディズニーのチケットを差し出すと、目を見開いて、奪い取るように手に取った。
ワシはなんだかゾッとした。
降車駅に着き、なんだか今日はゾッとしてばかりだなと思いながら歩いていた。
駅を出て、なんとなくスマホをいじろうと目線を下にやると、またもや地面にゴキブリがいた。
うわっ!と言って、サッと離れた。
ゴキブリ側もサッと離れた。
最後の最後まで気色が悪い一日だなと思った。
ゴキブリとネズミに覆い尽くされたこの不気味な都会の街に、どうしてこんなにも人々が集まり、またいつまでもしがみつくのだろうと真剣に疑問だった。
そういえば、田舎で見るゴキブリより、都会で見るゴキブリの方が、後を引く気味の悪さがあるなと思った。
都会は街全体が人間のための生活圏であるが、そこに露骨に姿を見せてくる生き物は、ミミズでもオケラでもアメンボでもなく、ゴキブリばかりだ。
ゴキブリだけがこんなにも人間の生活圏に足を踏み入れ、大手を振って暮らしている。
ゴキブリが、人間の生活圏、すなわちこの街全体の至るところに蠢いていることを想像してしまう。
ビルの隙間、道端の側溝、そこら辺のゴミ袋、飲食店内…。
つい想像してしまい、本当に気味が悪い。
ここで暮らす人々はみんな、ゴキブリの存在を必死で忘れようとドラッグでも服用しているのではないかとさえ思った。
いや、それは行き過ぎた想像だな、と思っていたら、また足元にゴキブリがいた。
「それは行き過ぎた想像だな」と言ってきた。
ワシは小走りで家路を急いだ。
その際、カップルとすれ違った。
「あの人、なんかめっちゃカサカサ走ってない?ゴキブリみたい」
「やめろや〜」
そう言ってケラケラ笑っていた。
ここはゴキブリの街、ワシがここにいる理由もわかったかも。
それからはあまり堂々と人前に出られなくなり、外出するときは常にブラックキャップを被るようになった。
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ワシのことを超一流であり続けさせてくださる読者の皆様に、いつも心からありがとうと言いたいです。