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短編小説「口笛を吹けば」 #KUKUMU

 おつかいからの帰り道、コウイチはうれしいやら、情けないやら、複雑な気分になっていた。上着のポケットの中で、銀紙に包まれたキャラメルを転がす。
 
 良いことがあった。商店街で、同じクラスのスミレにばったりと会ったのだ。4年1組の中だったらスミレが一番かわいいと、コウイチはひそかに思っている。
 さらにうれしいことに、そんなスミレがキャラメルをひとつ分けてくれたのだ。
 
 それなのに。
 
 はぁ。コウイチは深くため息をついた。
「ありがとう」のひと言が言えなかったのだ。
 
 普段なら、きっと言えた。そう思うからこそ、いっそう悔しい。タイミングが悪かったと言い訳したい。ゲームで遊びたかったのに、「おつかいに行きなさい」なんて言われて、機嫌が悪かったんだ。突然スミレと出くわしたものだから、びっくりしたんだ。それに買い物袋から飛び出ている長ネギを見られるのも、決まりが悪かった。
 
「キャラメル、いる?」
「あ、うん。べつに」
 
 思い出すだけで汗が出る。
 コウイチはぴゅうと高く口笛を吹いた。そうでもしないと、さっきのやりとりのことをずっと考えてしまいそうだった。
 
 きらきらひかる おそらのほしよ
 まばたきしては みんなをみてる
 きらきらひかる おそらのほしよ
 
「きらきら星」のメロディをくり返しながら、だけどポケットの中の指は、ずっとキャラメルの包みに触れていた。

 角を曲がろうとした時のことだった。曲がり角から勢いよく、細長い何かが飛び出してきた。
 
「うわぁっ」
 コウイチは思わず声をあげ、しりもちをついた。その拍子に、キャラメルがポケットから転がり落ちた。アスファルトの上で、銀色の包装紙がきらりと光った。
 
「危ないっ」
 ヒモのような体の先っちょにある口が、大きく開いて叫んだ。叫んだ拍子に、口からぽとりと銀色の何かが落ち、転がる。
 コウイチの背丈の半分ほどの体長に、枯れ草のような色のうろこ。つぶらと言っていい丸い目がふたつ。どう見てもへびだ。……待てよ、このへび、今しゃべった?

 コウイチが口をパクパクさせていると、へびは申し訳なさそうな声色で言った。若い男の声だった。
 
「いたたたた……。ごめん、急いでいて。ケガはなかったかい?」
「え、その……うん」
 コウイチがうなずくと、へびは安心したようにほほえんだ。もともと笑ったような顔のつくりをしているが、明らかにそれはへびの笑顔だった。
 
「よかった。……あぁ、わたしはもう行かなくては! 失敬」
 へびは銀色の包みを口でくわえなおすと、大きな体をうねらせて、道の向こうに消えていった。コウイチはしばらく座りこんだままだった。

 気を取りなおしてキャラメルを拾い、とぼとぼと歩きだす。もはやスミレとの会話のことは、きれいさっぱり忘れていた。口笛も吹かなかった。

 おれは、へびがしゃべるところを見てしまった。

 よくよく考えたら、夢だったのかもしれない。
 晩ごはんを食べる頃には、コウイチはそう考えるようになってきた。おれはきっとすっ転んで、頭でも打って、気を失っている間に変な夢を見たんだ。そうじゃなかったら、見間違いかドッキリだろう。何にしたって、へびがしゃべるなんてありえない。

 そう思うにつれて、コウイチの頭の中はまたスミレのことでいっぱいになった。さっきまでむずかしい顔をしていたと思えば、急ににやにやしたり、肩を落としてため息をつくコウイチを、お父さんとお母さんは不思議そうに見ていた。
 

 お皿を片づけて、自分の部屋に戻る。勉強机の上に、キャラメルの包み。食後のデザートにとっておいたのだ。
 手に取って包みを開けようとする。すると、おや? 紙の合わせ目が見あたらない。顔を近づけてよく見てみる。銀紙に包まれたキャラメルにそっくりだけど、表面には、細くてまっすぐなみぞが横に走っていた。みぞは包みをぐるりと一周していて、まるで小箱のふたのよう……。
 
 コウイチはみぞの上をつまみ上げる。はたして、その箱は開いた。
 中には、まばゆくかがやく宝石をのせた指輪がおさまっていた。
 コウイチの小指にもはまらないほどの、小さな小さな指輪だった。

 思い返してコウイチはあっと声をあげた。さっきぶつかったへびも、何か銀色の包みを落としていたような気がする。きっとおれたち、包みを取り違えちゃったんだ。とすると、あれはやはり夢じゃなかった!
 スミレのキャラメルはきっと、へびのやつが持っている。キャラメルも欲しいけど、何より……。コウイチは指輪と指輪の入っている箱をまじまじと見つめた。
 
 これ、「結婚してください!」って渡す指輪じゃないか?
 
 へびの慌てた様子を思い出す。あいつはたぶん、恋人に会いにいくところだったんだ。そして今夜プロポーズをするつもりだった。指輪なしで、いったいどうするというんだろう。今頃きっと、困っているぞ。早く返してやらなきゃな……でもどうやって?
 
 時計の針は、もう夜の8時を回っていた。こんな時間じゃ、外に出してはもらえない。もっとも外に出られたとして、どこに行けば会えるのかもわからない。へびもきっとおれのことを探してるだろうな……。
 
——そうか、へびもおれを探してる!
 
 コウイチの頭に、名案が浮かんだ。
 
 
「お母さん、おれ、お風呂入るね!」
「え? うん」
 いつもなら口うるさく言わないと入らないっていうのに。お母さんは目を丸くした。


 服を脱いで、湯船に入る。そしてお風呂場の窓を全開にした。これが作戦のカギなのだ。冷たい風が、お風呂場に入ってくる。
息をたっぷりと吸って、口笛を吹いた。
 
 きらきらひかる おそらのほしよ
 まばたきしては みんなをみてる
 きらきらひかる おそらのほしよ
 
 へびとぶつかった時に、吹いていた曲だった。届け、届けよ……!
 コウイチの口笛は、お風呂の中でよく響いた。大きく強く響いて、窓の外へ。夜の町にコウイチの「きらきら星」が響きわたる。
曲を3回ほどくり返した頃、ついにへびが現れた。窓のへりにひょっこりと、枯れ草色の顔をのぞかせていた。
 
「やあ」
 礼儀正しく頭を下げつつも、へびはぜいぜいと息切れしていた。
「きみのこと、町中探し回ったよ。そしたら聞き覚えのあるしらべが聞こえるじゃないか。音をたどったらきみに会えた」
 キザなやつだな。コウイチは少し笑った。

「実は、きみに大切な用があって……」
「指輪、だろ」
 コウイチは、銀色の小箱をへびの前に置いてやった。
 へびは満面の笑みを浮かべ、大きくうなずいた。
「そう、それだ! 良かった、ありがとう!」

 へびは一度窓の外に出ていくと、銀色の包みをくわえて戻ってきた。それはまさしく、スミレがくれたキャラメルの包みだった。
「こっちがきみのだよね。いやぁ、間違えてしまってすまなかった」
「いいって。それより、行ってやりなよ。待たせてるんでしょ」
 へびはもう一度頭を下げ、今度こそ銀色の小箱をくわえて、窓の外に出ていった。
 
 コウイチはへびを見送ると、窓を閉め、肩までとっぷりお湯に浸かった。
なんだかものすごい体験をしちゃったな。しゃべるへびの指輪を拾うなんて。へびの恋人も、やっぱりへびなのかな。プロポーズ、うまくいきますように……ところでへびは指輪を、一体どこにつけるんだろうな。

 湯船に浸かったまま、包みを開けてキャラメルを口に入れる。お風呂の蒸気に温められ、キャラメルは少し柔らかくなっていた。甘くとろけ、コウイチはとても満たされた気持ちになった。


 お風呂上がりのコウイチが、廊下を横切る。
「あんた、お風呂で口笛吹いてたでしょう。夜に口笛を吹くと、へびが来るのよ」
「だから吹いてたんだよ」
 機嫌よくそう返すコウイチに、お母さんは「やっぱり今日、この子変だわ」と思った。

 

 明くる日、学校への道を歩いていると、例の曲がり角にへびが待っていた。なんとなく、コウイチも会えるような気がしていた。
 
「おはよう」
「おはよう。昨日は助かったよ、ありがとう」
「うまくいったの」
 そうたずねると、へびはウィンクし、胸をそらせて言った。
「きみのおかげでね」
「良かった、おめでとう」
 心からのおめでとうが口をついて出た。
 
「いや、本当に助かった。どうしても昨日伝えたかったんだ」
「へえ、どうして?」
「わたしたちはね、今日から春が来るまで、長い眠りにつくのさ。その前に伝えようと思って」
「春になったらじゃダメなの?」
 へびは小さく首を振った。
「わたしも彼女も、必ずしも目覚められるとは限らない。そういう危険はつきものなんだ。お互い眠りについたまま、もう二度と目を覚まさないかもしれない。そうじゃなくとも、言いたいことは言えるうちに言ったほうがいい」
 

 
 
 おはよう、と声をかけられてスミレは振り返った。コウイチだった。コウイチから声をかけてくれるなんて、ちょっと珍しい。
 おはようと笑い返すと、コウイチは言った。
 
「昨日はキャラメルをありがとう。おいしかった」


文・イラスト:渡辺 凜々子
編集:栗田真希

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食べるマガジン『KUKUMU』の今月のテーマは、「お菓子」です。4人のライターによるそれぞれの記事をお楽しみください。毎週水曜日の夜に更新予定です。『KUKUMU』について、詳しくは上記のnoteをどうぞ。また、わたしたちのマガジンを将来 zine としてまとめたいと思っています。そのため、下記のnoteよりサポートしていただけるとうれしいです。



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