渡辺 凜々子

エッセイをコツコツ|batons writing college 1期生|ひと口マガジ…

渡辺 凜々子

エッセイをコツコツ|batons writing college 1期生|ひと口マガジン『KUKUMU』にてエッセイ連載中 花を生け、猫にかしずき、茶をしばきます。

マガジン

  • 食べるマガジン【KUKUMU】

    • 38本

    「ひとくち、ひとやすみ。」がコンセプトの食べるnoteマガジン、KUKUMUです。4人のライターと、ひとりの編集者でお届けしています。毎週水曜日、夜21時ごろ更新予定。現在はお試しの気持ちも込めて無料ですが夏以降は有料にし、収益でzineなどにまとめられたらと思っています。

  • 『KUKUMU』の別腹

    • 22本

    記事を書くライター4人と、マガジンを主宰する編集者1人が、それぞれ『KUKUMU』について書いたnoteです。決意表明だったり、あとがきだったり、考えていることだったり。別腹として、お楽しみください。

最近の記事

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眠りと猫は似ている

明日が待ち遠しい夜。 明日が憂鬱な夜。 誰かのことが気がかりな夜。 何かすべきことを後回しにしてしまっている夜。 私はわかりやすく寝付けなくなってしまう。 布団に横たわり、目を瞑り、呼吸を整えて、いつもなら気にするまでもなくやってくる眠気が、今夜はやけに遅い。考えごとの根っこが徐々に引っこ抜けて、私から離れ、思考が思考を呼んでふわふわと漂うような時間がやってこない。 ひょっとして、今晩、眠れない夜? そう察してしまうが最後、本当に眠れなくなってしまうのだ。 眠気というや

    • 誰かの小鳥

      古いコルクボードをとうとう処分する。 新聞を一ページ丸ごと掲示できるほどの大きなコルクボードで、あれば便利そうだからとずっと自室の壁にぶら下げてあったのだ。 記憶を辿ってみると、あな恐ろしや、たぶん小学生の時分から持っているんじゃなかろうか。 たいして使っていないから状態は良い。ゆえに捨てる理由なし。そんなわけで何度かあった部屋の引越しでもふるい落とされることなく、今日の私の部屋にもかかっているわけだ。 結局たいして有効活用できなかった。ずっと昔になんとなく貼ってみた絵は

      • あの梨の香水

        梨の匂いの香水を使っているけど、梨が特段好きなわけじゃない。 そのことはずいぶんと長い間、私の心につかえというほどではない後ろめたさを抱えさせていた。 梨は香りからして瑞々しく、清らかに甘い。もし梨を見たことがなかったとしても、きっと香りを嗅いだだけで白い果肉を、溢れる透明な果汁を想像できる。事実、梨はそういう果物だ。 だけど食べてみると甘さを押しのける酸っぱいえぐみが気になる。芯の近くの硬い歯ざわりが野暮ったい。甘さもジューシーさも真実だけど、それ以上にえぐみに幻滅して

        • 午後の子泣き爺

          その日はベーグルを2個買った。 駅から職場に向かう道中にあるパン屋さん。そこで昼食用のパンを買うのがすっかり日課になっている。 朝に目にするパンはどれもこれもおいしそうだけど、中でもとりわけ私の目を引くのはベーグルだ。 はち切れんばかりに膨らんだ生地が小さく輪っかを作っている。その姿はまるで丸まった仔猫のよう。その店のベーグルにはプレーン味と黒糖味とがあるが、さしずめ白猫と黒猫の赤ちゃんか。ふっくらとやや膨らみすぎたベーグルはいっそう猫の寝姿に似ている。 そしてそのベーグル

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        眠りと猫は似ている

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        記事

          ハンコを捺してもらえれば。

          時代に逆行して、ハンコというもののことがちょっぴり好きだ。 捺してもらうためだけにわざわざ出社、なんて目に遭ったことがないから言えるのかもしれないけれど。 小・中学生の頃、宿題をしてノートやドリルを提出すると、先生が何かしらの印をつけてくれた。それは時に赤ペンのマルであり、時にハンコだった。 私はハンコのほうが好きな子どもだった。 「クソ」とつけたくなるほど真面目だった私のノートでは、ひしめく文字が常に頭を揃え、つま先を揃え、整列していた。雑さも誤字も許さない。誤字があれ

          ハンコを捺してもらえれば。

          無職、贅を尽くす。 #KUKUMU

          ハレルヤ、無職の日々2022年9月末日、一身上の都合で会社を辞め、私は無職になりました。 義務教育を済ませ、高校を経て、四年制大学を出て就職する。ありがちな道をなんの変哲もないステップで歩んできた私。 そんな良くも悪くも浮き沈みのなかった私が、今や無職です。 咳をしても無職。風呂に入っても無職。庭先を掃いても無職。ああ、無職無職無職。なんとずっしりくる言葉でしょう。口にすると後ろめたくて、宙ぶらりんで、それでいてちょっと……いえ、かなり、うっとりする響き。 こんな機会も

          無職、贅を尽くす。 #KUKUMU

          短編小説「口笛を吹けば」 #KUKUMU

           おつかいからの帰り道、コウイチはうれしいやら、情けないやら、複雑な気分になっていた。上着のポケットの中で、銀紙に包まれたキャラメルを転がす。  良いことがあった。商店街で、同じクラスのスミレにばったりと会ったのだ。4年1組の中だったらスミレが一番かわいいと、コウイチはひそかに思っている。  さらにうれしいことに、そんなスミレがキャラメルをひとつ分けてくれたのだ。  それなのに。  はぁ。コウイチは深くため息をついた。 「ありがとう」のひと言が言えなかったのだ。

          短編小説「口笛を吹けば」 #KUKUMU

          へべれけの町

          住み慣れていて好きだけど、別にこれといった魅力もないわが町。 いや、魅力どころか、客観的に見れば欠点のほうが目立つ町かもしれない。 おしゃれな喫茶店は当然なく、観光スポットなんて滅相もない。それどころかちょうどいいスーパーすらない。治安もそこそこに悪く、駅前の酔っ払いたちが繰り広げる殴り合いの大立ち回りも、見慣れたものである。爆竹の爆ぜる音を子守唄に眠る夜もしばしば。 だけど転居の選択を考えるたびに、やはり寂しく、離れがたいのだ。 吐瀉物を避けて歩かないといけないけれど、

          へべれけの町

          いつもと違う朝に、マッシュルーム味噌汁を。 #KUKUMU

          窓から射し込む朝日にも、つくづく秋を感じるようになった。 秋の光に満たされた私の部屋。夏の突き刺すような強い日差しではなく、透明感のある清々しい光。暑気はあまり感じない。 本やら置き物やらで狭苦しいけれど、澄んだ静かな光に包まれて、どこか整頓されて見える気がする。そのせいか、寒々しくも見える。 実際、ちょっと寒い。 毛布を首元まで引き上げ、かたわらで寝ている猫を抱き寄せる。猫は一瞬迷惑そうな顔をしたが、またムニャムニャと寝入ってしまった。再び、安らかな寝息が聞こえる。

          いつもと違う朝に、マッシュルーム味噌汁を。 #KUKUMU

          本、整然と四角く。

          つくづく紙の本の四角いフォルムが好きだ。 物語、自己啓発、医学の知識。 ゴシップ、神のおしえ、豚汁の作り方。 こんなにも性質の異なる内容が、言葉に落とし込まれ、文字という形をとり、文章になってページの上に整列するところまでは、とりあえず了承する。その制約の中で自己主張をしている。挑戦的にまくしたてる者あれば、滔々と語る者あり。 それぞれの個性を内に秘めつつも、外見だけは直方体で揃えて、整然と本棚に並んでいる。手に取って開くまでは、あくまで真面目ぶっている。 似たような背格好

          本、整然と四角く。

          私のプラム

          わが家の庭にはプラムの木が植わっている。 私が生まれた年に建てられた家。まだまっさらな庭。 第一子の誕生に浮かれた父は、その記念に何の木を植えたものか、かなり悩んだらしい。桃にしようか、梅にしようか、いいや、オリーブなんてのも洒落ているかもしれない……。本屋に立ち寄ればガーデニングのコーナーに立ち寄り、マイホームを持つ友人に会えば話を聞き。それはもう熱心に検討していたと母は語る。 葉や花、実の美しい木がいい。虫のあまり寄りつかない木がいい。だけど一番には、のびのびと健やか

          私のプラム

          結婚前夜と麻婆豆腐。 #KUKUMU

          気だるさの正体は空腹だと薄々わかっていながら、気づかぬふりをしていた。2021年、緊急事態宣言下の夏の夜。飲食店はどこも20時で閉まる。 今から外に出たところで、どの店に入ろうとラストオーダーの時間すれすれだ。 間に合ったとしても、20時のタイムリミットに追われて急いで食べねばならないだろうし、何より、うだるような暑さの夜の街にくり出す元気が湧かない。まったく湧かない(そう、あの夏は本当に暑かった)。 元気を出すには食べねばならぬ。食べるには、えいやと身を起こさねばならぬ

          結婚前夜と麻婆豆腐。 #KUKUMU

          ベランダからは坂道が見えた。

          うちの隣に家が建った。 家が建つことは知っていたし、大工さんの出入りが徐々に増えていることにも気づいていたけれど、会社に行って帰ってきたら、立派に「おうち」の形のものが建っていた。驚いた。 わが渡辺宅は、私が生まれた時に建てた家なので、私と同じ23歳。23年間、さいわいにして隣の空き地には何もなく、教室の窓際の席みたいで、電車の端っこの座席みたいで、とても居心地が良かった。 空き地に面したベランダからは、たいした景色は見えなかったけれど、駅に続く坂道が見えた。 子どもの頃

          ベランダからは坂道が見えた。

          予定になかった懺悔

          ゴキブリと蚊以外の虫の命は、なるべく奪わないようにしている。 今だって、部屋の中に迷い込んだ小さなアリを外に逃がした。直で触れるのは嫌なのでティッシュ越しにふんわりと掴み、窓の外に放り投げた。 ……書きながら思ったのだけど、アリって転落死するんだろうか。しなそうな気がするけど。 私の部屋は、戸建ての2階にある。少し切り立ったような場所に位置しているから、地面との距離でいうと3階建てくらいの高さだ。真下はコンクリートでできた階段である。 だけどこれがもし私(人間)だったら、

          予定になかった懺悔

          髪が命乞いする。

          散髪の予定を入れた途端、髪が素直に言うことを聞くようになる。 この現象を、私は「髪の命乞い」と呼んでいる。 髪が長い。おろすと背中の真ん中あたりまである。 毛量は多いし、その一本一本が博多とんこつラーメンの麺ばりに太い。さらに癖っ毛ときたものだから、扱いにくいことこの上ない。 だけどある程度の長さがあれば、その癖も重力で抑えつけることができるので、ロングヘアでいたほうが楽でもある。そっちのほうが似合っているとも思うし。 長髪ゆえの面倒とうまみ。この天秤は常に絶妙なバランス

          髪が命乞いする。

          好きよ、バランスボール。

          最近、バランスボールが愛おしい。 買ったばかりの品というわけじゃない。以前から持っていたし、なんならもう遊び尽くした。 遊び尽くして飽き、収納スペースに押し込んで放置していた。その収納スペースには上着やらカバンも一緒にしまっていて、そういった物を出し入れするたびに「チッ、邪魔だな」と疎ましく思っていたくらいだったのに。 ふと思い立って自室に持ち込んでみると、これがかわいくてたまらない。 ポニポニ弾むでかい球体が部屋にある。なんて楽しいんだろう。 両手を広げても抱えきれないお

          好きよ、バランスボール。