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ホットチョコレート

1.茉莉花

 甘(あま)い香(かお)りが校庭を包(つつ)む昼下(ひるさ)がり、6年2組の仲良(なかよ)し4人組は、すっかり使(つか)い古(ふる)したランドセルを背に校庭を歩いている。
 空は雲一つない青空で、頬(ほお)をなでる風はひんやり心地よい。
 中田茉莉(なかたまり)花(か)はそんな秋を知らせるキンモクセイの香(かお)りや、空の表情が大好きだ。
 なんだか夏休みが始まる前の日みたいにワクワクした。
 「今日もダンスのレッスンがあるの?」
 優しい笑顔で尋(たず)ねたのは同じクラスで親友の浜口(はまぐち)楓(かえで)。
 「うん。今日もレッスン!発表会までもうちょっとだからね。」
 顔の横でピースサインを作り、くしゃっとした笑顔で茉莉花は答えた。
 「まりちゃんのダンス、早く観(み)たいなあ!春の発表会の時のまりちゃん、めちゃくちゃかっこよくって、私、泣(な)いちゃったもん!」
 大人(おとな)しい楓が珍(めずら)しく大きな声で言った。
 「浜口って、中田のダンスの話になるとおしゃべりになるよね。」
 6年生になって急(きゅう)に背がグンと伸(の)びた重山(しげやま)紅(こう)は、茉莉花たちを見下ろして言う。
 「楓にそう言ってもらえて超(ちょう)うれしい!今回はダンス教室(きょうしつ)のみんなと出る最後(さいご)の発表会なんだ…。後悔(こうかい)しないように、練習(れんしゅう)、頑張らないとね!」
 女優のお仕事に憧(あこが)れていた茉莉花は、小学校を卒業したら、ダンス教室をやめて俳優(はいゆう)の卵たちが集(あつ)まる芸能(げいのう)スクールに通(かよ)うことになっている。
 「あーあ、中田がいなくなるとつまんねえな。おれとダンスバトルできるやつはせいぜいお前くらいだからな。」
 小柄(こがら)な藤村(ふじむら)蓮(れん)は、両手をズボンのポケットに入れ、茉莉花を見上げてそう言った。
 蓮も茉莉花と同じダンス教室に通っている。
 「せいぜい、だって?まりの方が蓮より二年も先にダンスやってた先輩(せんぱい)なんだからね!先輩にそんな口聞くなっつーの!」
 体操(たいそう)着(ぎ)と英語の辞典が入った手提(てさ)げ袋(ぶくろ)で、蓮のランドセルを叩(たた)いた。
 「お前、やっぱ凶暴(きょうぼう)ゴリラだな!そんなんじゃ女優(じょゆう)になってもゴリラの役しかできねえな。」
 蓮は右の口角(こうかく)をあげ、校門の外へ向かって駆(か)け出(だ)した。
 リレーのアンカーに選(えら)ばれるだけあって、逃(に)げ足はとっても速い。
 負(ま)けず嫌(ぎら)いの茉莉花は、長い髪(かみ)を手ではらいながら蓮を追(お)っかけて行った。
 「さっき、散々(さんざん)マラソン大会の練習で走ったのに、二人とも疲(つか)れてないのかな。」
 楓が不思議(ふしぎ)そうに眉間(みけん)に皺(しわ)を寄(よ)せて言う。
 「ほんと、あいつらの体力がうらやましいよ。」
 爽(さわ)やかな笑顔で紅は言った。

#こんな学校あったらいいな

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