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第41話◉先輩◉

僕が彼女を護る

今宵の【Bar Siva】もボーイのサトシは開店準備を定刻前に終えていた。

オーナーママのリリーも定位置にスタンバイしている。

リリーは光沢のある黒の緩めのロングドレスに黒の大きめのストールを羽織っている。

耳にはキラキラと輝くピアスをつけていて、パープルのグラデーションメイク。

相変わらずの独特の雰囲気をまとっている。

ボーイのサトシは予約表を確認しながら言った。

「ママ、1番目は田川様です。
お先に呑まれますか?」

リリーは目を開けてサトシの方を見て言った。

「一緒で大丈夫よ」

「かしこまりました。では看板点けます」

そういうとサトシは看板のスイッチを入れた。

そこへ田川が店のドアを開けて入って来た。

「いらっしゃいませ」

サトシが入って来た田川へ向けて満面の笑みで言った。

田川は右手を軽くあげてリリーに合図をしながら会釈をした。

「先輩、ようこそ。
こちらへどうぞ」

リリーは笑顔でカウンターの席へ促した。

田川は素直にその席に座った。

「先輩、何呑みます?」

リリーがフランクに訊いた。

「俺はビール。リリーもかな?呑もう」

田川はサトシに合図をした。

サトシは会釈して厨房へと入って行った。

「先輩、今日は決着の報告かしら?」

リリーが優しいトーンで訊く。

田川はリリーの高校時代の先輩で定期的に遊びに来てくれている。

田川が大切に想う女性の話を前から聞いているリリーとしては今日が節目と分かっていた。

田川は柔らかい口調で質問に答えた。

「今日は報告に来たんだ。
俺、結婚するよ」

リリーは全く驚きもせず質問をする。

「彼女は離婚出来たの?」

「あぁ、やっと決心がついたって」

「そう…先輩は大丈夫なの?」

田川が口を開こうとした時にサトシがビールを2つ運んで来た。

「お待たせしました。ビールでございます」

サトシが丁寧に田川とリリーへビールを渡した。

田川は

「とにかく乾杯」

とリリーを見つめてビールグラスを合わせた。

リリーは切なくなりながら

「いただきます」

と言ってビールを呑んだ。

田川は一気に半分近くビールを呑んで『あー』と吹っ切れた声を出した。

そしてリリーの質問に答え始めた。

「俺は大丈夫。
俺が彼女を一生護るって誓ったんだ。
俺は彼女を泣かすことはしない」

「そっか…彼女、深く傷付いてるからね」

リリーは伏し目がちに言った後に続けた。

「彼女は今のご主人の浮気で精神的に病んでしまったのでしょう?
震えは止まったの?」

「クリニックの先生に話して離婚することが自分にとって良いと思ったらしい。
もちろん、俺の存在も話した上での決断だって聞いてる。
震えも離婚を決めてから止まったって」

田川は言い終わるとビールを呑んだ。

「先輩の気持ちも分かるけど、同情だけじゃないの?」

リリーはあえて口にした。

田川はパッとリリーへ向いて即答した。

「同情だけじゃない。
俺が彼女を護るんだって決めたんだ」

リリーには田川の感情が痛いほど伝わっていた。

その気持ちが分かった上で更に質問を重ねた。

「彼女が愛してるのは先輩じゃないって分かってるんでしょ?」

真っ直ぐに田川を見つめるリリーに向かって

「分かってるよ。
大丈夫。
俺は全てを受け入れて彼女と結婚するんだ」

震える声であっても強いトーンで田川は言った。

リリーは田川の強固たる決意を尊重すると決めた。

リリーは柔らかなトーンで口を開いた。

「先輩、心から祝福するわ。
転勤の話、受けるんでしょ?
連れて行くの?」

「あぁ。ずっと側にいてあげたいんだ」

田川はニコッと微笑んだ。

リリーには視えていた。

先輩と彼女が一緒になっても先輩が苦しむ日々が続いてしまうことも…

彼女が全てに疑心暗鬼になって先輩ががんじがらめになることも…

先輩が愛することに疲れて途方にくれることも…

そして…

その先には…

リリーは目の前の田川に向かって口を開いた。

「先輩、いつでも連絡してね。
そして、お幸せに」

リリーはビールグラスを軽く上にあげた。

田川もビールグラスを軽く上に上げて

「リリー、俺、幸せにするって誓うよ。
心配してくれてありがとな。
俺が彼女を一生護るよ」

決意表明をした。

リリーは優しく微笑んで

「よし。呑もう」

サトシに大きく合図した後に田川に向かって

「先輩、何があっても今日この日の誓いを忘れずに幸せになってくださいね」

そう言った。

田川も笑顔で頷いた。

・・・

後日、他の先輩から田川が転勤先に彼女と引越しをして結婚をしたことの報告を受けた。

田川が途方にくれた後…

彼女が本当に田川を愛する日がくることを

リリーは知ってる…

頑張れ先輩!

今宵はココまで…

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