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第38話◉死神と結界◉

結界を張る

リリーは病院に来ている。

昨夜の同級生の鍋島の来店で急遽、病院に直接来た方が良いという話になったのだ。

リリーは病院のロビーで鍋島の友達の里中を探している。

同級生の鍋島は仕事の都合で来れなくなったからだ。

すると待合室の向こうから里中がやって来た。

「リリーさん、わざわざすみません。
妹には話してありますので宜しくお願いします」

里中は丁寧に挨拶をして病室の方向へ右手で誘導してくれた。

「ぷぅさん、こちらこそ昨日はありがとうございました。
昨日の今日で押し掛けて申し訳ありませんが早い方が良いと思って…」

リリーは里中の後をついて歩きながら話した。

エレベーターに乗り込み5階でドアが開いた。

瞬間、さすがのリリーも目を疑った。

ナースステーションが見えたのと同時に列が視えた。

お迎えに来ている死神と呼ばれてる人たちの列が…

リリーは無意識に周波数を変えた。

列はもう視えない…

でも、それは視えてないだけでそこにいるのは事実である。

エレベーターを降りて里中について病室に入った。

大部屋の一角が里中の妹、恵子のベッド。

カーテンを開けながら声をかけた。

「恵子、リリーさん来てくれたよ」

リリーは里中に続いてカーテンの中に入った。

「初めまして。
リリーです。
あっ、起き上がらずに寝たままでいいのよ。
そのままで」

ベッドから起き上がろうとした恵子を止めてリリーは恵子の顔の側に近づいて話しやすい距離に座った。

「今日は…わざわざありがとうございます…」

恵子は小さい声だが優しい性格が伝わるトーンで言った。

里中が何か飲み物でもと言って席を外した。

リリーは即座に口を開いた。

「恵子さん、今からこのベッドの空間に結界を張らさせてもらいますね。
ここの空間、空気を変えるだけで大きく変わると思います」

恵子の返事を待たずにリリーはカーテン内の空間の四隅に右手の人差し指と中指の2本をたて、口元に当てて呪文を唱えながら1箇所ずつ【ビス】を撃ち込んだ。

それは、まるで呪文を唱えながらの指差し確認にも見えた。

リリーは結界を張り終えると結界内を一挙に除去した。

そしてゆっくり恵子の方に向いて

「終わったわ。
この空間は良いけど、もしも部屋を変わったりすることがあったら教えてね」

と笑顔で言った。

恵子はベッドに横たわったまま小さく頷いた。

リリーは優しいトーンで話し出す。

「恵子さん、退院したら何したいですか?」

恵子は少し考えて答えた。

「家族とご飯が食べたいです。
娘を抱きしめたいです」

「では、それをイメージして今を乗り切りましょう」

リリーは恵子の手を握って続けた。

「退院した後に何をしたいかを考えることが大事です。
あなたは優しいから自分が亡くなった後に皆んなが困らない様にって色んなことを考えてますがそれは無用です。
あなたが家に帰れば良いだけですから…」

そう言ってリリーは握った手に力を込めた。

恵子は真面目で素直な人柄である。

リリーを真っ直ぐに見つめて

「そうですね。
私も元気になって帰りたいです」

と、か細くも力強く答えた。

リリーは微笑んで優しく言う。

「メール交換しませんか?
病院だと電話ってよりメールが便利だと思いますし気晴らしになるか分かりませんが何でも聞いてください」

恵子も微笑んで頷いた。

リリーは恵子の携帯を借りると、メールアドレスを打ち込み、自分でメールを送った。

「これが私のメールアドレスで今から電話番号もメールで送っておくわ」

そう言うと携帯を恵子に返した。

そこへ里中が珈琲とお茶とジュースを買って戻って来た。

「リリーさん、何を飲みますか?」

里中は持ってる飲み物を見せながらきいた。

「珈琲いただいても良いかしら?」

リリーが珈琲を指差しながら言った。

「もちろん」

リリーが珈琲を受け取った後に

「ありがとう。
それで今、ここの空間を綺麗に結界というか、外から変なものが入れない様に防御しておいたの。
それから、恵子さんと連絡先を交換させてもらったわ」

里中がいない間のことを話した。

「あ、ありがとう。
恵子、良かったな。
リリーさんに何でも相談するといいよ」

里中は恵子の顔を見ながら言った。

恵子はニコリと笑って頷いた。

リリーは珈琲を早めに飲み切ってから挨拶をして病室を後にした。

・・・

その日から、リリーと恵子はメールのやり取りをこまめにしていた。

恵子は家に帰りたい気持ちや家族に対する想いを素直にメールで言っていた。

リリーも前向きなイメージが出来る様に言葉を選びながら返信していた。

恵子は決して『死にたくない』とは言わなかった。

リリーも【死】という言葉を使わない。

退院して帰ろうね。

元気になるための治療だから、今はしんどいかもしれないけど乗り越えて元気に帰ろう。

ご主人も子供たちも帰って来るのを楽しみにしてるから。

そのやり取りは何十通にも及んだ。

そのうち恵子に変化が起きた。

生きる決意

【死】を受け入れて準備していた彼女だったが
【生きる】ための前向きな言葉を使う様になった。

最初よりメールの文面が明るくなって、どんどん調子が良くなってきているのが伝わっていた。

この調子でいくと一時退院で家に帰れるかもしれないと嬉しいメールを見て、リリーは安心した。

そこからメールのやり取りは徐々に間隔が空く様になった。

たまにするメールも元気そうだったので回復へ向かっているのを確信していた。

昼間に鍋島から連絡があるまでは…

「もしもし、鍋島です。
ぷぅさんの妹のこと聞いてる?」

「何も聞いてないわ。
この前、一時退院出来るかもって言ってたわよ。
何かあったの?」

リリーは嫌な予感がした。

「容態急変してるみたいなんだ」

「えっ?
どういうこと?
あの5階の病室だよね?」

「3階の部屋に移動させたらしい」

リリーは絶句した。

部屋変えたら連絡して欲しいって言ってたのに遠慮したのかな?

頭の中に色んな言葉が渦を巻く。

慌てて電話を切って急いで支度して病院へ向かった。

病院に着いてエレベーターを降りた時に、あの時に見た光景よりすごい数の死神に会った。

リリーは周波数を変えることなく、死神たちが並んでいる廊下の横を通って恵子の病室に辿り着いた。

恵子は入ってすぐのベッドに横たわっていた。

そこには何台もピコピコと音が鳴る機械に囲まれている。

脈をはじめとして全て管理されている状態で酸素吸入も口にはめていた。

先客に見舞いの人が来ていた。

恵子がその人と息をあげながら話していた。

リリーの顔が見えて恵子は

「わざわざすみません…
メールも出来なくなってしまって…
来てくれてありがとう…ございます…」

途切れ途切れになりながらも優しく微笑んで言った。

リリーは恵子の左手を握り

「部屋変わる時に教えてくれれば良かったのに…」

と潤んだ声で言った。

恵子は

「すれば良かったですね…」

と吐息まじりに答えた。

リリーには視えていた。

お迎えの人が来ている。

この人は恵子の身内の人なのだろう。

かなり前の代の女性だ。

そして、その横には働き者の死神が付き添っている。

もう此処に結界は張れない…

リリーは周波数を変えた。

もう視てられない…

せめてこれ以上苦しめないで欲しい。

リリーは左手首につけてきた水晶一連のブレスレットを外して恵子の左手首につけた。

「御守りに置いてくから着けててね」

「そんな…もうしわ…けない」

「大丈夫。
貸してあげるから私の代わりに置いて行くからね。
しんどい時にお邪魔しました。
家に帰るために乗り越えてよ」

リリーはそう言いながら恵子の左手をギュッ握って笑顔を向けて続けた。

「帰るね。
寝るのが1番だから。
連絡待ってるね」

恵子がハァハァ言いながら小さく何度も頷いているのを見ながら、リリーは小刻みに右手をバイバイして笑顔で頑張って病室を後にした。

そしてリリーが生きている恵子に逢ったのは…

それが最後となった…

・・・

続く・・・

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