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小笠原一人旅【旅行記:5日目(最終日)/後編】

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【5日目 後編: 内地へ】

① 乗船

いよいよ終わりのときが近づく。

船は15時発で宿から港への送迎は14時前。
でもまずは12時半までに原付を返さなければならない。

12時25分、ギリギリすべりこみセーフでなんとか小笠原観光に到着する。

少なくとも私の滞在中には、島のガソリンスタンドは営業していなかったため、おなじみ古田新太が給油口の蓋を開けて中をのぞき込む。

「えっ!すごい減ってる……」

驚愕の表情。

ここまで3日間乗り倒した人間は珍しいのかもしれない。普通はみんな毎日何かしらのツアーに参加するので。

「だいぶ乗り回しましたからねぇ~  へへん」

と、得意げに話すも古田さんは、

「3リッターくらい減ってるので600円いただいてもいいですか」

と、顔色一つ変えることなくそこはかとない塩対応。

古田さぁん~~
勝手に親近感覚えてるの私だけぇ~~~
(あたりまえ)

てかそこ目分量なんかい。
ガーって機械で給油して金額出るやつちゃうんかい。
安いしこちとら古田さんに勝手に恩あるしええけども。

ちなみにレンタル料金、72時間で4500円だった。
車と比べて超お得。


あついあついとひとりごとを言いながら宿に戻り、荷造りを済ませる。
土産物を買いに行きたいのにあついんだよーと親切な宿のお兄さんをチラ見すると、自転車を貸してくれた。
自転車に乗るの久しぶりすぎたため、めちゃくちゃよろよろしてモーセ体験できた。
海割れるやつ。

なんやかんや最後までバタバタして、準備済ませて船着き場まで送迎してくれる車に乗り込む。
まあ歩いても10分かからないくらいなんですけど、荷物超重いし……。
銀行強盗+お土産ですからね。(2日目記事参照)

港は人で溢れかえっている。
来た時よりも乗船客が100人ほど多いそうだ。

そうこうしているうちに乗船案内が始まる。
いつものように特等から順番に。

で、最下層の私はもちろん最後だと思うじゃないですか?
実は違うんですよ。

なんと、行きは雑魚寝和室だったが、帰りは二等寝台なのだ!

ワー! パチパチ~

ネット予約を取ったタイミングでは帰りも雑魚寝だったんだけれども、実は小笠原に着いた時にランクアップの手続きをしておいたのだ。
奈落の雑魚寝和室でも十分快適だったはずなのになぜか。

それは……(無意味にもったいつける奴)

何を隠そうこの記事のためである!!

みなさんに実りあるレポをするためだけに、血の涙を流しながら追加の5千円を払った私の自己犠牲、伝われ。

というわけで、せっかくなので先に二等寝台の説明をしよう。
まずは寝台列車を思い浮かべてください。

思い浮かべましたか?

それです。

も少し言うと、新宿によくある怪しい半個室居酒屋みたいなブースがだーっと並んでいて、その中にベッドが上下の2セット計4つ。
私は左上を割り当てられていた。

広さは、足元にダイバー用のバッグをがっつり置いて160㎝の私が寝ても余裕があるくらい。
身長高すぎる人が荷物置くのはちょっときついかも…?

でも大丈夫!!
そんなときは、近くにある荷物置き場にしまっておけばいい。
十分な広さがあるので取り合いにもならないよ!

ベッドはカーテンを閉めれば完全プライベート空間なので、他の人に気をつかう必要もない。
(私は乗船から下船まで誰とも顔を合わせなかったので、どんな人と相部屋だったのかすら不明なくらい)

けれど、結論から言うと私は雑魚寝和室の方が快適だったな。
だって、ベッドで着替えようとすると頭ぶつけるんだもん。(雑魚部屋は更衣室2つあり)

あと、奥のブースだとトイレやシャワールームが地味に遠い。(雑魚部屋はエリア内)

シャワールームのドライヤーも、雑魚部屋には3つあるのに寝台はたったひとつしか無い。

プライベート空間がないと死んじゃう!って人なら寝台がいいと思うけど、正直私は5千円アップの価値を感じなかったわね。貧乏性だからね!!

とはいえ、二人以上で乗るならそれ以上のランクの個室を取った方がコスパも快適さも上なのは大前提ですわ。

あくまで一人旅の参考になさってね。

必要な荷物を整理してデッキへ出ると、すでに大勢の人が待機していた。
見送りで集まってくれた陸にいる小笠原の人たちと手を振り合っている。

別れが苦手な私は、それを横目に見ながら展望ラウンジへ入り、陸側とは反対向きの席へ座って、これで見納めになる美しい海を眺めながら静かにたそがれる。

というのは建前でして。

15時に船が出るけれど、乗船自体は14:20頃から始まるから14:40にはだいたい乗り終わってるわけ。
えっ、みんなあと20分この状態で手を振りながら船出るの待つんかな……めっちゃきまずいやん……むりぃ。

そこまで親しくない人とふいに無言になった瞬間とか、おたがい「まだかな…」とか思ってる時間ほんと苦手なんですよ。
電車の見送りとかね。
(はやくドアしまってくれッ)って思う。
かたはらいたし感じやすい民なんで。

であるからしてスタコラサッサと逃げ出したってワケ。

そうこうしているうちに船が出て、展望ラウンジが営業開始して、私はまた懲りもせずお酒を飲んで、いったん部屋に戻り、日の入り40分前にタイマーをセットして仮眠した。
今日こそ海ぽちゃ見られますように…と願いを込めながら。

② エモエモの実

ぱちりと目を覚まし、一眼を持って甲板へ出ると日はまだじゅうぶん高い位置にあった。
海に光の道ができてとてもきれいだ。
やっぱり船の上から眺める夕日は格別だな。
そう思いながらシャッターを切り続ける。
デジタル、ありがとう。

日の入り時刻が迫りくるなか、どんどん人が集まってくる。
ぱっと見渡してもゆうに50人はいそう。
みんな夕日好き過ぎん?(お前が言うな)

たぶんそれぞれふだんの趣味趣向は全然違うのに、夕日をきれいって思うのは一緒って、美しいものを見たいって思うのって、そんできれいなものに「きれいね」ってつぶやくのって、なんか素敵じゃないですか。

私は広義の性善説信じてる人間なので、こういう体験があるとほっとする。

夕日はまたもや厚い雲のむこうに沈んでしまったけれど、たぶん写真もブレブレだろうけど、満足して今度はゆっくり空を眺めるために近くの椅子に座る。

その瞬間、どきりとした。

三つ並んだ椅子の、一つ開けた右隣。
そこに彼がいた。

いや、初登場すぎて彼って誰やねんとお思いでしょう。
話は私がまだ19歳だった頃に遡ります。

~回想~
※ギャグ要素なし注意

一つ年下の、同じ大学のその男の子を私はアキ、と呼んでいた。

私はアキのことを、一目見たときから好きだった。
それまで自分自身の好みだと信じていたタイプとはかけ離れていたのに、直感的に「この人は私の好きな男性のイデアだ」と思ったし、今後他の人を好きになってもそれは一生変わらないだろうという自信もあった。
イデアとはそういうものだ。

アキは、すれ違う人が驚いて見上げるくらに背が高くて、武術で鍛えられたしなやかな筋肉の末端に大きい手と美しく長い指を持っていた。
そのかんぺきな立ち姿の後ろに影があって、それはとても色濃かった。
アキは目尻を下げて、口の端を少しだけ緩ませて、ほどよく低くて優しい声で私の名前を呼んだ。

アキにはさらにひとつ下の、つまり当時まだ高校生の彼女がいた。
同じ高校でひとつ下の学年だっただけなので、何も不適切なことはない。

彼女の名前は、ユリといった。
私よりずっと背が高く、制服に包まれたその清純さにはまったくもってたちうちできないと思った。
(その悔しさを引きずって、私はハンドルネームをlilyにしたのだった)

私は誰の幸せも奪うつもりはなかった。
私を呼ぶときのような声色でアキが「ユリちゃん」と口に出しても、気にしないふりを決め込んでいた。

アキは言った。

「本当に欲しいものは、醜くすがってでも手に入れる努力をしないといけないんだよ」

「一度いらないと言ったものは、二度と手に入らないんだよ」

私は、イヤイヤをした。いらない、と言った。
今より遙かにプライドの高かった当時の私には、そんなはしたない・・・・ 真似はどう考えてもできっこなかった。

アキはいなくなった。

今でもアキは、男性のイデアとして私の小説の端々に登場する。
実は『月の裏側』シリーズなんかはそのまんまだ。

~回想終わり~


今近くの椅子に座っている彼は、とんでもなくアキに似ていた。
帰りの港でぐうぜん見かけたとき、一瞬本人かと思って驚きすぎてバッグを落としかけたくらい、背格好も、鼻の高い整った横顔もなにもかもそっくりだったのだ。
アキとはそれっきり何年も会っていないけれど、もし今会ったとしたらこの人と同じくらいの年齢に見えるだろう。

船に乗ればもう会うこともないだろうと思っていたそのアキ似の人が、今めっちゃ近くにいる。

やばい。なんやこれ。どうする? 
いや、どうもせん。この人はアキじゃない。

私は目の前の空に集中した。
30分。
一時間。

一番星が出て、二番星が出て、一度ぎゅっと目を瞑って再び開いたら数え切れない星がそこにあった。
それはとても美しかった。
コペペ海岸の時と違ってみんないるから怖くないし……。

彼は、私と同じように星空を見上げていた。
空席をひとつ挟んだ椅子に座り、お互い無言で同じ空をかれこれ一時間近く眺めていてる。

そのときふと、彼が席を立ってどこかへ行ったので、さすがに帰ったのかなと思い、私はより空の見やすい位置、つまり彼のさっきまでいた席へ移動した。

けれど数分で彼が戻ってきて、私の真隣の席に座った。
それがまるでスイッチだったように、私の口は私の意思とは無関係に言葉を発していた。

「星座、お詳しいですか」

星座、全然わからんな。もっと勉強しておけばよかったな。あれがデネブ、アルタイル、ベガとか分かりたかったよな。スマホないから調べられんな。まああってもどうせ電波入らんか。

そんな風に思いながら星空を眺めていたのは事実。
でも、それがぽろっと口から飛び出したのは自分でも意外だったし、少なくとも話しかけようという意識は微塵もなかった。

「いえ、全然詳しくなくて。実は僕もずっと聞こうと思ってたんです。あれが金星でしょうかって」

「あれは金星、宵の明星ですね。それくらいしかわからないけれど……あ、あとたぶんあっちは蠍座かもしれません。自信はないですが」

星の話、小笠原の話、少しだけ、仕事の話。

「明日の日の出は4時半くらいだそうですよ」

「そうですか。もし起きられたら見に来ようかな」

そんな風に会話をして、私たちはそれぞれの部屋へ戻った。

翌朝、いつものように日の出時刻の30分前から私はデッキでカメラを構えていた。

15分ほどして、彼が眠い目をこすりながらやってきたので、一緒に朝日の昇るのを見た。

水平線から太陽が顔を出したときは感激した。

ついに!

ようやく!!

ようこそ!!!

最初頭だけ見えていたのがみるみる昇って、きれいなまんまるになる。
圧倒的な存在感だ。
素晴らしい。

朝日に照らされたみんなの顔も輝いている。

「早起きしてよかったかな」

彼がつぶやく。

アキは昔言っていた。

「僕たちはきっと、前世は双子だったんだよ。
たとえば誰かと同じ夕日を見ても、お互いまったく同じように見えているとは限らないけど、僕と佑月は同じものを同じように見てると思う。
だから僕は夕日や朝日を眺めるとき、佑月のことを考えてしまうのかな。
この美しさ、佑月にはそのまま伝わるって」

アキもこの空をいま、一緒に見ている。

……。

最初に「この旅行記はエモも映えも一切ありません」とか宣言してたくせに、なんか最後図らずもエモい感じになってもうたわ。

てへぺろ。

そこからはまた二度寝して、酒を飲んだり寝たりデッキに出たりを繰り返しているうちに下船時刻が近づいてくる。

来るときは気にならなかったけど、東京湾の水が汚すぎてびびった。

茶色ッ。

よくここでトライアスロンやったな……。

そのうち下船の順番が来たので、目を閉じて小笠原の青い海を思い浮かべながら船を下りた。

あっっつ!!!!

いや小笠原より都心の方がふつうに暑いわ。

旅の魔法が解けた瞬間である。

【完】


これで旅行記は全て終わりですが、食べたご飯やおすすめの持ち物などは雑記としてざっとまとめて近日公開します。 あと、写真もね!
お楽しみに。
お付き合いいただき、どうもありがとうございました!!

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