フィリップ・ワイズベッカーから読み解く日本人のデザイン感覚
こんにちは、「道具へのカンシャ」が芽生える体験を届けるライフスタイルブランドlilo(リロ)を運営する古谷です。
今回は、神戸にある竹中大工道具館で2021年2/13〜5/9の期間で開催されていた、”フィリップ・ワイズベッカーが見た日本-大工道具、たてもの、日常品” の展示や彼の思想から感じた日本人のデザイン感覚について考察していきます。
フィリップ・ワイズベッカーについて
彼の略歴を簡単にまとめます。
1942年に生まれたワイズベッカーはパリでインテリアデザインを学んだのち、30歳の時ニューヨークに移住しイラストレーターとしてのキャリアをスタートします。ニューヨークタイムズ紙や、雑誌TIMEなど名だたるメディアのイラスト制作を通じて注目を浴び、今や世界中で個展が開催されている人気アーティストで、現在はパリとバルセロナを活動拠点においています。
彼の作品の魅力はなんといっても日常のさまざまなものを彼の目線で切り取りアートに昇華させる感性で、普段何気なく触れているものの新たな魅力を気づかせてくれます。最近彼が手がけたものとして2020年東京オリンピック公式ポスターや伊勢丹の包装紙などがあります。
引用 http://bureaukida.com/philippeweisbecker_tokyo2020artposter/
東京オリンピックの公式ポスターです。彼はデッサン対象を平面的に描きます。この理由として、平面的に捉えることで対象を俯瞰することができ、そのものの魅力を最大限見せることができるからだと話しています。日本の浮世絵も同じように平面的に描かれており、彼はここに自分と日本の感性にシンパシーを見出しました。
彼の作品へのこだわり
彼は、作品を描き上げる紙にとても強く拘ります。それは、上質な画用紙やケント紙を使うというものではありません。
引用 https://www.dougukan.jp/special_exhibition/weisbecker_kobe
彼の作品「梁」です。彼が以前銅版画を製作した際に、防蝕液を塗る時床を汚さないよう下に敷いていた紙を使って描き上げています。普通なら綺麗な紙に描いた方がいいんじゃないかと感じるところなのですが、この紙をチョイスした理由として、既に存在しているものが防蝕液を塗るという作業の中で自然に彩られたことが素晴らしいと話しています。これを再現しようとすると人工的なものになってしまいますが、そうではなく無意識的な自然から生まれたことが美しく、作品の力強さを後押ししてくれたと展開します。
彼の作品はこのように古い紙や何かで使われた後の紙が使われることが多く、その紙が生きた歴史や過去を見出せるからだというのです。その紙に描き上げることで、浮かぶような存在感を作品に与えることができると語っています。背景に絵で描いた表面的な奥行きではなく、年月という四次元的な奥行きを古い紙を使うことで表現しているのでしょう。彼のドローイングを見ていると、不思議な落ち着きを覚えるのはこのおかげだと感じます。格好いいですね。
彼の切り取る日常のものから日本人のデザイン感覚について考える
彼は街中の何気ないものを切り取り、アートに落とし込みます。彼の切り取った日本の柵から、日本人のデザインの感覚について考えます。
引用 https://twitter.com/tctm_pr/status/1382925495327629312?s=20
彼は日本を訪れた際に柵の絵をたくさん描き残しました。柵に心が惹かれた理由として日本には用途に合わせてさまざまな柵のデザインが存在し、気遣いを感じられるところだと話しています。そして、そんな日本の柵の美しさについて彼は非常に興味深い話をしています。
引用 https://twitter.com/tctm_pr/status/1382925495327629312?s=20
彼が実際にデッサンの題材にした柵です。
日本でよく見かけるこのような柵を見て、深く考え過ぎない、パッと思いついたようなデザインの柵だと彼は話します。
一方で神社の柵について、非常に手間をかけて美しく作り上げているがシンプルだと話しています。
一見相反するデザインの2つの柵に対して、彼は共通の美しさを見出しました。私はここに日本人のデザイン感覚が詰まっているように感じます。
さっと考えたデザインと手間をかけて作り上げたデザイン。この2つにはデザインに対しての情熱を感じ過ぎずに、ピュアでいて柵としての機能を完璧に果たしているという美しさがあると話します。ヨーロッパ的なデザインだと、おそらく出来てくるものが変わるのではないでしょうか。デザインに対して手間をかければかけるほど装飾が華美になっていき、芸術的になっていく傾向が見られます。それはデザインへの情熱を表出させることだと言い換えられます。
しかし日本は、手間をどれだけかけてもシンプルでいて用途に対しての忠実さを失わない。そして、デザイナーのエゴイスティックな部分を隠します、だからこそクールで美しい雰囲気を帯びると考えられます。ワイズベッカーの柵のシリーズは用の美の感性が日本人の根底に息づいているということを私たちに教えてくれます。
彼の作品から学ぶ”ありふれたデザイン”の楽しみ方
ここまで、彼の作品やそこから日本人のデザインの感覚について考察を進めてきました。さて、彼はどのように日常のものたちを切り取っているのでしょうか。彼の感性には毎日がちょっと楽しくなるヒントが隠れていました。
引用 http://www.interior-joho.com/news/detail.php?id=1120
日本の幌(ほろ)のトラックを気に入り彼はたくさん絵にしています。中に何が入っているのかなぜかどうしても気になるのは、この幌がさまざまな形をしているからだと語っています。
引用 https://www.dougukan.jp/special_exhibition/weisbecker_kobe
ビンや缶を捨てるゴミ箱にもロボットのように見え、惹かれたと語ります。
彼のデッサンは対象物を特別に見つめるのではなく、何気なく目に入ってくる日常の風景に溶け込んでいるものを切り取ります。“よし!このビルをデッサンするぞ!”ではなく、街を歩いていて何気なく目に入ったものを”あ、これいいなあ”と柔らかく感じて切り取っている様が想像できます。だからこそ、ありふれたものを切り取っているのにいつもと違うように見える、心地よい感覚を彼の作品から感じることができるのではないでしょうか。
この”あ、これいいなあ”と素直に思う感性こそ、毎日の生活をちょっとよくするヒントなのではないかとワイズベッカーの作品を見て感じます。
普段私たちはものを見るとき”これは荷物を雨から守るためのものだ”とか”これはペットボトルを捨てるためのものだ”と知らず知らずのうちにそのものの用途をまず捉えてしまいます。そうすると、どうしてもその先にあるデザインの面白さや美しさに目が向きにくくなってしまいます。それは当たり前のことだと思うのですが、少しだけ意識してデザインや美しさに先に目をやってみることが大事だと彼の作品は気づかせてくれます。
そのある種、純粋にものをみる感覚こそが毎日を少し楽しくしてくれるのではないでしょうか。
最後に
彼の展示を見終えて夕方の神戸の街を歩いていると、こんなにも美しいものに日々囲まれていたんだとハッとしました。高架下の手すりは何重にもペンキが塗り重ねられ分厚く優しいフォルムになっていて、レンガ造の建物は規則的な凹凸なのに一枚一枚色味が違っていて不思議な奥行きを感じられました。普段通り過ぎていたもの達の美しさに目を向けさせてくれた彼の感性に心から感謝した1日でした。
彼について知れば知るほど、私がliloのデザイナーとして表現したいものにとても近いものを感じます。街や自分の周りにある何気ないものの美しさに目を向け、それを様々な形で表現し、皆に共有する。そこには、ひたすら心地の良い空間があると感じますし、彼の展覧会にはそんな空気が漂っていました。liloの生み出す道具をデザインしている立場として、liloがそんな空間を作ってくれることを願っています。
私がデザインをしているliloブランドの道具を下記からご覧ください。
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