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2010年代かわいい映画ベスト5

 映画秘宝の復刊号の特集「2010年代ベスト10」のランキングの見所は、選者各々の切り口で「2010年代は映画の“ここ”が進化した」と言い切るところだった。以前、映画秘宝2代目編集長の田野辺さんを取材してもっとも印象に残っているのは、「批評家は自らの歴史を持っていないといけない(そして、歴史を持っているライターが減ってきている)」と語っていたことだったが、それを地で行く、自分にとっての10年間の見え方の強い主張に溢れている。

 たとえば、高橋ヨシキさんは「ドラッグ映画」、藤木TDCさんは「Vシネ」。あまりにもニッチなジャンルを選んでるように一瞬見えるし、実際にニッチではあるものの、そのニッチの中に紛れもなく映画界が変化したダイナミクスが克明に見て取れるのが面白い。

 ということで、「あらゆる映画」からの2010年代ベスト10ではなく、自分がもっとも重要だと思うジャンルからベスト10を考えると、テン年代を象徴するのは「かわいい」おいて他に考えられない。

かわいい映画の夜明け トイストーリー

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 テン年代までは「かわいい」を描こうとしても技術的に制約があり、クリエイターのイメージする「かわいさ」が100%表現できる環境ではなかった。そのことを端的表してるのが『トイ・ストーリー』シリーズだ 。95年にピクサーが第1作目に、おもちゃを題材に選んだのは、当時の3D技術では人間の皮膚や、動物の毛並みといった複雑なテクスチャを表現できないからだったという。一種、妥協によってプラスチック製のシンプルな生き物たちが主人公に抜擢された。

 2010年公開の『トイ・ストーリー3』は、技術的な制約からの解放を象徴する作品といっていい。この作品のメインキャラクター・ロッツォは、ピクサーが断念していたモフモフ・キャラクターだ。いかにも安っぽく触ると静電気を帯びていそうなモコモコとした化学繊維の質感。子供たちに遊ばれて付いた汚れまで妙にリアルに着いている。モフモフの時代が幕開けたのだ。

モフモフが実写にやってきた 猿の惑星

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 翌年の『猿の惑星: 創世記』は、実写とCGの融合で徹底的にモフモフが用いられたという意味で金字塔的な作品である。主人公ならぬ主人猿・シーザーを演じるのは、モーションキャプチャをやらせれば右に出るものはないアンディ・サーキス。彼にとっては2005年のピーター・ジャクソン版『キングコング』以来、2度目の猿役であるが二つの役は180度異なっている。コングはイメージ通り派手に動き回り、ロングショットも多くいわば毛並みを誤魔化すように撮られていた。リメイク版の『猿の惑星』は、猿の繊細な芝居を楽しむ映画になっている。特に出色なのは、赤ちゃん〜少年猿がジェームズ・フランコ演じる科学者と戯れるシーンだ。自然光の中、ホームビデオのように無邪気に遊ぶシーザー。愛らしいったらない。これにはSNS時代にシェアされるようになったかわいい動物ビデオの影響が見受けられるのも、テン年代らしさだと言えよう。実際に、このかわいさこそが物語の重要なファクターとなり、あんなに可愛かったシーザーがグレるなんて…という悲劇性を生む。

かわいさとあざとさの一線 パディントン

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 そして、2014年「かわいい」映画はひとつの到達点を迎えることになる。『パディントン』だ。初めて観たときはかわいすぎて死ぬかと思った。というか、いまでも月に一回くらい軽く見返しては、きゃわいいい、と悶えている。パディントンは紛れもなくかわいいが、そのバランスは実に奇妙だ。動物か着ぐるみか判断に困るような佇まい、ウェス・アンダーソン的なオシャレな世界観でありながらベットリした耳クソを始め割と不快な表現も多い。しかし、このかわいさ以外の異物こそ、かわいいと素直に思えるために不可欠なギミックに思えてならない。映画の動物はすべてCGIで作られている、作為の産物に他ならない。動物のかわいさを再現しようと、それは本物ではなく、狙ったかわいさ、つまり「あざとさ」なのである。

 パディントンの成功に最も影響を受けているのは、元祖かわいい映画屋ディズニーである。事実、ディズニーはパディントンの監督ポール・キングを引き抜き『ピノキオ』の監督に抜擢した。他社でヒットを作った監督に「うちでもかわいいヤツ作ってくださいよ〜」とお願いするくらい、ディズニーはCGのかわいさを捉えそこなっていたからこそのキャスティングに、僕には見える。
『アイアンマン』シリーズなどのヒットメーカー/ジョン・ファブローはテン年代に『ジャングル・ブック』と『ライオンキング』、2本の動物モノ実写にリメイクを監督した。いずれも動物のCG表現では頂点であるし、ビジュアルは限りなくかわいい。しかし、胸の奥底をギュッと掴まれて悶えるようなかわいさを獲得していない。その原因は端的に2Dアニメーションの演出を、転用したからである。キャラクターとしてのかわいさと、生き物のかわいさの差異にきっと気がついていなかったのだ。

かわいさのジェンダーからの解放 名探偵ピカチュウ

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「かわいい映画」が次々と作られるようになったのには、オーディエンスの心理の変化も確実にある。犬や猫ならともかく、架空のキャラクターを成人男性が愛でることは、かつてなら「男らしくない、女々しい行為」として、基本的にキモがられていた。2009年に「オトメン」が流行語大賞となった。この語は、マッチョな見た目なのに、実は乙女なかわいい趣味をもっている男を指す。性差と趣味は関係ない、という「かわいい映画」の時代を予感させるものの、それでも「かわいいもの」=乙女趣味というジェンダー観が固定化されて引き継がれている。

「いつまでもかわいいもの好きでいいじゃん」、とミレニアル世代に語りかけるのが『名探偵ピカチュウ』だ。ジャスティン・スミス演じる主人公は「ポケモンは昔やってたけど、もういい大人だし」というポケモン第一世代の20代後半〜30代を男を代弁するようなキャラクターになっている。実際自分も映画を見て、シワシワピカチュウのぬいぐるみも、ポケモン剣盾も買ってしまった。世間的にも、アパレルブランドとコラボしたポケモンTシャツを自然に着ている人を、去年はよく見かけた。キャラを愛でていても、もうダサくないどころか、ちょっとオシャレなくらいになった変化は大きい。

銀河一かわいい生物の誕生 マンダロリアン

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 そして、2010年代を通して進化をし続けてきた「かわいい映画」は、最後の年に最高潮のムーブメントを生んだ。そう、ベイビー・ヨーダちゃんが登場する『マンダロリアン』である。人智を超えたかわいさである。なにせ、一言もしゃべらない。ゆりかごで寝てるか、時々ヨチヨチあるくくらいの最小限の動きのみの、ミニマムなかわいさでありながら、爆発的に愛らしい。全世界的にかわいさ一点突破で、スターウォーズ・エピソード9という大団円を迎えるムーブメントすら凌駕する人気を博してしまった。ちなみにこのシリーズは、上では批判してしまった、ジョン・ファブローが製作総指揮を務めている。もう、ごめんなさい。あなたはすごい! と、3000回でも言いますよ。

 映画も、スターウォーズの銀河も「かわいい」が侵攻し、一大帝国が築きあげられたのが2010年代だった。2020年代も、脳味噌がとろけるようなかわいさに出会えるディケードであることを心から望む。コロナ禍で強張った心を解きほぐす力が、かわいさにはきっと宿っているはずだから。

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