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世界は愚かで、そして優しく美しい【空気階段「fart」】

空気階段第五回単独公演『fart』を見ました。

第四回単独公演『anna』でがっしりとハートを掴まれて以来、関西の劇場に2人が来るたびに足を運ぶようになったけれど、単独公演を劇場で見るのはこれが初めてのことです。

チャンピオンになって初めての単独公演はかねてより夢だと公言していた、全国ツアーです。
『fart』と銘打たれた公演は14公演全て中止することなく完走しました。
このとてつもなく多忙な状況で、関係者の誰一人として濃厚接触者にもならず完走しきったことは奇跡だと思います。まずはなによりもそれが嬉しい。

『fart』は日本語で「おなら」「愚か者」という意味の単語です。
「キングオブコントを獲って初の単独ライブなので、肩の力が抜けるようなタイトルにしたかった」
二人のそんな意図も込められたこの公演にはタイトル通り、カッコ悪かったり、情けなかったり、迂闊だったりするけれど、どこか憎めない“fartな人たち”がたくさん登場します。

全国4都市・5つの会場を巡った『fart』は回数を重ねる毎に順番を変え、オチを変え、コントの数を増やし、進化を重ねていきました。事実、私がNGKで見た公演と配信で見た千秋楽公演とでは順番も衣装もコントの数も大きく変更が加えられていて、特に大阪公演の時点で産まれていなかったコントを見て卒倒しそうになりました。(生で見たかった……)

空気階段の単独公演のキモは、ラストのコントです。公演のタイトルがそのままラストのコントにもつけられていて、全てのコントの事象が集約されていく。
彼らのそれは回収のための緻密に配置された伏線というよりも、これまで見てきた情けなくも愛おしい人々がみな同じ世界線で生活している痕跡のようなもので、彼らの気配に気付くたびにその世界に深みと愛おしさをプラスしてくれます。

『anna』『fart』ともに、ラストは45分以上ある長尺コントです。それは一本の映画を見たあとのような満足感と、笑いだけじゃない様々な感情で胸がいっぱいになる彼らの渾身の物語。かつてもぐらさんが「金曜ロードショーでコントを流したい」と発言したことがあったのを思い出します。二人が単独公演をやり続けたいと言い続ける理由は、テレビじゃ絶対に流せないこの長尺のコントがやりたいからなのではないかと思うのです。

空気階段の強みは作り手と演じ手ではなく、二人とも作り手であり演じ手であるというところなのでしょう。色んな部分で真逆な二人なのに、ことコントに向ける情熱に関しては熱量も方向性もほとんど合致しているように見受けられるのです。(これに関してはもぐらさんの老成ともいえる程の穏やかさと、かたまりさんの幼子のような素直さが上手く噛み合っているのだろうと思うのですが)
お互いが作り手であり、演じ手でもあることで表現したいものが他人のフィルターを通さずに100%の純度で表れる。自分たちが作ったものを自分たちで演じるというコント師ならではの凄みを、今公演では何度も感じることが出来ました。

劇団ひとりも絶賛するもぐらさんの芸達者ぶりは今公演でも輝いていて、コントの体裁を取りながら唐突に始まる『鈴木もぐらワンマンショー』にはこの人は一体どこまで器用なんだろう、と驚かされました。 

シンボリックなボディと口元の髭をもつもぐらさん。
どこにでもいる人間とは到底言い難いパーツの持ち主なのに、劇中の七変化ぶりといったら!「口元のヒゲのせいでもぐらには学生役をさせられない」と過去にかたまりさんが話していましたが、口元にたっぷりとヒゲをたくわえた高校生が単独公演には至極当然の顔で存在しています。もちろん劇中でスマートにヒゲの理由付けをしてくれる親切設計なので、なんの疑問も持たずに見れます。ありがたいですね。

そんなもぐらさんの技巧的で緻密なお芝居とはまた違って、かたまりさんはどこまでもまっすぐ言葉を吐き出すタイプの人。どんな役でも演じられる『万能型』のもぐらさんと違って、かたまりさんは自分自身を発展させて役を演じる『感覚型』のコント師だと思います。どこにでもいるような人間の出で立ちをしているのは間違いなくかたまりさんの方なのに、(わがままボディのおじさんという制限があるものの)己を消してどんな人にでもなれるのはもぐらさんの方で、かたまりさんは演じる対象が男だろうと女だろうと大人だろうと子どもだろうと基本的にかたまりさんを色濃く残した仕上がりになることが多いように感じます。

そしてそんなかたまりさんのお芝居が、それはもう素晴らしかったのです。特に最後のコント『fart』は言葉にならないくらいに。これは配信で見ると更に解像度があがるので劇場で見た人も、いや、見た人こそもういちど配信で見るのをオススメします。

(以下、コント『fart』の冒頭の部分に触れています。ネタバレという程でもないかもですが、これから見る方はご注意ください)

コント『fart』は体質が原因でいじめにあい、高校を退学し引きこもる17歳の少年ツトムと、鳥を相棒に函館から東京を目指して旅をしている鳥じいが出会って始まる二人と一羽の物語です。

真っ暗な部屋の中、コタツでFPSに興じるツトム。ゲーム画面の光だけが彼の顔を照らし、リビングから呼びかける母親の声はヘッドホンで聞こえない。コタツの中で寝落ちして、起きてはまたすぐにゲームの世界に戻る…そんなゾンビのような生活をただただ無為に繰り返す少年のモノローグからそのコントはスタートします。

朝なのか、夜なのか、わからない。

毎日毎日敵を撃ったり、武器を集めたり、ブロックを消したり、野球選手を作ったり、ヒロインを振り向かせたり、やることがいっぱいだ。

僕がいなければ、世界はたちまちゾンビやモンスターで溢れかえることになる。

僕は世界を救っている。
僕はヒーローだ。



僕は、愚かだ。
コント『fart』

かたまりさんが慶応大学を数ヶ月で中退し、何もかも嫌になって引きこもっていたエピソードはその中退のきっかけになった事件も含めて色んな番組で披露され、今では随分と広く知られるようになりました。かたまりさん自身も引きこもっていた時期にパワプロで野球選手を山のように作っていたなど、ツトム少年にかつての水川かたまりの姿を私たちにオーバーラップさせるには充分すぎるエピソードです。

だからこそ、かたまりさんのお芝居は刺さります。
こと『fart』に関しては、他人の言動に傷付いたまま、身動きがとれなくなっているツトムの挙動がリアルに描かれます。ゲームの中の自分はヒーローよろしくなんだって出来るのに、現実の世界からは爪弾きにされた自分を『愚か』だと自覚し、自嘲する。
孤独を背負ったようなモノローグと、入れ替わるようにして暗闇の中にぽつんと現れる『fart』の文字。数分前まで笑いで溢れていた空間を、一瞬にして静まり返らせたあの演出とかたまりさんの演技。改めて配信でかたまりさんの表情を見て鳥肌が立ちました。

そんなコント『fart』は傷ついた人の隣にそっと並んで、何も言わずに待っていてくれる……立ち上がろうとすればそっと肩を差し出してくれるし、同じ歩幅で隣を歩いてくれる。派手なエールは無いかもしれないけれど、空気階段らしさが詰まったコントです。
なにより私は『fart』と銘打った公演で、このコントをラストにもってきた二人の優しさを感じずにはいられません。

子どもだろうと大人だろうと関係なく、生きていればどこかで躓くし、しばらく立ち上がれないことだってある。そうして立ち上がれないまま、動けなくなることだってある。なんもかんも嫌になってこのまま朝にならないでと願う夜も、せわしく進んでいく周りの人達を見失って孤独に潰されそうになる日もあります。

 そんな時は『fart』の登場人物たちを思い出せば、少しだけ息を整えることができるかも知れない。心から、そう思うのです。

fart、2022年4月10日まで配信中です!あと二日!

なんと!!皆さんご存知チケットぴあでも配信しているよ!!なんと絶対ご用意されるチケットだよ!!やったね!!!

大好きな人たちに見てほしいなぁ、ほんと。

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