「席の方、空いております」
最近、仕事終わりにカフェに行って原稿をしたりしているんですけれど、
本当に、カフェや喫茶店に行くと、いろんな人が見られていいですね。
この前、その店が少し混んでいたとき、二階の席の状況を確認するために階段を上がろうとしたところ、女性の店員に呼び止められた。
「二階をご利用ですか?」
「はい」
「席の方、空いております!」
「はあ」
店員と目が合う。すらりとスタイルがよく、目鼻立ちもはっきりしていて、まるでモデルのように綺麗な人だなあ、と、ぼんやり考えたが、
——違う、そうじゃなかった。
と、我に返った。
「席の確認をしたいんですけれど」
「? ですから、席は空いております」
——そうきたか、と、思った。美人に見とれている場合じゃなかった。
「えーと、確認に行ってもいいですか」
ぼくが言うと、そのモデルふう店員さんは、首を傾げた。
ちょっと不機嫌にもなっていたように見えた。
たぶん、わけがわからなかったのでしょう。席が空いていると伝えたのに、なぜ確認に行くのか、皆目見当もつかないといった様子でした。
ごめんよ。べつに、あなたの言うことを信じていないわけじゃない。というより、あなたが全面的に正しい。
「席は空いているのですが……」
と、モデル店員は眉間に皺を寄せた。美人はいかめしい顔をしても美人なのだという発見は、ここでは置いておくとして。
「ちょっと見たいんです」
「……はぁ…………どうぞ…………」
彼女は、完全に理解不能のコミュニケーション不可能な昆虫を見るような目で、ぼくを見た。
その手の性癖を持った男にはたまらない視線なのでしょうが、このときのぼくはそれを愉しむことはせず、階段をのぼった。
「…………」
たしかに、彼女が言った通り、席は空いていた。
しかし、ぼくはそのまま踵を返して、店を出ました。
——なぜなら、座りたいなと思う椅子、座っても構わないと思える椅子がなかったからです。
美人店員さんへの当てつけのようになってしまったかなと一瞬思いましたが、仕方ない。座りたくない椅子に無理に座るストレスは受けたくないものですから。
思うに、たぶん『席が空いている状態』の捉え方が違うのです。
このモデル店員さんは、『人が座っていない椅子がある』という意味で『席が空いている』と、ぼくに伝えたのでしょう。
でも、ぼくは、『空いている椅子の中で座りたい椅子』を探していた。
ぼくにとって重要なのは、そこが自分にとって気持ちのいい(もしくは、許容できる)環境かどうか、であって、単に椅子が空いているというだけでは、そこに座る理由にはならないのです。
と。
まあ、こんなことを考えていたわけですが、これは様々なことに言えるのではないでしょうか。
供給側が需要を見越して用意したものが、客側にとってはズレていたり不足していたり、という。
小説などのコンテンツでもありうることかなと。
有名な話ですが、『客はドリルが欲しいんじゃない、穴が欲しいんだ』みたいな営業の極意の話にも近しいですね。
……目からウロコの方もいれば、耳にタコの方もいるかと思いますが。
何が需要なのかを、マクロな目線で見極めることが重要なんですね。
と、まあ、理屈をこねましたが、この、ぼくの生来の「なんかいやだ」と思ったらその場から立ち去るクセは、時には直さないといけないなと思ったり……。
子供のころも、友達と遊んでいていやなことがあったらすぐ帰りましたし。
自分にとって心地いいかを重視するのは、快適な人生を送る秘訣かなと思いますし、そういう性格なのは仕方ないとして。時と場合ってやつを、ですね……。
でも、スタバに行って椅子を取るために行列に並び、やっと椅子を取れたらこんどはコーヒーを買うための行列に並ぶという行為は、ぼくの人生にカケラも必要ないことは強く言っておきます……(笑)
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