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フェリーに乗ってライラックを見に行く(1)

そういえばまだ見ていなかった

「ライラックを見に行きたい」
そう思い立ったのは、昨年の花シーズンが終わる頃だった。

私の人生で良かったことのひとつに、中富良野のラベンダーとの出会いがある。幼い頃から紫色になぜか強くひかれていた私。30年近く前に紫色の花が丘一面を染めるラベンダー畑を知り、以来幾度となく訪れた。ファーム富田の代表、故・富田忠雄さんにお目にかかり、お声をかけていただく栄にも浴した。

が、近年富良野地区は有名になりすぎて、花の季節は人であふれる。日本語よりも外国語が多く飛び交う。富田さんが提唱した言葉にちなむ”花人街道”こと国道237号線には観光バスが連なる。忠雄さん没後のファーム富田はお隣と折り合いがよくないのか、畑の脇に高い壁を張り巡らせた。私は凛とした青空に純白のパウダースノーが輝く季節を選び、お気に入りの静かな宿で過ごす時間を愛するようになった。

北海道にはもうひとつ紫色が印象的な花がある。
ライラック(lilac)。フランス語では「リラ(lilas)」という。モクセイ科で、ラベンダーとは趣の異なる芳香を放つ。
春から夏に移ろう頃一時的に気温が下がる現象を「リラ冷え」と称する。この事前知識だけで旅欲を刺激するには十分である。

ライラックの本場は札幌。市の木にも制定されている。私は秋冬を中心に幾度となく札幌を訪れてきたが、近年はあまり足を向けていない。

昨年5月、函館本線を旭川から函館まで乗り通す旅をした。その途中ある駅で、快晴の朝夥しい数の八重桜が美しく咲いている様を見かけ、列車を1本遅らせて鑑賞した。しかし無知な私はそれをライラックと勘違いしていた。

そういえばまだ見ていなかった。
本物のライラックをきちんと見ておきたい。
そう思った時、花は既に散っていた。

予約は機を見るに敏で

それから1年近く心の片隅に希望を保管して、5月に入ると地元開花情報と気象情報サイトのチェックを日課とした。今年は一気に暑くなり、桜は咲き急ぎ散り急いだ。札幌は東京ほどではないものの、様々な花が例年以上に早く見ごろを迎えているという。

せっかく出向くのならば往復飛行機ではなく何かしら変化をつけたい。新日本海フェリーの新潟~小樽航路に目星をつけた。鉄道業界が手堅い人気のあった東京・関西~北海道直通夜行輸送から全て撤退してしまったので、旅の道中を楽しみながら北へ向かおうとすればフェリー一択になる。

札幌の週間予報は大型連休明け曇りや雨が続く。唯一晴天が期待できそうな日は、たまたま大通公園ライラックまつりの開会日だった。新日本海フェリーのサイトを見たら個室に空きがある。機を見るに敏、一気に予約を済ませた。

宿泊を伴う長距離フェリーの乗船経験は1997年夏の苫小牧発仙台(多賀城)行き太平洋フェリー、2011年夏の神戸六甲アイランド発新門司港行き阪九フェリーの2回。出港前、夏の夕映えに染まる六甲山を見ながらカフェテリア形式のレストランでカレーはじめたくさんの料理をいただきお腹いっぱいになったこと、瀬戸大橋を渡るマリンライナーの光を見てから寝たこと、翌朝頭がフラフラして、門司港を見た後天神に向かう西鉄高速バスで眠りこけたことを覚えている。新日本海フェリーは阪九フェリーと同じ企業グループに属している。30年近く前一度予約したものの直前にキャンセルしたので、そのリベンジにもあたる。

(おことわり)以後の文章において、新日本海フェリーに関する記述はジャンボフェリー「あおい」との比較が多くなります。関係の方やファンの皆さまには失礼にあたるやもしれませんが、他をよく知らないので何卒ご容赦ください。

とき311号

よく晴れた朝、旅を始めた。
5月にしては珍しくはっきり姿を見せている富士山に見送られるかのように新河岸川、荒川を渡る。

大宮駅から9時34分発の上越新幹線「とき311号」に乗り継ぐ。この列車の選択は、私にとって実験のひとつである。

新潟まで止まりません!

「とき311号」は都市近郊大手私鉄で言えば快速急行タイプで、大宮~新潟間ノンストップ。高崎も長岡も黙殺する。新潟市内を目的とする人および村上など下越地方・酒田など山形県庄内地方を目指す人の便宜を図る目的だろうが、最近のJRにしてはずいぶん思い切った設定である。目的が新潟港ならば途中の「おらが街の新幹線駅」などに構っていられず、その意味でもまことに好都合な列車である。

もちろん自由席。
動画サイトやブログで長距離フェリーの乗船記を載せている人は、スイートなど最上級船室を予約した上で港へのアプローチとして短区間でも新幹線に乗車したり、新幹線グリーン車を使って赴き、駅からタクシーに乗ったりして贅を尽くしているが、彼らはまだ自力で十分稼ぐあてがある人たち。私は残りの人生で高額収入の見込みがないので、今のうちからお金の使い方にめりはりをつけなければならない。体力との相談も必要となる。

自由席は3割程度の乗車、余裕で窓側席に座れた。最新車両でコンセント完備がありがたい。ここでも富士山に見送られるかの如く列車は加速を始める。

大宮の街の彼方に富士の嶺

防音壁に阻まれながらも初夏の水田や関越自動車道、妙義山や榛名山を遠望しているうちに、遠い昔家族旅行で行った白衣大観音の姿がちらりと見え、高崎を一気に通過。山岳地帯に入る。上毛高原で先行する「とき309号」を追い抜き、大清水の長いトンネルにかかり、越後湯沢のマンションが一瞬目に入り、さらに長いトンネルを抜けるともう越後平野に出た。米どころを象徴する水田の向こうに弥彦山が見渡せる。10時41分、定刻に新潟着。

ここは越後米どころ

久しぶりに降り立った新潟駅は在来線の立体化および駅改築工事中で、国鉄主要駅の風格を漂わせていた元の駅舎は姿を消し、跡地の整備が行われていた。初めて札幌に行った時も駅の高架化間もない頃で、元の煤けたホームや線路跡とクロスする仮通路を歩いて改札に向かったことを思い出す。

新潟駅万代口。フェンス向こう側の空き地に元の駅ビルがあった。

フェリーターミナルへ

新日本海フェリーの公式サイトでは

出港時間の60分前までにフェリーターミナルへお越しください。

新日本海フェリー公式サイトより

と案内されている。あらかじめプリントした「e乗船券お客さま控」にも

乗船港には出港の60分前[11:00]までにお越しください。

e乗船券お客さま控より

と明記されている。タクシーを使えば多分11時に到着できるだろう。乗船記などによればおおむね1,500円程度と見込まれる。が、私はあえて駅前10時52分発の新潟交通バスE20系統松浜行きに乗車した。このバスの末広橋(フェリーターミナル最寄り停留所)到着は11時10分、運賃は210円。「60分前まで」の約束を違える形となるが、遅れない限りは大丈夫という確信を持っていた。
・5月大型連休明けの平日で乗船客はそういないと見込まれること
・ネット予約でジャンボフェリー同様に乗船QRコードが発行されていてターミナル内のカウンターに立ち寄る必要がないこと
・検温もなくなったこと
・乗船記などより、徒歩乗客の乗船改札は11時15分くらいから始めているとわかること
・最終締め切りが11時30分であること
が根拠である。

新潟交通ではフェリー接続バスとしてE11系統新日本海フェリー経由臨港病院行きを設定しているが、駅前発10時17分、フェリー乗り場着10時32分で「とき311号」からは乗り継げない。律儀にこのバスに乗ろうとすれば大宮8時13分発の「とき305号」で出発しなければならない。この列車は高崎以遠各駅停車の大手私鉄準急タイプである。新潟で降りてからも30分近く間が空く。

新日本海フェリーの会社サイドでも、首都圏から新幹線乗り継ぎで来てくれるお客さんが多いことは承知している模様。首都圏のラッシュアワー過ぎに出発する最速の「とき」からでも間に合うと立証すればさらにアピールできるだろう。タクシー料金との差額で船内の食事などにもお金を落としてくれるだろう。「とき311号」の選択目的はこの実証実験であった。

バスターミナルは元の駅舎に接する位置にある古い建物で、2023年5月現在では新駅舎改札口から少々歩かされるが、駅前整地が終われば新駅舎前に移転するつもりだろうか。

バスは万代シテイに立ち寄り、港湾を目指す。街の顔が変わり、いかにも港を思わせる武骨な建物群の先に朱鷺メッセがそびえたつ。ここで大規模なイベントがある際には周辺道路が混雑しやすいそうで、そういう日には「とき311号」乗り継ぎ実証実験は行わないほうがよいだろう。

道路脇には「小樽航路」の案内板が随所に建てられている。「北海道航路」と記した道路標識を見つけたと思ったら、そこが末広橋停留所だった。

末広橋バス停近くの交差点。いよいよ北海道へ!

バスは11時10分定刻着、初夏の陽気の中フェリー乗り場へ急ぐ。動画サイトで見かけた道を5分ほど歩くと到着した。守衛さんがにこやかに挨拶してくれて、私は会釈を返した。実験はつつがなく終了した。

これから乗る船は奇しくも「らべんだあ」である。2017年3月就航で、新船当時は話題を呼んだらしい。「らいらっく」という船もあるが、「らべんだあ」就航に伴い敦賀~苫小牧航路に転属されたという。

新潟フェリーターミナルと「らべんだあ」

ターミナルビルを包み込むような「らべんだあ」は文字通りのジャンボなフェリー。海外に出向くクルーズ船はさらに大きいという。

ビルに入りまっすぐ乗船口を目指す。予想通り乗船時刻は11時15分だった。ビル1階にはレストランがあり、早く着いた人には好評の模様。2階に上がるとちょうど係員が「お待たせいたしました、どうぞご乗船ください。」と声を発するところだった。

まもなく乗船開始
乗船口階段脇には「らべんだあ」の模型が置かれている

乗船口で待っていた人は20人程度。いかにもといった高齢者は見当たらず、私よりもやや若い母娘連れとおぼしき女性客が多かった。ボーディングブリッジを渡り、船上の人となる。

マリンブルーの船へ


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