見出し画像

忘れがたきうどん店(14) 須崎食料品店



はじめに ~お礼~

前回の記事「忘れがたきうどん店(13) 上戸うどん」が「今日の注目記事」および「#おいしいお店まとめ」のマガジンで取り上げられました。これまでにない数のスキをつけていただき、とても嬉しく存じます。両マガジン管理の皆さま、スキをつけてくださった皆さま、ありがとうございました。心より御礼申し上げます。

冗長な文章が多く、写真の質もあまり芳しくないクリエーターページではありますが、よろしければ他の記事もご覧になり、ごひいきをいただければ幸いです。

天空のうどん店

香川県には山間部で営業するうどん店がいくつかある。まんのう町のお店が十数年前に映画のロケ地として使われたことがあるそうで、”山里のうどん店”はさぬきうどん文化に新たな魅力を加えた。こんなところに飲食店?という意外性と、大自然の中のうどんという素朴なスタイルが多くの人の琴線に触れたのだろう。

まんのう町のお店は自家用車がないとアプローチが難しい。土讃線の黒川駅から歩いて行けるお店もあるが、近年は琴平以南(阿波池田方面)の普通列車が著しく削減されて、営業時間にあわせてたどり着くことができなくなっている。

対して、三豊市の山間部には地元の人の間でとても有名なお店がある。その名は 須崎食料品店 。東北地方の山間などでも見かける、昔ながらのなんでも屋的食料品スーパーマーケットに製麺所が併設された形の店舗である。

ここのうどんが素晴らしくおいしいという。「さぬきうどんの最高峰」と評する人もいる。ホームページ内で紹介されている所在地案内動画を見ると、まさに"天空のうどん店”。近年は若干観光地化されているというまんのう町のお店よりも秘境感があるし、私も試してみたいという意欲が湧いてきた。

バスで行ける

もうひとつ動機となったのは「公共交通機関でも営業時間に合わせて行ける」という点。
三豊市では市営のコミュニティバスが運転されている。市のホームページに掲載されている時刻表と路線図を丹念に見て行くと、祝日を除く月・水・金に運転される高瀬線北コースの「西森」停留所のすぐ近くに須崎食料品店があることがわかる。三豊市役所8時21分始発の便に乗れば西森8時47分着。9時開店を待つ人たちの列に並ぶには絶好の時刻である。

お店は水曜日定休なので、このバスを使って行ける日は月曜日か金曜日に限られる。

祝日を除く火・木・土は高瀬線南コースが運転され、西森停留所は通らない。この場合は「麻機構センター」で下車して、徒歩10分程度で着ける模様。日曜日は両路線とも運休である。

8時前にもかかわらず30℃近い気温。湿気で蒸され、強い日差しに焼け焦げてしまいそうな7月下旬の朝、JR高瀬駅で列車から降りた。

高瀬駅(2023年7月)

朝の通勤時間帯だが、駅は頗る静かであった。三豊市役所までは徒歩5分程度。市役所の建物は新しくきれいで、出勤してくる人の姿もちらほら見かける。皆さん近くの駐車場に車を止めているのだろうか。

あまりにも暑いしまぶしすぎるので、既に開いている庁舎内でしばし過ごし、頃合いを見て停留所に赴く。8時21分が来てもそれらしき車両は現れず、にわかに焦り始め、汗の滲みが激しくなる。コミュニティバスはいわゆる路線バスの大型車両ではなく、ワンボックスカータイプを使うケースが多いので、慣れていないと気づけない恐れもある。

3分ほど遅れて、黄緑色のワンボックスカーが向かいの駐車場から出庫してきた。

三豊市コミュニティバス高瀬線

乗客は私のみ。この頃はどこの地方に行っても乗客がひとりもいない日が多いであろう路線バスを頻繁に見かける。乗るたびに侘しさが募るが、とりあえず冷房が心地よい。

小さな市街地を抜けて左折、国道に入り平野部の田園地帯をしばし進み右折、山道に入る。あっという間に車窓が変わり、気がついたら市街地をはるか眼下に見通す地点まで上っていた。途中で地元の人がひとり乗り、私より先に降りていった。

およそ30分で西森停留所に到着した。この一帯は「麻」という集落である。

西森停留所

須崎食料品店は道路沿いに建つ鮮魚店裏手の路地に入ってすぐ。店舗の前は広場状になっている。店と相対する位置に人形が置かれていた。

モデルはおまわりさん?

よく見ると台座に「世界の願い交通安全」と彫られている。設置の経緯は知るべくもないが、少なくとも店の宣伝目的ではない。

THE”ゆでめん"

8時55分、店先には10人程度並んでいる。備え付けの番号札を取ると「9」と記されていた。開店前に来た人は入口脇の箱から番号札を取って並ぶ。開店数分前に店員が一巡して、番号順に人数と注文を聞いて行くシステムである。この日は暑いせいか、よく晴れていても十数人の行列で済んだが、気候がよい季節の週末は開店前に100人近くが列をなすこともあるという。

開店時間が来て、すぐに店内に入れてもらえた。いかにも田舎のお店らしい、金言類が記された掲示と並んで「食べログアワード」の表彰状や「うどん百名店」のステッカーがずらりと並び、異彩を放っている。

「食べログアワード」表彰状
フクロウに「福朗」「富久郎」などの文字をあてて守り神にしている

私の後ろに30人ほど並んでいる気配がしていたので、このあたりの写真は歩きながら咄嗟にシャッターを切っている。あとで改めて写真を見て、フクロウを守り神としていると初めて気がついた。

このお店はしょう油うどんのみ。温・冷および大(2玉)・小(1玉)を選択する。すなわちゆでた麺だけをシンプルに提供する、文字通り「ゆでめん」のお店である。ある程度ロック音楽に詳しい人にとって”ゆでめん”は別の意味を持つ言葉でもあるが、1950年代に東京の新宿区と中野区の境近くの川べりに実在していたというかの店もこのような雰囲気だったのだろうか。

あらかじめ番号札を取っている人は、札と引き換えにうどんが入った丼を渡される。待つことなく丼を手にした。

須崎食料品店の”ゆでめん”(温の小)

小麦がまるで生きていて、その息づかいまで聞こえてきそうな麺である。

丼を持って隣の部屋(階段下?)に移る。そこには一般家庭の台所にあるようなテーブルクロスの上に醤油ボトル、薬味(ネギ、しょうが)のタッパー、七味唐辛子の壜が置かれている。客は各自麺に醤油を適量かけて、好みに合わせて薬味を乗せる。「辛くなるので醤油をかけすぎないように」とよくアドバイスされているが、関東人ゆえ若干多めが好ましい。もちろんほどほどにかけた。醤油は市販品らしい。

しょう油、ショウガ、ネギ
しょう油を注ぐとエッジが際立つ

このコーナーには鶏卵もあり、多くの客が割り入れているが、私は生卵はじめ卵料理が大の苦手。香川県うどん店めぐりでも釜玉が一番の売りの店や、サービスのつもりで店員がしょう油うどんに鶉の卵を入れる店はあらかじめ計画から除外している。目を合わせないようにしてさらに進む。

しょう油・薬味部屋の隣は食料品店。この地域の大切なインフラを担っている。レジに近い一角にトッピングコーナーがあり、鶏やちくわなどの天ぷら、唐揚げ、コロッケなどが置いてある。都内スーパーマーケットでも設置されているお惣菜コーナーも兼ねているのだろう。私は鶏天とかにかま天を取った。

デザートもここで買える

以前の訪問記やさぬきうどんブログなどでは「トッピング類は食べる前に食料品店のレジで支払い、麺については食後丼を返す際に大小いずれかを申告して支払う」と案内されているが、この日は食料品店レジで麺も併せて会計してくれた。ルールを変更したらしい。客から見れば二度の支払いを一回にまとめられるし、お店から見れば性善説に従う形の申告制につきもののロスを心配しなくて済む。これまで分けていたのは売り上げ管理上の事情と推察されるが、集約は賢明だと思う。

山辺の三叉路で

店内に飲食スペースはなく、丼を持って外に出る。店舗の向かいの家(そこにも「すざき」の看板が掲げられている)及び斜め向かいの家の軒下にベンチがたくさん置かれていて、そこでいただく。いずれもお店所有物件なのだろうか。近所の人たちの理解と協力がなければこのスタイルで営業を続けられないだろう。

青空のようにうどんを食べよう

暑い季節ゆえ扇風機が回っていたが、暑くない季節には暖房があるのだろうか。

ベンチに丼を置く。鶏天は丼からはみ出るほど大きい。

迫力の鶏天

いよいよ口をつける。かなりの太麺、どっしりとしたコシが響く。その一方、とても優しい味わいである。しっかりとゆでている証拠、これぞ真の”ゆでめん”。しょう油の甘辛さはあくまで脇役で、小麦から引き出されるグルテンのうまみを存分に楽しむうどんである。すするよりもしっかり噛むほうに適している。セルフ店ゆえ天ぷら類は作り置きだが、揚げたてを出せない分、麺そのものの実力で食べる人を納得させる一品だろう。食べているうちに心なしか風が優しく感じられた。「さぬきうどんの最高峰」の名に違わない一杯、ごちそうさまでした。

ぷりぷりの麺。じゅるる♪

山奥の小さな集落ゆえ、須崎食料品店では静謐な環境を守るため、テレビなどの映像メディアの取材を受け付けていないという。「うどんタクシーチャンネル」でも長らく取材できなかったが、福島県白河ラーメンの人と一緒に来店する際特別に許可してもらったらしく、またも私が座った席で新人運転手さんがうどんをいただいていた。麦香、上戸、須崎と3店で新人運転手さんとかぶったことになる。

開店時間に合わせて来た人たちは風に吹かれつつ思い思いにうどんを食べていたが、食べ終わるたびに人影がまばらになり、10時を過ぎると店外に並ぶ人の姿は見られなくなった。時折新たなお客さんが現れて、すぐに店に入って行く。うどん店としては11時30分までの営業なので、混雑する日は10時台にも行列のピークができるというが、今日は静かである。次に西森停留所を通るバスは11時25分到着予定。まだ1時間以上あるので、改めて集落を歩いてみた。

須崎食料品店向かいの飲食スペースの先は鋭角な三角形の土地で、古い道標が建てられている。バスが通る道路ができるまでは”追分”でもあったのだろう。

建屋がもう少し手前まであったらトンガリ計測部を呼びたいところ

道標の左側面には「もとやま道 明治三十八年(1905年)九月 麻西岡組中」と彫られている。右側面には「ぜんつじ道」。「もとやま」は三豊市の本山を示す。

麻集落は今の三豊市・観音寺市の海沿いと金刀比羅宮・善通寺を結ぶ街道の要衝であったのだろう。この三叉路を左に進めば海へ向かい、右に進めば山を下って善通寺に至り、手前に戻れば峠を越えてこんぴらさんという形だったと推測される。須崎食料品店は街道の結節点を象徴するランドマーク的な存在だったと偲ばれる。

集落で目立つ建物は小学校、郵便局、駐在所、古い電器店。地方集落の定番が揃っている。駐在所前の那須与一をモデルにしたキャラクター看板が目を引いた。

自慢の弓で地域を守ります

集落内に公衆トイレはないが、須崎食料品店の母屋で借りることができる。

いつしかバスの時間が近づいてきた。今一度須崎食料品店の姿をカメラに収め、麻集落を後にした。

またひとつ良き思い出が増えた

香川県 私のお勧めうどん店(改訂版)

ここで私が推薦する香川県うどん店を挙げる。(2023年12月改訂)

<高松市>
・おうどん瀬戸晴れ 
・麦蔵
・鶴丸


<中讃地域>
・麦香(丸亀市)
・山下うどん(坂出市)
・山内うどん(まんのう町)

<西讃地域>
・上戸うどん(観音寺市)
・須崎食料品店(三豊市)

<その他>
・ジャンボフェリーふねピッピ

この他飲食店舗としては利用していないが、坂出市の「日の出製麺所」オンラインショップで販売している真空パック生うどんが優れている。艶やかな麺でのどごしがとてもよい。


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集