夢デート


今でも周知は少ないと個人的には思っているけど、当時は恐らく夢デートという言葉すら存在しなかったと思う。そしてのちのち今となってはタブーなことをしていたと知る。それはもうしゃあない、昔のことだし明確なルールなんてなかったから…多分…

夢デートをするきっかけは忘れたけれど、当時思っていたことと言えばうちはドマイナー界隈なので人数もいないしそもそも衣装だって少し名が出てきた今では売ってあるが当時はなかった、はず。

それが当日、衣装もアクセサリーも髪型も完璧に仕上げてきて驚いた。その子は忙しい中、似たような質感や色味の生地を探しボタンまで似たものを付け替え衣装を作ってくれた。そこまでわたしにしてくれる理由はなんなのかすごく不思議に思っていた。髪型に至っては自前を切ったと言ってた。職場は髪を染めたら駄目なところなんだけどギリギリの明るさまで染めたわ、と笑っていた。

元々その子はボーイッシュなタイプで周りに女の子がとても多く、顔もいい。そしてわたしはその周りにいる女の子たちに嫉妬をしていやだいやだと拗ねるともう連絡しないよわかったわかったと宥めてくれる。これはもはや彼氏なのだ。旦那さんを介してではなく生身で好きだと言ってくれたり、お前が一番大事だよと言ってくれたり、わたしの心を埋めてくれた。

夢デートで助かったことと言えば、旦那さんの衣装がギリギリこういう人いるよね…いる、よね…という服装だったこと。スーツに近いものなのでいやこれはコスプレやろ!と一目見てなる人はあまりいなかったと思う。いたらごめん。ドマイナーだけどごめん。とはいえ今でいうガチガチのキャラ設定の夢デートではなく、衣装とか恰好はキャラクターだけど中身は割とその子のままでたまにそれっぽい台詞をいれてくるような軽いものだった。

植物園に行って、たくさんの花に囲まれて手を繋いで歩いたり、電車に乗って移動して、そこでも手を繋いだ。今でこそジェンダーとかLGBTQとかでだいぶ許容されるようになってきたものの当時はまだそこまでそういう言葉も広がってなかった中、女同士で手を繋ぎデートをしている。後ろ指をさされても白い目で見られても、それでも幸せだった。正直周りがどう見えてどう思っていたのか全く気にしていなかったのかもしれないけど怪訝な目で見られていたとしてもそれが見えないほど、幸せ過ぎて気にならなかった。

そういうわたしは死ぬほど金を積み普段着ないような服を買い、おしゃれをして旦那さんといる自分で一緒にいた。お淑やかで騒ぐこともなく静かに話をして綺麗に笑う。自分は声がコンプレックスだ。好いてもらうために一緒にいる間ずっと別人のような声を出していた、綺麗な声を。それに耐えられる喉を持っていてよかったと思った。寝る直前まで、起きた瞬間から喉を作って自分じゃない声で話していた。そこまでして好かれたかったのだ。

その後、外国のような外観のお店に行った。ご飯を食べ写真を撮り、夜になって花火大会を見た。終わってそのままその子の家に泊まらせてもらった。
中に入れば生身になったが、たまに衣装や台詞で私を殺しに来る。夜になって一緒のベッドで眠った。

だけでは終わらなかった。どうはじまったのか記憶にないがエロいことをした。腕枕をしてもらって確かキスからはじまりやんわり身体を撫でられ、指を入れられてイカされたことは覚えてる。ここでまた自分の気持ちと相手の気持ちがよく分からなくなる。だけどとても幸せだった。好きな人とキスができ、触れることができ、自分だけを愛してくれている。実際のところは分からない。ムードもクソもないことを言えばただなんとなくしたかったのかも知れないけどそれでもメリットがない。だってわたしは何もしてないのだから、触れてもないししてもらってばかりなのですると言ったらそういうのはいいと言われて何もしなかった。ふたりしていちゃいちゃしながらベッドに入った。

隣で肌の温もりを感じながら思ったことがふと口から零れていた。
「このまま死ぬことができればいいのに」

人は幸せ過ぎると死を選ぶ。こんなに幸せなまま死ねればそれこそ幸せなのに、と。人生のどん底でも人は死を選ぶし、人生の頂点でも人は死を選ぶと理解した。その気持ちは数年経った今でも1㎜も変わっていない。今でもあああの時死んでいれば幸せだったのにと、何度も思う。思ってしまう。それほど強烈な幸せを他人は感じたことがあるんだろうか。紛れもなく、疑いようもなく、間違いなく人生で一番の幸せだという実感を人はしたことがあるんだろうか。何年何十年先になってもあの時が一番幸せだったと言える経験はあるんだろうか。

だがそれとは別で、どういう気持ちでこういうことをしたのだろうという思いは止まらなかった。今となってはデリカシーがないなと思うが当時は気持ちの整理に必死だった。次の日、その子に聞いた。あなたはレズなの?男の人が苦手なの?自分の性別ってどう思ってる?と。返ってきた言葉は「分からない」だった。今だったらきっとはっきり認知しているだろう、かくいうわたしも当事者なので聞かれる気持ちも、聞いてしまう気持ちもよくわかる。申し訳ないことをしたなと思う、嫌な気持ちになっていないといいけどごめんなさい。

そんなこんなでお別れして、それ以降もう二度と会わなかった。
連絡は取っていた、けどそれもだんだんなくなり仕事が忙しくなったのかと我慢していたが事件は起きた。

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