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父親の物体

父親が硫化水素で自殺した時、悲しいとか寂しいとか思わなかった。
「とうとう逝ったか」と1つ溜息を吐かせてくれた。
そんなどこか達観した態度で彼を見ていた。
家族にさえ感情が薄情だった。それは父親だけに限らず未だ生きている母親に対しても親近感はない。

警察署で父の冷たくなった遺体を見て人の死には慣れていないはずなのに涙なんか出なかった。魂が無くなった身体というのはすごく冷たい。
アイスクリームや冷凍食品なんかよりずっと冷たくて肌が柔らかい嫌な感触。とても昨日まで動いて喋っていた物体だったとは思えないくらいに冷たい。自分の後ろにでも憑いてるんじゃないかって振り向いたりするけど振り向いても誰も居ない。

ただ父は未だ生きてるように感じる。
本当に後ろに憑いてるのかもしれない。でもあの時、遺体に触った感触は忘れることはできない。人の温かみというのを一切失った死体。
言葉も何も発しない。動くこともない。目も合わさない。
もうあれは人じゃない。物だった。よく警察なんかが死体をホトケとか言うけれどそれは間違ってないんじゃないかと思う。

人の形をした物。

自分もいずれは冷たくなる。自殺にしろ他殺にしろ老衰にしろ、人は死んだら冷たい物になる。父が逝ったからというもの1日の終わりにいつも考える。

今日逝ったのは何人だろう。
今日も殺されなく残念だった。
今日も消えていなくて目覚めてしまった。

あの人の死はめんどくさい形で遺伝されている。


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Tome館長 様
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