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【映画】Winny

今、40代以上の方は一回くらい「Winny」というソフトの名前を聞いた事あるかなと思います。流行っていた頃は200万人が使っていた、ファイル共有ソフトです。このソフトの開発者である金子勇氏を主人公にした映画が、今回取り上げる「Winny」です。

私はこの映画を高く評価しますが、実際に当時Winnyを使っていなかった方の評価はさほど高くないかもしれません。(時効だと思うので言いますが、違法ファイルダウンロード経験あります)

ネット黎明期に私が感じてた「世界が広がるワクワク感」は、当時を経験した方じゃないとわからないかもです。新しい技術がどんどん生まれる、毎日、新ネタが投下される、出来なかったことがどんどん可能になる…そんな楽しい日々で出会ったソフト。裁判主体の映画なのでお気楽感はないのですが、脳内では「タイムカプセルを開けるような、気恥ずかしさと感慨」もあったりしました。

この映画を鑑賞するにあたっては、若干の基礎知識があった方がいいです。P2Pですとか、分散型ネットワークですとか、Napstarですとか、freenetなどという単語が頻出するからですね。

最初に基礎知識編からいきます。なお、「ある程度その辺わかってるよ」という方は基礎知識編はすっ飛ばしていただいてOKです。

◆基礎知識

Winny

2002年4月1日、2ちゃんねるで「47」氏(この物語の主人公、金子勇氏)がファイル共有ソフトの開発について書き込みます。ちなみにfreenetとは、匿名性の高いP2P(後述)システムです。

当時の47氏(金子勇)の書き込み

当時は今のようにサブスクリプションで映画見放題、音楽聞き放題な時代ではないので、WinMXなどの「音楽や映画やアニメなどのコンテンツをみんなで回しあう」というケースが多かったのです。(当然、違法ダウンロードなので著作権法違反になります)

Winnyの特徴は「匿名性を高めて、みんなでデータの断片を流通させながら、手元に断片が集まった時には1つのファイルになる」という仕組み。複数の経路でバケツリレーをしてもらって、自分のバケツに水が集まっていくイメージ。そして自分も「誰かのバケツに向かって水を運ぶ」を同時進行で行います。この接続先を「ノード」といい、手元にたまっていく一時ファイルを「キャッシュ」と言います。

ちなみにソフト本体が今でも配布されているのか確認したら、配布されていました。(さすがにInstallはしていませんが)

Winny README画面

Winnyは開発者が逮捕されてしまう事で開発がSTOPしますが、後継ソフトとして「Share」や「Perfect Dark」等が現れます。

P2P(ピアツーピア)

普通、ファイルのダウンロードはサーバー経由です。大きな基地的な機械があって、そこからネットワーク回線を使って受け取るって方法。こういう方式をクライアントサーバー型と言います。サーバーには当然「管理者」がいますし、そこにデータが集約されます。で、サーバーが何らかのトラブルに見舞われるとアクセスが不可能になります。例えば携帯のソシャゲなんかでも「現在サーバーメンテナンス中です」なんて事がありますが、その間は、サービスを受けることが出来なくなります。

それに対してP2Pは「中央のサーバーがない状態で、個々の端末でデータをやり取りする方式」です。サーバー依存ではないので、障害に強いのですね。LINE も Skype も Bitcoin 等の暗号通貨もこの仕組みがあったからこそ可能になった技術です。

クライアント・サーバー型とP2P型のイメージ図


Antinny

Winnyネットワーク上でのみ感染を広げていくウイルス。著作権法違反のファイルが流通しまくる状況下、違法ファイルに実行ファイルを仕込むので、感染した人はもれなく「映画や音楽を違法ダウンロードしていた人」という側面があります。問題になったのは、官公庁職員が業務端末でWinnyを行っていたり(この件は映画でも出てきます)、Winnyをやっている彼氏のパソコンから付き合っている女性の画像や動画(内容はご想像にお任せします)が流出したりのケース。後者などは特に、善意の第三者が人生を狂わせられてしまった事もありました。現在流通しているウイルスはほぼ海外発症なのですが、この時期は日本発のウイルスも多かったですね。

ブロックチェーン

Bitcoin、Etherium、リップルなどの暗号資産の仕組みは、上記P2Pの「バケツリレー」方式です。これも中央サーバーを持たない分散型ネットワークで通貨の送受信が行われます。この仕組みを「ブロックチェーン」と言います。Winnyはこの技術の起点です。(映画に関係ないからさらっと紹介)

ブロックチェーンの仕組み

Napster事件

Napster(アメリカ製ファイル共有ソフト)は、ユーザーが「自分の音源を共有できる」というものでしたが「自身以外の音楽ファイルもやり取りできる」という側面がありました。そのため、有名アーティストの音源も大量に流通してしまい、アメリカ・レコード産業協会がナップスターの運営を阻止するために、多数の訴訟を起こしました。有名どころで言うとメタリカもこの「反Napster」でしたね。

Napsterは裁判に敗訴、倒産。その後、通常の音楽配信サービスへと業態を変えたり、ストリーミング・サービスを行うも一旦消滅。が、今も後継企業が音楽配信サービスとして事業継承。まあ、SpotifyやAmazon Musicなどの大手サブスクリプションサービスがある今となっては、今一つ利用する可能性はなさそうな…

Napsterロゴ

◆物語(ネタバレあり)

主人公は金子勇氏(東出昌大)です。彼は掲示板サイト「2ちゃんねる」でファイル共有ソフトの開発を宣言し、実際に過去になかったレベルの共有ソフト「Winny」を開発します。が、ここで違法ファイル(著作権のある映画や音楽やゲームなど)が流通しまくります。そんな中、警察の捜査ファイルが流出。金子氏は逮捕され、裁判で争う形になります。

これは過去の実際の出来事なので、ネタバレOKでいいですよね。下記にその年表を掲載しておきます。

【Winny関連年表】
2003年 2ちゃんねるでの発言、金子氏Winny公開
2004年 金子勇氏が著作権法違反幇助の疑いで逮捕
2005年 Winny利用者減少せず、情報流出事件多数
2006年 金子氏に有罪判決
2007年 Winny利用者の逮捕や処分が続く
2009年 高裁で金子氏に無罪判決
2011年 裁判所が検察側の上告棄却、無罪確定
2013年 死去

Wikipediaなどを参考に作成


◆事件や時代背景考察

違法ファイル流通は予見できたか?

当時はWinMXというファイル共有ソフトで逮捕者が出ていた時期でした。そんな中で「そんなつもりはなかった」は考えにくいとは思います。

Winnyという名称も「WinMX」のMXを一文字ずつ進めると「M→N、X→Y」というのが名称の由来という事なので、違法行為が蔓延する渦中のソフトの事を意識していたのは間違いないかなと。

私がこの映画に興味を持ったのは「金子氏の人物像や思想をどのように描くのか」ですが、ここは多少「金子氏寄り」と解釈します。

包丁の製造者を罪に問えるか?

当時もこの例えが多く議論されていました。料理に使う目的で作られた包丁も、悪意のある人は「刃傷沙汰」に使います。世の中、善意の人間ばかりではない。車も人を撥ねようと思えば撥ねられるし、金槌も鈍器として利用できるし、睡眠薬も殺人に使えます。ただ、これは「善意の利用」が前提であり、Winnyは「流通ファイルの99%以上が違法」という側面があります。

とは言え、製造者は利用者の使い方までは操作できる訳でもないですし、罪に問えないと私は考えておりました。結局、司法判断も最終的にはその結果でした。これは一つの判断基準となるかなと。

著作権に対する人々の意識変革

私は2001年に発売された「WindowsXP」と「ipod」が一つの転換期だったと考えております。

時代が「CD」からmp3などの圧縮音源に大きくシフトしたのが、おそらくはこの頃。例えばCD700MBの容量ではPOPSだと20曲前後が収録できますが、mp3などの圧縮音源だと数千曲収録できる。カーオーディオにCDチェンジャーを搭載していても「アルバム10枚程度」しか利用できなかったのが「ポケットに手持ちの曲が数千曲」が可能になったのです。

そうなると当然、PCを使って音源圧縮・別のデバイスにコピーという作業が発生する。今までの「ダビング」の概念が変わり、コピーの難易度が低くなってしまったのです。そして「誰かに渡す」のハードルも低くなる。善悪は抜きにして、そこの意識変革はあったのかなと思います。

これだと、金銭的にクリエイターに還元されない部分が出てくる。その試行錯誤の中で生まれたのが「ちゃんとお金を払ってね、でもその分サービスは拡充するよ」の定額サービス。プラットフォームとクリエイターの取り分の話は別問題として、還元システムは一応改善傾向だとは思います。

※「知的財産権の取り扱い」はTPPやRCEPなどで厳しくなってきていますが、それはまた別の機会に…

◆映画の感想

総評

正直、この「実際の事件」に興味がない方は面白くもなんともないかもしれません。殺人も起きないし、銃撃戦もないし、ロマンスもない、捧腹絶倒のギャグもない。ですが、あの年代、あの事件を再検証したり追体験するにはなかなかいい映画だと思います。

少し金子氏を「善意の人間として描きすぎている」側面は感じました。前述のとおり、著作権法違反の幇助になる件は予見できたはずです。が、同時に「新しいものをクリエイトしたい」という、金子氏の創作意欲・クリエイティビティに関しては「多分、本当にあんな感じだったんじゃないかなぁ」とも思います。ここの描写はうまかったかな。

東出昌大はプライベートのアレコレがあって今一つ好きになれない俳優さんなのですが、この役に関しては私的には高評価。彼に関しては、金子氏に実際に会った事のあるひろゆき氏も、実のお姉さんも「本人がそこにいるみたい」という評価をしておられます。得意な事や好きな事に関しては早口で饒舌に、興味がない事や苦手な事はたどたどしく話す方だったようですが、実際にそういう演技でした。

天才は「既存の価値観や概念などを超えて出てくる」と考えると、納得がいくのです。おそらく、ビル・ゲイツも、ジョブズも、エジソンも、アインシュタインも、ゴッホも、モーツアルトも、みんな一般人から見たら「変人」だと思う。自分のクリエイティビティこそが正義。そんな人が世の中を変えていく。

特筆すべきは裁判のシーン。吹越満の演技が冴えわたっています。反対尋問のシーンで、相手の矛盾を突くのは「逆転裁判」のような過剰な演出ではないものの、なかなか見ごたえがありました。

金子氏はおそらく「日本の技術者をワンランク上のレベルに押し上げる」が出来た人物だと思います。そのくらい傑出した技術を持っていた。彼を失ったことは日本の損失だと思うし、彼のプログラミングが裁判で停滞した事は悔やまれてなりません。

映画の中のディテール

登場するPCは全部WindowsXPであり、筐体も当時のもの、車もフェンダーミラーの当時の車がばんばん登場、ファッションも2023年の今より少し古めかしいファッションだったりします。往年のPC雑誌「ネットランナー」も出てきますし、金子少年の少年時代回想シーンでは「I/O」なんてのも出てきます。これは世代的に「うぉ、懐かしい!」ってなり、観てて楽しいですね。下記は股間ミサイル搭載の「先行者」です。懐かしいでしょ?w

先行者が表紙の「ネットランナー」

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