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【エンタメ小説】東海道五拾三次OLスキー珍道中 第八話 平塚

平塚

 JR茅ヶ崎駅を越えて、相模川を渡れば、そこは平塚の本陣だ。
「そろそろお菊塚が見えてくるわよ!」と、ノー天気なミケコ。
「どうして東海道って、こんなにオカルトスポットが多いのよ〜」と、霊感の強いタマコは、旅に出たことを少し後悔した。
 が、先に立たずである。
 旅を途中で切り上げるのも嫌なので、このまま京都まで行くしかない。

 お菊塚とは、ご存知怪談『番長皿屋敷』の主人公、お菊さんの墓と伝えられるものである。
 ご存知でない方のために、簡単に説明しておく。

 お菊は、平塚宿の役人、真壁源右衛門《まかべげんえもん》の娘。
 大変な器量良しとして知られていた。
 江戸の旗本・青山主膳《あおやましゅぜん》のところへ奉公中、家宝の皿を割ったという嫌疑をかけられ、手打ちにされてしまう。

 以後、夜な夜な井戸からお菊さんの幽霊が現れ、悲しそうに、「いちま〜い、に〜ま〜い」と皿を数えたという。
 この番長皿屋敷をモチーフにしたアトラクションが、ここには用意されていた。
 と言っても、おどろおどろしいものではない。

 ここにあるのは、番長皿屋敷は番長皿屋敷でも、落語の番長皿屋敷をモチーフにした、楽しいものである。
 そのあらすじは、こうである。

 お菊さんの幽霊は、大変美人ということで、町内のお調子者連中が見物に出かけた。
 お菊さんが皿を9枚まで数えると、取り殺されてしまうと言うので、8枚までで逃げ出すことに。
 すぐにお菊さんの美人が評判になり、押すな押すなの大繁盛になるのだが。
 この後のオチは、ご自身で確かめていただきたい。

 ミケタマの二人が、お菊塚までやってくると、すぐにお菊さんショーが始まった。
 すでに客席はぎっしりとファンで埋まっている。
 ここは特設ステージになっている。
 ステージの真ん中に井戸がある。

 ステージ後方には、ロックバンドが。
 バンドが派手な音楽を奏でると、照明が焚かれ、井戸からお菊さんが出てきた。
「いよっ、待ってました!」
「お菊さーん!」
 客席から掛け声がかかる。

 中から現れたのは、井戸水の滴るほどいい女。
 それもそのはず、この女性は、ミスお菊さんコンテストで選ばれた、飛び切りの美女なのだ。
「きゃー、かわいいー!」
「お菊さーん!」
 と、ミケタマの二人も一瞬にして心を奪われた。

 お菊さんの十八番が始まる。
「いちま〜い、に〜ま〜い…」
 すると、お菊さんが皿を数えるのに合わせて、お菊さんの衣装に身を包んだ、若い女性が、一人ずつ出てきたのだ。

 何を隠そう、彼女たちも、ミスお菊さんコンテストで入賞した人たち。
 全部で9人出てきて、OKIKU 9(オキクナイン)というアイドルグループを結成しているのである!
「お菊さーん!」
「お菊さーん!」
 と、会場に陣取ったファンから熱い声援が注がれる。

「すごい人気ね」
「この人たち、OKIKU9の親衛隊だわ」
 と、ミケタマの二人は、彼らの熱気に気圧された。
 ステージでは、とうとう9人のお菊さんが勢揃いした。

 プログラム上は、ここから彼女たちのコンサートが始まるのだが。
 いつも通りではないことが、このとき起こったのである!

 突然、真ん中のお菊さんがこう言った。
「えー、今日は、客席のみなさんの中から、私たちのお手伝いをしてもらう人を選びたいと思います」
 なんだ、なんだと、ざわつく会場。
 ミケタマの二人も、どういうことだろうと思った。

「その人に、私たちと同じ、アイドルになってもらいます。えーと、そこの美人のお二人さん!」
 と、お菊さんは、ミケタマの二人を指名した。
「え、どういうこと?」
「私たちなの?」
 よく状況を飲み込めないまま、ステージに上げられてしまった二人。

 しかし、会場からは、おおおーっという歓声。
 ミケタマの二人の美しさと華やかさは、たちまちのうちに、会場の人たちをトリコにしたのだ。
「まあ、悪い気はしないわね」
「そうよね」
 と、ノリやすい二人である。

 お菊さんから、段取りを耳打ちされる。
 簡単な自己紹介が済んだあと、二人のパフォーマンスである。
「いちま〜い!」と、ミケコはお菊さんに言われた通りに、皿を数え始めた。
「にま〜い!」と、今度はタマコが数える。
「キャー!」
「ミケコー!」
「タマコー!」
 すごい歓声が上がる。

 二人は、ガッチリとファンの心を掴んだようだ。
 大盛り上がりの会場。
「アイドルになるのも、悪くないわね」
「そうよね」

 すでに六本木ではブイブイ言わせていた二人であるが、平塚でもこんなに人気があるなら、二人でアイドルデュオとして全国を回ろうかという野心が芽生えた。
「じゅうしちま〜い!」
「じゅうはちま〜い!」

 すっかり客席に乗せられてしまった二人は、調子に乗って、18枚まで数えてしまった。
「あらあら、明日の分まで数えちゃった。これじゃ、私たち、明日はお休みかしら?」と、お菊さんのジョークも大ウケした。

「ありがと〜う」
「ありがと〜う」
 と、大盛況のまま、会場を後にするミケタマの二人。
 いつまでもアイドルをやってはいられない。今日中に小田原まで行かねばならないのだ。

 協力してくれたお礼にと、お土産にこの地方名産のたたみいわしを、一畳分ずつもらった。
「超でかい。こんなのもらってどうするの?」
「お酒が10斗ぐらい飲めるわね」
 くるくると巻物みたいに巻いて、リュックに括り付けていくことに。
 幸せな気分のまま、一路、次の大磯を目指すのであった。
 が、そんな二人を、またしても一茶の陰謀が待ち受けていた……!

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