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#39 出会ってしまった!/及川恵子

とある一冊との“邂逅”

私の人生のなかで、「これは出会ってしまったなあ…」と思ったもの。
それは、熊谷達也さんの『邂逅の森』です。

秋田の貧しい小作農に生まれた富治は、伝統のマタギを生業とし、獣を狩る喜びを知るが、地主の一人娘と恋に落ち、村を追われる。鉱山で働くものの山と狩猟への思いは断ち切れず、再びマタギとして生きる。失われつつある日本の風土を克明に描いて、直木賞、山本周五郎賞を史上初めてダブル受賞した感動巨編。

この本は、私にとって“人生の一冊”です。
「これほどまでに五感のすべてを使って読んだ本はない」と感じた、震えるような読書体験をたびたび思い出しては、
「できることなら記憶を消してもう一度この本を読みたい」
とすら思っています。

マタギとして熊を待ち構え、対峙する時の緊張感。
山道の湿った地面や枯れ葉、小さな枝、雪を踏む感触。
富治が体験する生々しい性の匂い。
山に生きる者として神々や自然を敬う心 など、

本に描かれた何もかもが、目に、鼻に、足裏に指先に手のひらに、
リアルな感触を伝えていました。
本の中にある見えないもののすべてが、見えないはずなのに目の前に迫ってくるよう。
その力強さに圧倒されっぱなしでした。

しかし、「出会ってしまったな」と思った理由はこれだけではありません。
私はこれだけの読書体験では飽き足らず、
「私もマタギと同じ空気が吸いたい」
と、この本を読み終わったあとすぐ、秋田の阿仁地方へ向けて車を走らせていたのです…。
なんだかもう、居ても立ってもいられなくなってしまって。

富治が見たのはどんな景色だったんだろう。
マタギは何を思って生きているのだろう。
どんな山々に囲まれて暮らしているんだろう。

なんだか答えにならないような問いを頭に巡らせながら、秋田までの道のりをずんずん進んだことを今でもよく覚えています。

マタギが猟をする時に使う山刃を制作する「西根打刃物製作所」を突然訪ねてしまった時には、
「何やってんだよ!」と自分に呆れてしまいましたが、
それくらい自分を抑えられない感覚になったのはこの時だけ。
“突き動かされている”ような感覚だったのです。
(そしてその後、「とうほく あきんど でざいん 2017秋冬」の中、「東北に生きる人と、かたち」というコーナーでご紹介することにもつながっていくのですが)

一冊の本に出会って、心を掻っ攫われて、じっとしてはいられなくなる。
すごく幸せな体験だったな、と今でもしみじみ感じます。

及川恵子