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それゆけ李白マン~中国街歩き詩選~ 第62回 武昌のトラベルビューローから

(35)地上に天下り、解放路(ジエファンルー)。すぐ右折して民主路(ミンジュールー)を500米(メートル)。ふたたび左折し、衣料品店の多い胭脂路(インジールー)を行く。赤い石畳の歩道と豊かな街路樹が特徴的な、どこかモダンな感じのする道である。店舗の並び、一階部分がくぼんで屋根付きアーケードになっている。こんな南国風建物、すなわち騎楼(チーロウ)が連なる景観にも、なんとなく穏やかな気風を感じる。胭脂とは物凄い字面だが、これは口紅の意味。1979年に中島みゆき(中国語では美雪と表記される)が唄った「ルージュ」が、中華圏で王菲(フェイ・ウォン)らによってカバーされ、「容易受傷的女人」という大人気バラードになったが、この原曲名がやはり中国語訳で「胭脂」である。

(36)さて、ここで初見の有家(ヨウジア)という便利店(コンビニ)に入り、橙汁(オレンジジュース)と椰樹椰汁(ココナッツジュース)とウエットティッシュを購入(19.7元、うちレジ袋0.2元)。これからまだまだ歩くので、積極的に身体を潤(うるお)す。ついでに調べてみると、これがなんと2014年創業の超後発組で、となりの江西省発祥の便利店だそうだ。地元・南昌を皮切りに、現在は武漢・長沙・広州・深圳など他省の大都市に連鎖(チェーン)展開しているという。羅森(ローソン)以上に充実したホットスナックとカラフルな配色のレジ周りは、どこか未来都市的で日系店とは趣が異なる(かつてのampmっぽい印象だ)。セルフレジが導入されているわけでもないし、オペレーション的に目立つ点はないが、とくにあげつらう部分もない。むしろ先行する競合のいいとこ取りが進行している模様だ。実際のところ、中国には、日本の各連鎖店を渡り歩いた便利店経験者だってごまんといるだろうし、それどころか最近は、日本の大手でも本部の店舗指導スタッフ(スーパーバイザー)として働く外国人が急増していると聞く。だから、本場ニッポンの店舗運営・出店計画・商品開発をすべて知り尽くしたYOU人材が、地味な江西省からビジネスをスタートさせたとしても何も不思議なことはない。あとで武漢市内の地図で検索してみると、この有家便利店は漢口・武昌・漢陽の各市街地に集中的に出店されていて、まさに絵に描いたようなドミナント戦略が実践されていた。これから強くなりそうだ。

(37)便利店のある角を左折、胭脂路から糧道街(リアンダオジエ)に入る。古い商店街で、その昔、此処(ここ)から糧草(兵馬の食料)が運び込まれたのだという。元々は狭い通りで、現在のように30米ほどに拡幅されたのは1998年のこと。洗練さや現代的な活気には欠けるが、いまも食堂や旅館などが並ぶ、どこか旧街道の趣である。途中、一軒の地味な旅行代理店を覗いてみる。中国人が国内外くまなく闊歩する大旅行時代、はたして武漢発着のツアーはどんな具合かと気になったのである。歩道に面して、チラシが十数枚掲示されている。「東京・北海道・桜・温泉七日游」にはじまり、「英国+愛爾蘭(アイルランド)一二天」(天は日数の単位)、「徳法瑞意」、「泰国曼谷(バンコク)・芭提雅(パタヤ)」、「柬埔寨(カンボジア)」、「俄羅斯(ロシア)双首都+小鎮」、「澳州(オーストラリア)九日游」とつづく。世界の旅先、よりどりみどりだ。徳法瑞意とはドイツ・フランス・スイス・イタリア周遊旅行である。中国国内のツアーも充実している。北京、山西、泰寧大金湖(福建省)、青島(山東省)、恩施(湖北省)、麗江(雲南省)、西蔵(チベット)、海南島、敦煌(甘粛省)と行き先は多岐にわたる。俄然興味が湧いて、ぼくは店内のチラシも何枚か拝借して読んでみた。目についたのは、同じ湖北省内の宜昌市・三峡人家風景区(夷陵区)および清江画廊風景区(土家族自治県)をめぐる大自然周遊コースと、同じく湖北の緑林山、あるいは河南・山西両省の5日間コース(王屋山・珏山・少林寺・雲台山・龍門石窟・晋城の皇城相府など)、福建省5─6日間(厦門(アモイ)鼓浪嶼・永定客家土楼・武夷山・泰寧古城など)、そして王道の世界遺産ともいえる江西省・廬山2─3日間の旅である。省内省外を問わず、ずいぶんと豪勢に各所をまわるんだなあ。これらのチラシを眺めていると、鉄道網とハイウェイの充実、そして観光にまつわる各種サービスの相互接続が、真に中国国内をネットワーク化させているということに改めて気づかされる(ハードもソフトもだ)。ぼくの学生時代、つまり二十年前の交通・旅行事情で同様のツアーを企画したならば、まずはざっと二、三倍の日数を要したはずだ。それが個人旅行なら尚のこと、行く先々で必ず口論やトラブルに見舞われ、途中で一日二日は足止めを食らい、現地で信用できそうな者を自力で(すなわち金銭の力で)探さねばならず、基本的になりゆきは運まかせ、結局ヘトヘトになって大地を這いずりまわることになっただろう。以前の観光客感覚ではとても考えられない、夢の弾丸旅行が可能になっているのだ。こんな販促チラシを眺めているだけでも、時代は変わったなあ、なんて感慨がしみじみと湧き起こる。また、各ツアーが主要な観光地を押さえながらも、近年まで未開発だった絶景スポットをちょいちょい組み込んでいるのも気になるところである。とくに珍奇な自然景観がウケているのか、旅程のなかに地質公園の名前をよく見かける(まさか、ブラタモリの影響ではあるまいな)。おそらく、まだ行った人が少ないので周囲に自慢できるとか、確実にSNS映えするなどの「鉄板」要素が中国人の旅欲を誘うのだろう。ともかく、交通の高速化と積極果敢な観光地開発が、羽振りのよい武漢市民の他省遠征の動きに拍車をかけているのは確かなようである。ご興味のある方は、大手旅行サイトのトリップアドバイザーや携程旅行(シエチョンリューシン=トリップドットコム)などから現地のトレンドをお確かめください。

路上変圧器(?) にも、李白さんの詩をモチーフにしたイラストが。民主路にて。
キリスト教会・感恩堂。こちらは歌や踊りのホール利用ができるらしい。
胭脂路。大ぶりな枝葉と、モダンな意匠を呈する両脇の建物が印象的。
(左)胭脂路の沿道に緑で「胭脂山」の文字。(右)つられて階段を上る。
山上には住宅と雑居ビル。(左下)壁の落書き。(右下)階段から街路方向。
コンビニで買った飲料2点。ココナッツジュースは定番ブランドの紙パック版^^
街中にありがちな二間間口ほどの旅行代理店。半開きのドアへ吸い込まれる。
色とりどりの旅行パンフレット。旅先でさらに「旅欲」がもたげる。

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