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梁の上の女

二人の女性が無理心中する夢を見た。
そのうちの一人は自分だった。
私たちは死んだけれど、その後にもお互いを見つめあっていたので、夢から覚めた私はあれが死んだ状態だったのかどうか分からなかった。
そもそも、舌を噛んで人は死ねるのか。
起きてからネットで検索すると質問箱のようなサイトに似たような質問がたくさん上がっていた。

結論から言うと、舌を噛んで人は死ねる。窒息死だ。
舌は筋肉で、舌が切られると痙攣を起こし縮まるのだそうだ。舌は喉の奥に繋がっていて、それが収縮すると気道を塞ぎ窒息させるのだそうだ。おそらく、舌を噛み切ってから息ができなくなり心拍が停止するまでに、少し時間がかかる。苦しいのは嫌だな、と思った。わずかな時間でも長く感じるだろうか。舌を噛んだ時の痛みで失神できたら楽かもしれない。
心中した二人の女性は、同性愛者だった。
そのうちの一人は自分だったけれど、現実の私は同性愛者ではない。
しかし夢の中では女性を愛する女性だった。その女性だったから好きになったのか、元々女性が恋愛対象だったのかは分からない。近代文化が栄える前の日本という設定だろうか、時代劇のような木造の建物が並ぶ街で、私は彼女を見つけて、呼び止めた。
どうしてたのか、どこにいたのか。
私が話しかけると、彼女は私を斜めに睨み、そのあとは逃げるようにして去ろうとした。私は彼女の肩を掴んで引き留めた。
彼女は私に何か言葉を叩きつけて、私の手は振り払われたけれど、私の手には彼女の痩せた肩の骨の感触が残っていた。彼女の着物は汚れ、髪の毛は土埃を巻き込んでうっすらと白く、彼女が抱えていたざるには野菜が乗せられていた。彼女は私を拒んだけれど、私は彼女を離さなかった。

夜だった。雨が降っていた。私たちの着物は濡れ、足は泥だらけだった。私たちは宿に入った。玄関先で宿の亭主が出てきて、私が一晩の宿をお願いしたいと言うと、部屋の準備をと奥に駆けて行った。亭主が居なくなると、雨の音と着物から落ちる滴の音だけがあり、妙な時間があった。舌を噛んだのは彼女が先だった。先に逝きやがったと思った次の瞬間には、私を見つめる彼女の横顔があった。天井の大きな梁に胸からもたれ、だらんと両腕を垂らし、私を見つめていた。笑っているようにも見えた。いや、睨んでいたのかもしれない。私も死んだのだと思った。

同性愛はキリスト教が入る以前は罰されることはなかったのだと調べて分かった。日本でも、世界でもだ。古事記にもギリシャ神話にも同性愛者は描かれている。江戸時代は性が開花したとされた時期らしく、男色とともに女性の同性愛も存在していた。開花というからには、自由でオープンだったということなのだろうか。それはどの程度だったのだろうか。
近代では少し前まで同性愛者は精神病として扱われていた。病気ではなく治療を必要としないという認識が日本で認められたのは1994年でWHOがそのように決定した1年後だった。
夢を見たその夜、友人から突然の電話。彼はゲイだ。
学生の頃にカミングアウトをされた。彼には同性のパートナーがいて、幸せに暮らしている。
彼曰く、ゲイよりもレズビアンの方がカミングアウト率は低いのだそうだ。同性愛の歴史をネット上で調べても圧倒的に多いのはゲイの記述で、レズビアンの情報は少なかった。女性の同性愛者がそのことを隠したがる理由をあれこれ考えたけれど、結局、男性社会が優位にあるからなのか、ということくらいしか思いつかなかった。ゲイタレントはいても、レズビアンタレントはいない。いるのかもしれないけれど、ゲイタレントほど知られていない。ゲイ議員はいても、レズビアン議員はいない。でも、海外にはいる。この違い。
夢の中の設定が日本だったことと、登場人物たちが同性愛者でも男ではなく女であったこと。それらが私に考察の時間をくれたけれど、この夢が何を比喩しているのかは分からなかった。こんな夢を見るのは自分が同性愛者だからなのだろうかと考えるのも幼稚な発想な気がした。
夢の中で相手の女性が自分を拒絶した理由がわからず苦悩する時間があった。ようやく二人で話せるという時になって、唐突に彼女は舌を噛んで死んだ。けれど、自分がどうやって死んだのかはよくわからなかった。先にいってしまった彼女をみて追いかけたい気持ちがあった。自分が舌を噛むところは夢に見ていない。彼女が舌を噛んだということは色濃く記憶に残る。
見つめ合うだけで何も話せない。話したくなかったのかもしれない。私が突然死んだ理由を考えて、と嘲笑っているように思えた。
同性愛でもどんな形の愛であってもいい。でも、相手も自分も傷つけるのであれば、それは残念なことだと思う。死んで誰かを羨んだり、後悔する時間が長くならないように生きていきたいと思った。



梁の上の女たち 20221025 
梁の上の女 20231219 編集

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