0%の未来【第一話】夢破れ夢迷う
あらすじ
第一話
研究者であるために論文を出し、長時間、昼夜休日問わず働いた。好きなことを一生懸命やってきた末に、辿り着いた場所は無職だった。
子供の頃から化学が好きで、大学では研究漬けの日々を送り、博士課程まで進んだ。時すでに学費9年分、年齢27歳。しかし、世間に博士は溢れており、俺は3年の任期つき研究員になった。
「プロジェクトはこれで終了です。おつかれさまでした」
解雇。
辛い……! ひもじい……! しかし、31歳のおっさんが、いつまでも部屋で三角座りしている訳にはいかない。
どこかに良い研究職の募集は出ていないか。手当たり次第に応募してみようか。研究機関の採用ページはどこだろう?
パソコンの画面が線香花火のようにチカチカ光って見える。目が疲れているのだろうか。
カーテンを開ける。いつの間にか昼で、雲ひとつない青空。空を見るのは久しぶりだ。よく見ると細い雲が動いている。
やけに速い。飛行機雲かな。そう思った瞬間、雲は急に膨らんで、毛筆のようにグリンと動き、墨汁のように黒く色を変えた。
【0%】という文字が空に浮かび上がる。
何だこれ。
「今日の降水確率は0%です」
付けっぱなしのテレビからアナウンサーの声が聞こえる。降水確率が俺には見えているのか? 何が起こっているんだ?
「あの……ずっと良いと思ってたんだ。付き合ってください!」
男性の声が聞こえる。何か手がかりを掴みたい。慌てて窓から身を乗り出して外を見ると、女の子の頭上に【80%】の文字が浮かび上がっている。直後、女の子はモジモジしながら首を縦にふる。
これは……確率……?
俺には未来に起こり得る確率が見える。
何故か?
そう考える前に、棚から触媒化学の本を取り出していた。ボロボロになったそれは、大学入学時に購入して愛読し続けたものだ。両手に持って握りしめる。
ーー俺が研究者としてやっていける確率を教えてくれ!ーー
目を開き、恐る恐る本の表紙に浮かぶ数字を確認した。
【0%】
☆☆☆
「夢破れて山河あり……」
桜はまだ散りきらない。春の陽気に包まれた俺は、頬杖をついて微睡む。
「糸川センセー、今は化学の時間でしょ!」「はっ!」
女子生徒が俺の顔を覗き込む。
「もう、しっかりしてよねー」
「すまん、ぼーっとしてた……」
女子生徒からレポートを受け取る。実験室では、高校生たちがワイワイとガラス器具を片付けている。
俺は教師になった。転職を目指して、しらみ潰しにネット検索したら、教員採用試験の案内が【90%】と表示された。安定の公務員。これしかないと思った。
☆☆☆
初日の授業を終えて化学準備室の戸締まりをする。廊下を歩いて職員室に戻ろうとしたとき、教室から言い争いの声が聞こえてきた。
「貸すんじゃなかった! 私のノートを返して!」
「俺じゃねえよ! なくなったんだ!」
「一瞬の間になくなったなんて。そんな訳ないでしょ!」
「本当だって!」
仲裁に入ろうとしたが、こいつらが誰で何で揉めているのかわからない。
教室にはこの男女の他に、窓際で空を見ている女子がいる。全員の頭上に【0%】の確率が示されている。
すなわち、犯人はこの中にいない。
不毛な争いは止めたい。まずは興奮している男女を何とかしよう。
「まあ、落ち着け。お前ら、何があったのか教えてくれよ」
俺は両手のひらを上に向けて肩をすくめるように登場する。が、男女は訝しげな顔でこちらを見る。
「……先生? 何か若いけど……誰だっけ?」
「俺、始業式で挨拶してるのを見た気がする。えーと……」
華麗に出鼻を挫かれた。俺が赴任してきたばかりだからか。
「……ああ……化学の糸川だ。名乗らなくてすまなかった。申し訳ないが、お前らも名前を教えてくれないか?」
ふたりは顔を見合わせる。女子の方が渋々という風に話し出す。
「……佐藤です。こっちのいかつい男子は鈴木」
「うす、鈴木っす」
☆☆☆
「佐藤にノートを返し忘れてて、教室で待ち合わせしたけど、なかなか来なかったんだ」
「ちょっと掃除が長引いただけじゃない」
ツンツンと怒る佐藤に対して、鈴木はのんべんだらりと話を続ける。
「まあ、だから教壇の上にノートを置いて、メールして帰ろうとした」
佐藤が鈴木をギロリと睨む。
「もう、何で帰ろうとしたのよ」
「雨が降りそうだったんだよ」
鈴木は天井を指差す。窓の外は曇天。春の天気は変わりやすい。
「メールを見て慌てて来たら、靴箱で鉢合わせて一緒に教室に戻ったのよ。そしたら、教室には夏目さんがいて、教壇の上のノートは消えていた」
なるほど。靴箱まで行って帰るまでの短い時間に、教壇からノートが消えた。シンプルな話だ。
が、逆に困った。話がシンプル過ぎて、クローズドサークルみたいになっている。犯人はこの中にいる。はずなのにいない。
佐藤は窓際に座る小柄な女子を横目でちらりと見る。
「私が来たとき、教壇の上には何もありませんでしたよ」
女子は座ったままで椅子の向きを変えて、こちらを向く。眉間に皺を寄せて、顎に手を当てる。困惑した表情だ。犯人扱いだもんな。協力的になれる訳がない。
「誰か怪しい人を見てないの?」
「見てないし、誰も来ませんでした」 「で、夏目さんは何してたの? ひとりだったんだよねえ?」
佐藤が腕を組んで眉をひそめる。夏目と呼ばれた女子生徒は、少し迷ったように見えたが、臆せずに答える。
「観天望気をしていました」
「かんてんぼうき? 何それ?」
観察して天気を予想すること。大学の一般教養で習った気がする。が、高校の教室に関係なさそうな言葉だ。
「『遠くの音が聞こえると天気が悪くなる』ということわざがありますが、本当なのかを確かめていました」
「はあ?」
「ここで騒音測定アプリを使って、電車の音を拾おうとしていたんです」
……うん。わからん。
夏目はスマホの画像をこちらに見せて、当然のように説明する。が、佐藤と鈴木はポカンとしている。
「試してみるって重要だと思うんです。リチャードソンの夢……気象学の数値予報だって、当時は無謀だと言われていました」
夏目はフフフと笑う。頼むから、怪しそうな雰囲気を出さないでくれ。犯人じゃないんだから。
「まあまあ。ノートが落ちてどこかに行ったんじゃないのか? 探そうぜ」
お開きだという風に手をパンパンと叩いて、皆で教壇周りを探す。意外にも夏目がじっくり探してくれている。犯人がいないなら事故だと思うのだが、ノートは出てこない。
確率が見えたって、答えの一部がわかったって、手順を見出さないと何も解決しない。ミステリー映画のネタバレ以外では、推理に何の役にも立たない能力のような気がしてきた。
窓を見ると、今まさに雨が1粒、いや2粒当たった。
「降ってきましたね」
夏目は空を見上げて、スマホのアプリを閉じる。測定終了ということか。観天望気。観察。予想。
「なあ、この辺りを観察して何か思うことはないのか?」
「先生、質問がざっくり過ぎねえか? 何かって言われても、ただの教壇だぜ」
天気を予想するのに、電車の音。
全然違うものから予想。
全然違う……か。
これだけ探してないんだから、検討違いのところにノートはあるんじゃないだろうか。
「昨日始業式だったから、片付いている……くらいじゃねえか?」
「はっ! そうよ! 初めての授業で寝て『ノート貸してくれ』って、アンタ図々し過ぎない? その図々しさで、まだノート持ってんじゃないの?」
「持ってねえよ。しつけえな」
佐藤は鈴木にどんどん絡んでいく。
「佐藤、鈴木は持ってないって言ってるじゃないか。それくらいにしておけよ」
俺は興奮する佐藤を抑えようと両手を上げた。途端。
「鈴木は昔っからそう! 私のことなんて適当にあしらっとけば良いって思ってるんでしょ! ずっと好きだったのに!」
告・白。
突然のことに俺は固まってしまう。教室に静寂が訪れる。
「ごめん」
はっきりとした鈴木の声で現実に戻る。
って、えっ? ここで即断る?
「えっ……即効で振られた……」
佐藤は呆然と佇む。鈴木は頭を掻く。
「いや、違う。えと……全然気づかなかったし、急だし、そんな風に思ってなかったし」「やっぱり駄目じゃん」
「……いや、それは置いておいて」
「置いとくの?」
佐藤は目に涙を溜めている。鈴木はオロオロし始めた。さっき断ったのは、脊髄反射的だったのだろうか。
「いや、今回のはさすがに俺が悪りい。ごめん。夏目、ノート貸してくれねえか。コピーして佐藤に渡したい。ノートも弁償するわ」
佐藤の絶望した顔と、鈴木の居心地の悪そうな顔。
もう完全に俺は部外者。ああ、早く謎を解いて、この場から立ち去りたい。教師の出る幕じゃない。目のやり場に困って、ちらりと夏目を見る。夏目も驚いた顔をしている。
「私たち同じクラスなんですか?」
そこ?
「あの……私のクラスメイトということは、2年1組ですよね?」
「そうだよ、当たり前じゃん」
佐藤が『もうどうでもいい』というような気怠い返事をする。
「ここは2年2組の教室です」
☆☆☆
隣の2年1組の教壇の上には、ノートが置かれていた。
「私は2組にいました。自分のクラスでは電車が見えなかったので。頬杖をついて層積雲を眺めていたら、この騒ぎという訳です」
佐藤と鈴木は立ちすくむ。
「夏目さんがいたから、1組だと思い込んでたのに……」
「ふたり揃って教室を間違えていたのかよ」
ふたりは顔を見合わせて、ふっと笑う。
「いや、まああるよな。元気良く挨拶した日に限って、違うクラスに入っちゃったとか」
頭を掻きながら鈴木は佐藤に同意を求めるが、佐藤は目を丸くする。
「鈴木、今日初めて私に話しかけたわね」
☆☆☆
ふたりはもつれ合いながら帰った。教室で、夏目も帰り支度をしている。雨は降り続いている。グラウンドに大きな水たまりができている。
「そういや、観天望気はうまくいったのか?」
戸締まりしたい俺は手持ち無沙汰になって、何となしに夏目に話しかける。夏目は苦笑いする。
「いいえ。実際は電車以外の騒音を拾いまくって、全然測れませんでした。まあ思い付きでやったので、仕方ありません」
夏目は骨折れ損だった上に争いに巻き込まれたのか。せめて慰めの言葉くらいかけようか。
「そうか。残念だったな。でも『遠くの音が聞こえると天気が悪くなる』って、言い伝えっていうか、ことわざになってるんだから、本当なんじゃないのか?」
「ふふ。そうなんですが、見逃せないんです」
「見逃せない。か」
「はい。確かめる術があれば、確かめたくなっちゃいます」
普通の人なら気が済むことでも、夏目は違うんだろうな。
「答えは常識の中にないかもしれないから」
やっぱり。
それを聞いて……俺は顔に手を当てて目を瞑ってしまう。夏目のこの探究心には既視感がある。泣きたくなるような、嬉しいような、苦しいような。
思い出したくない。研究していたときの気持ちが蘇って、胸が酸っぱくなる。
☆☆☆
気持ちを切り替えて、教師の仕事に取り組もう。生徒が0%の未来に進まないように。成功率の高い未来に生徒を導く。
「数学が好きなんですが、理系じゃなく経済学部に進みたいと思っています」
【90%】
「いいんじゃないか。経済学部なら数学も活かせるぜ」
「理系に転向したいです。英語も国語も苦手なので」
【20%】
「理転はなかなか難しいぞ。理系で何か得意なもんはあるのか?」
「大学進学は諦めて公務員試験を受けます。家計的にも……社会に早く出たいので」【70%】
「それも良いと思うよ。進学しないのは少数派だけど気にするな」
進路指導に迷いはなかった。実際、面談した生徒たちの反応も良かった。これでいいんだ。今の俺にとって教師という職業は天職じゃないか。
☆☆☆
「新規で気象部を立ち上げたいので、顧問になっていただけませんか?」
あの騒ぎから2週間ほど経った。昼休みに職員室でコンビニ弁当を食べていると、夏目が話しかけてきた。
「きしょう? ……天気か? 何で俺が?」
「顧問をやってない先生が他にいないんです。糸川先生はこの学校に来たばかりなので」
「はあ、構わないけれど何の活動をするんだ?」
「この学校には天文台があるんですが、誰も使っていないそうです。だから有効活用したいんです」
「何のために?」
「私の将来の夢のために」
夏目はハッキリとした口調で話す。
「私、天気の研究者になりたいんです」
研究者。何故、亡霊のようにまた俺の前に現れるんだ。いや、生徒は何百人といるんだ。研究を志す者がいてもおかしくはない。
「できれば研究機関でやりたいんですが」
研究機関! 呪いの言葉じゃないか!!
「……っ! 企業にしておいた方がいい。研究機関はやめとけ! 狭すぎる門だ!」
つい声が大きくなる。先生方が何だ何だという風にこちらを見ている。
「あっ……! 急に声を荒げて申し訳ない。研究者はえと……何だ……難しいんだ。色々と」「はあ……」
【0%】
夏目の頭上に浮かび上がった確率は低い。というか、ゼロだ。俺と同じく。
「わかった。放課後、化学準備室で話を聞くよ。今日でもいいか?」
「ありがとうございます。伺います」
夏目はペコリと頭を下げて、職員室を出ていこうとする。が、振り返ってこちらを見る。
「イトカワ……糸川先生って珍しい苗字ですね」
「ん? そうか?」
「とても縁起が良さそうな。いえ、こちらの話です。すみません」
夏目は微笑みながら、職員室の扉を閉めた。
☆☆☆
「部の実績が必要なので、私が気象予報士の資格を取ります」
終わりの鐘が鳴ってすぐに、放課後の化学準備室に来た夏目だが、頭上には無情な数字が浮かぶ。
【0%】
「……ちょっと難しいんじゃないか?」
「ちょっと難しいどころじゃないです。気象予報士試験の合格率は5%くらいなんです」
「えっ?」
「それでも、ずっと勉強してきたんです。山が当たれば今年受かります」
「山が当たる確率はどれくらいだと思ってる?」
「正直、5%未満です」
「低い確率にかけるのは危険じゃないか?」「もちろんです。並行して部員募集をします。部員数も部の存続には不可欠なので」
良かった。夏目はリスクマネジメントができている。しっかりした子じゃないか。
「新歓祭は頑張りましょうね。先生」
夏目は俺の手をぎゅっと握りしめた。
☆☆☆
「クジに敗れました。先生」
『気象部』と書かれた紙が長机に貼られていたが、それはグラウンドの隅っこに追いやられていた。
ステージから遠く、新歓祭のメインストリートから完全に外れている。中央は賑やかなのに、ここはまるでエアポケット。パイプ椅子に座って腕を組む。案の定、誰も来ない。
なのに、遠目に横目でチラチラとこちらの様子を伺う視線を感じる。
「……夏目、俺以外に教師なんか誰も来てないじゃないか?」
「あっ、気づきましたか」
「気づくよ! さっきから異物を見るような視線も感じるし! 俺がいたらむしろ邪魔なんじゃねえか?」
「そんなことはありません! 私ひとりでは心細かったです! 糸川先生は童顔だし大丈夫ですよ!」
「何が大丈夫なんだか……」
「……ああっ! 休憩している場合ではないですよね!」
夏目が立ち上がる。
「私、呼び込みしてきます」
目的地なく迷っているような、目が泳いでいる新入生がいる。夏目は近づいて、ビラを片手に話しかける。が、アカペラ部のハーモニー、料理研究会のクッキーの匂い、野球部の掛け声、テニス部のスコート……華やかな雰囲気に引き寄せられるように、新入生はそちらに流れて行く。
俺はスーツの上着を脱いで、パイプ椅子にかける。ここは木の陰になっていて、気持ちがいい。
ステージで応援団が大声でパフォーマンスをしている。吹奏楽部の演奏も始まった。夏目の声はかき消されていく。
俺は肘をついてグラウンド全体を眺める。ユニフォーム。楽器。立て看板。ビラ。乾いた土の匂いがする。歓声が聞こえる。どこかの部で入部が決まったのだろうか。部活か……入ったことはなかったが、こんな雰囲気なんだな。
化学にばかり夢中で部活になど興味はなかったが、なるほど楽しそうな場所ではある。気象部以外は。
「難しいですね。実績も引き寄せる手段もない。無策でした。すみません」
夏目がうなだれながら、気象部の長机に帰ってきた。俺はパイプ椅子を引いて、座るよう勧める。
「いや、俺も全然考えてなかったし。夏目がビラを用意してくれたから十分だと思ってた。すまん」
ふたりで狭い長机の前に座る。やはり新入生はひとりも来ない。頭上の確率を見るまでもなく、入部の見込みなし。
手持ち無沙汰になって、ようやくビラを眺めてみる。満点の星空が海に反射した綺麗な写真。
「……綺麗な空だな」
「あっ、それは父が撮ったんです。拝借してきちゃいました」
「お父さんも天気が好きなのか?」
「はい。というか、私の父は宇宙飛行士になりたかったらしいです。結局ロケット部品の開発者になりましたが」
宇宙飛行士とはまた確率の低そうな夢だ。
「父は今、小さな部品を作っています。顕微鏡でとっても小さな世界を見ています。でも、休日は大きな空ばかり見ています」
夏目は空を見上げる。降水確率【10%】。今日は青空だ。
「空に繋がってるって。俺の一部は宇宙に行ったって」
空に……夢にまだ繋がっている?
「先生、父は夢破れたと思いますか?」
どう解釈すれば良いのだろう。
水彩絵の具が滲むように広がった夢。その一部が叶った現状は、夢破れたのか否か。
元の確率では測れない。夏目の頭上には何の数字も現れない。
「……破れてはいないと思うよ」
指標をなくした俺は肯定する他なかった。顔が強張っているのがわかる。確率が全てではないのかもしれない。
「あっ、父の話なんかしてすみません」
俯く俺の曇った顔を見た夏目。気を遣わせている。これはいけないな。
「いや、でもそうだな。お父さんより夏目自身の話を聞かせてくれよ」
「私ですか?」
「おお、夏目の未来の話を聞かせてくれ」
夏目は斜め上を見て考える素振りをする。
「えっと、大学は理学部の地学系の学科に進もうと思っています」
【80%】
「そうだな。研究者になりたいんだもんな」
「ただ、気象学には流体力学や熱力学も関わってくるので、物理学科も考えています」
【70%】
「そうか。まだ絞り切れないよな」
「大学に入ったら、フィールドワークをたくさんやりたいです。天気は観察が基本なので」
【100%】
「たくさんできるさ。頑張れよ」
未来に希望ある若い子の夢を挫くような真似はしたくない。夏目の未来が明るいものであるように導きたい。俺には何ができるだろうか。
夏目は頬をポリポリ掻いて、照れたように話す。
「あっ、20歳になったら、お酒を飲みたいです。先生は飲めますか?」
【0%】
0%? ん? 下戸なのか?
「ああ……飲めるよ。大学の研究室のゼミの後は飲み会が多かったな」
「そうなんですか。大学の研究室って憧れます。私も早く研究室に入りたいです」
【0%】
研究室に入れない? どういうことだ?
「やりたいことがいっぱいあります。大人になるのが楽しみです」
【0%】
頭上の確率は0%を連打している。大人になれない。どういうことだ。
嬉しそうに話す夏目と【0%】が全くそぐわなくて、軽くパニックになる。まさか、まさか。
教えてくれ。
ーー夏目は20歳まで生きられるのか?ーー
【0%】
俺は目を見開く。未来に導くどころか、夏目には未来がないじゃないか。
「はい、案内です。良かったら天文台の見学に来てください」
夏目の少し高い声で、はっと我に返る。
「ありがとうございます。考えます」
いつの間にか夏目が新入生にビラを渡していた。新入生はビラの写真を見て「綺麗」と呟く。夏目は「ありがとう」と言う。バイバイと手を振る夏目。大きな瞳がキラキラ光っている。
こんな少女の未来が【0%】だなんて。
そんなバカな、そんなバカな。
夏目はビラを持ってもう一度立ち上がる。新歓祭はまだ終わっていない。
夏目の人生も終わっていない。
確率を上げる方法を探すんだ。
俺はもう諦めたくない。
ーーこれは、一教師が生存確率0%の少女を救うまでの物語であるーー
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