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地球の歩き方 「ウラジオストク」

「オー、ゴールド」

ウラジオストク国際空港での入国審査で、金髪の30代ぐらいのロシア人女性に、そう微笑みながら言われた。

ロシアに初めて降り立って、聞いた言葉がこれになるとは。

「イエス、イッツミー」「バット、ナウ、ヘアーカラーイズ、ブラック」


ロシアでは入国する際にビザが必要なのだが、そのビザで使った写真が、金髪に染めていた頃だったのだ。社会人になって髪を染めることもなさそうなので、大学生のうちにド派手な髪色にしてみようと思い立って、大学2年のころ、金髪に染めた。風呂場で友達に、ブリッジをかけてもらって。

ユーラシア大陸横断のころには、すっかり色落ちてしまい、ビザの写真とはまるっきり違う髪色になっていた。茶髪混じりの黒髪みたいな色。

自分の英語レベルが低すぎて、カタコト英語を話すしかなかったが、ここで一笑をとれてよかった。笑顔は、万国共通言語だ。


ユーラシア大陸横断の旅は、ロシア極東のウラジオストクからスタートとなっていた。

国土面積が世界1位のロシアなので、当然のごとく、横断するのも時間がかなりかかる。ロシアがもし、ごぼうのように細長い国だったならば、横断するのはたやすかったのだが。あいにく、横にバカ広い。

ロシアは、シベリア鉄道を使って横断することにしていた。シベリア鉄道とは、全長が9,297キロメートルで、世界一長い鉄道。これにずっと乗っていれば、1週間かけてウラジオストクからモスクワまでいける。

その世界最長の鉄道の始発駅であるウラジオストク駅を目指して、空港を出たのだが、せっかくなので、ウラジオストクを少し観光することにした。


夏なのに、えらく涼しい。永久凍土があるくらいの国だからな。街中を歩いていると、レンガでつくられた集合住宅が、たくさん立ち並んでいる。これはフルチョフカと呼ばれるもので、1960年代にソビエト連邦がつくったものらしい。

当時はそんなことを知らなかったが、今ネットで調べて知った。ロシアの歴史のことにもっと精通していたら、より楽しみながら観光できただろうな。

周りを見渡すと、色白で明るい髪色の人たちばかりだ。日本人観光客と思われる人も、いくらかいる。

勝手に、ロシア人女性は美人が多いと想像していたが、それは本当だった。男性は、屈強そうな人が多い。何かの拍子でケンカがおっぱじまって、それに巻き込まれたら、ボコボコにされ、そこで横断の旅は中止だ。



キオスクほどの大きさのパン屋を見つけたので、そこで腹ごしらえすることに。ロシア語の文字はもちろん読めないので、食べたいパンを指さして伝える。

そのときに食べたパンがどんなものであったか、写真も撮ってなかったので、よく覚えていない。生地が日本みたいにやわらかくなくて、噛みごたえがあるパンだったことは覚えている。というか、ロシアだけでなく、ヨーロッパのパンはだいたいそうだった。

そうか、あんな硬いパンを食べるぐらいだから、屈強なのか(たぶん、ちがう)。



ニコライ2世凱旋門も通った。ニコライ2世はロシア最後の皇帝だそうだが、何を成し遂げた人で、またどんな人生を送ったのかよくわかんない。世界史を勉強していればよかったと、後悔した(多くの理系とおなじく、僕は地理だった)。

ニコライ2世凱旋門


ウラジオストク駅を目指してさらに歩いていくと、遠くに黄金橋が見えた。写真は撮ってなかったので、Wikipediaの写真をはさもう。

「サンフランシスコのゴールデン・ゲート・ブリッジみたいだなぁ」と思っていると、実際、それを意識して造られたものらしい。今調べて知った。夜はもっと綺麗な景色らしい。ネットで画像を検索してみて。いや、noteに夜の黄金橋の写真があったので、それをサムネに使おう。



この黄金橋を左手に眺めながら歩いていると、ついに目的地であるウラジオストク駅が見えた。


ウラジオストク駅
ロシア語の文字って、独特

「たぶん、ここに来ることも最初で最後だろうな」

何となく、そんな予感がした。しっかり目に焼き付けておこうと思った。

駅舎の中に入って、友達と二人で何度も出発時刻を確認する。「大丈夫だよな、大丈夫だよな」ここで乗り遅れたら、1週間かけてモスクワに向かうこの片道チケットが、ただの紙切れになってしまう。

荷物検査のゲートをくぐり抜けて、駅のホームへ。こんなバックパックを背負っている奴なんて、僕らを除いて誰もいない。



ついに、世界一長い鉄道を走る列車が到着した。覚悟は決まった。乗ってしまったら、もう引き返すことはできない。

列車の扉が開く。

今から始まる長い旅へと、恐る恐る足を踏み入れたのだった。


◾️ユーラシア大陸横断記

◾️前回の話


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